第2話 【決断】
「クロさんの熱いカモン! が聞きたいっす」
帰りがけにクマガイさんが僕に言った。
思わず苦笑する。
ライブのときに僕がよく口にするやつだ。
「バスケでカモン! なんて言うところないっすよね」
「いやいや、ドルファミ! カモン! って言っている絵を僕は今から想像してるっす」
「ドルファミ?」
「ドルフィンズ・ファンのことをドルフィンズ・ファミリー、略して“ドルファミ”って言うんですよ。なんだかHOME MADE 家族っぽくないですか?」
今日の試合は88対82でドルフィンズが勝利した。ディフェンスで勝ち切ったような熱い内容だった。怪我人が多い中にもチーム一丸となって戦う姿には胸を打つものがあり、僕は程よい興奮に包まれながら、カジヤマさんに言われた言葉を頭の中で反芻していた。
“クロさんの思うMCをやって欲しいんです”
自分らしいMCとはなんだろう。
とてもじゃないが、僕にはギョウテンさんのような立て板に水のごとき司会業はできない。可能性があるとすれば、帰国子女としての経験を活かし、英語を駆使するか、やはり音楽的なアプローチだろう。ただ、試合中のファウルコールやスポンサー告知などもやらないわけにはいかない。
試合を最大限に盛り上げながらも同時に冷静なアナウンスを両立させるのは、僕の力量ではキャパオーバーな気がした。現MCはそれをこなしているが、もし自分が本領発揮するなら、どちらかに振り切った方が良い気がする。
カジヤマさんの言葉に強く心を動かされながらも、まだバスケのMCをしている自分の姿が想像できなかった。
***
2023年4月15日
アルバルク東京対FE名古屋戦視察。
2023年5月28日
チャンピオンシップ2022-23、GAME3。
千葉ジェッツ対琉球ゴールデンキングス戦視察。
初めてBリーグでチームが優勝する瞬間をこの目で見た。満員の横浜アリーナをグルっと見回し、現在建設中のIGアリーナと重ねる。奇しくも、同じ1.7万人収容だ。
日本国内のバスケットボールの試合を配信する『バスケットLIVE』に加入。
可能な限り過去の試合を遡った。他チームの演出や全国にどんなタイプのMCがいるか知りたかったからである。
ドルフィンズのスタッフには無理を言って過去数年間のアーカイブを送ってもらい、これまでにどういったMCが担当してきたのか見させてもらった。
ラジオパーソナリティー、舞台俳優、スポーツ全般に詳しいアナウンサー等々、どれも声を使って喋ることを生業にしている人たちばかりだ。
明らかに自分だけが浮いている。
しかも僕はミュージシャンの中でも特異な存在、ラッパーだ。
昨今ヒップホップが流行っているとはいえ、まだまだ“チェケラッチョ”と揶揄される、イメージのあまり良くないジャンルである。きっとドルファミからは怪訝な顔をされるだろう。
だが、一方で僕たちがやってきた音楽は、そのイメージから脱却してきたグループという自負もある。クマガイさんが言う『ドルファミ』の温かさと似た『家族』と呼ぶ関係をファンと長年築いてきた。きっとどこかでリンクし合える気もしている。
頭の中では少しずつだが、演出の断片もぼんやりと浮かんでいた。もしもこれまで自分が培ってきた音楽とスポーツをドッキングすることができれば……。
ただ、どうやって組み合わせるか。
いや、そもそも果たしてそれをやらせてもらえるのかどうか。
おそらくドルフィンズにとっても大きな賭けになる演出だ。
「どうしましょうね」
マネージャーが前にも僕に尋ねたように聞いてきた。この日は事務所の高窓から暖かい午後の日差しが差し込み、春らしい気候を感じさせる気持ちのいい日だった。
しかし長閑な天候とは裏腹に、ドルフィンズに返事をする期日がもう明日に迫っていた。
「そうですね……。やりたい気持ちは出てきたんですけど、正直、まだ揺れているというか、もしも求められているものと、自分ならこうするというものがドルフィンズと合わなかったらどうしようとか……そもそも受けない方がいいのかなとか、行ったり来たりしています」
この期に及んで僕はまだ優柔不断なことを言った。もしかしたら最後の一押しをマネージャーに求めていたのかもしれない。
「どう思いますか?」むしろ尋ね返した。
「もしもクロくんが新しいことをやることに躊躇しているのなら、僕はやった方がいいと思います。それは自信がないのではなく、前例がないことにビビっているだけなので。ただ、そもそもバスケのMCに興味がないのであれば、やめた方がいいと思います。お金で引き受けるのは、スポーツファンに失礼になるので」
マネージャーの最後の一言に目が覚めた。
彼とはもう20年以上の付き合いである。
僕のことを知り尽くしている。
マネージャーは音楽畑の人間だが、筋金入りの中日ドラゴンズのファンでもある。スポーツを超える感動をエンタメで作りたくて、この世界に飛び込んだような人だ。
昔から誰よりもスポーツファンの心理を僕に説いてくれた人でもある。だからこそ中途半端に引き受けるのであれば、ファンに失礼だと言ったのだ。
「やりますか」僕は少し笑って言った。
「やった方がいいと思いますよ」
「その代わり、僕のスタイルでやらせて欲しいです」
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