第9話 Chapter9 「今日は渋谷で5時」

Chapter9 「今日は渋谷で5時」


 土曜日、17:00。米子とミントは原宿と渋谷で買い物をしていた。2人はお揃いの制服だった。岸本きらりから貰ったプリントとミントがネットで調べた情報を参考にしてアパレルショップとデパートを周った。2人とも左右の手それぞれに2つずつアパレルブランド名が入った大きな紙袋を持っている。計8個だ。休憩も兼ねて公園通りのカフェに入った。

「米子、服を買うのって楽しいね。店員さんも親切だったよ」

「最初は店員さんのタメ口にびっくりしたけど、友達感覚で色々アドバイスしてくれたから選びやすかったよ。新鮮な経験だね」

「だよねー、服の買い方が分かったからまた来たいね。まだ20万円以上残ってるよ」

米子のスマーフォンが内ポケットの中で振動した。

『木崎だ、今どこだ?』

『渋谷です。ミントちゃんと一緒に買い物してます』

『この前盛り上がってたな。買い物は終わったのか?』

『はい。でも何の用ですか? 今日は休みのはずです』

『悪いが緊急の指令だ。お前達がいる渋谷で人質を取った立て籠もり事件が発生した。犯人を殺ってくれ』

『殺ってくれってどういう事ですか? 立て籠もり事件なら警察の仕事ですよね。人質がいるならなおさらです。犯人は逮捕しなくていいんですか? 』

『逮捕じゃない、殺すんだ。駅前交番行って『緊急302』だと言え。俺の名前を出して構わん。警官が現場責任者の五十嵐警部のところに案内してくれる手はずになってる。銃は五十嵐警部に借りろ。多分ニューナンブになると思う』

『私は銃を持ってます。ミントちゃんに訊いてみます』

「ミントちゃん銃持ってる?」

米子はミントに確認した。

「持ってるよ、どうしたの?」

『私もミントちゃんも持ってます。犯人を射殺していいんですね? でも警察もいるんですよね?』

『犯人は5年前まで俺達の組織にいた男だ。とにかく殺すんだ! 生きたまま警察に渡すな!』

『わかりました。終わったら連絡します』

「米子、どうしたの?」

米子は電話の内容をミントに話した。


 米子とミントは渋谷駅前交番に入って木崎に言われた通りに警官に『緊急302』を告げた。若い警官が怪訝そうな顔をしながらも米子とミントを案内した。明治通りにパトカーを始めとする警察車両が何台も停まっていた。警察官が通りに大勢立ち、パトランプがあちこちで光っている。米子とミントは青と白のツートンカラーの警察車両のバスに案内された。バスの入り口から中に入った。バスは指揮車のようで中は小さなテーブルと無線機やモニターが並び、5人の男達が忙しく動いていた。

「五十嵐警部はいますか? 緊急302の件でニコニコ企画から来ました」

米子が男達を見まわしながら言った。制服を着て両手一杯にアパレルブランドの紙袋を持った姿は場違いだった。

「五十嵐は私だが、えっ? ちょっと、あんた達が工作員? 確かに女性とは聞いてたが」

五十嵐警部は紺色のスーツの上に背中に警視庁のロゴの入ったウィンドブレーカーを着ていた。体格のいい40代の強面の男だった。

「木崎さんの指示で来ました。よろしくお願いします」

ミントが頭を下げた。

「なんかの間違えだろ、高校生か? まだ子供だろ」

米子とミントは銀色のカードを財布から出して五十嵐警部に渡した。『車両運転特別許可証』。このカードは国の諜報機関の工作員である事の証明証でもある。カードにはIDコードが記載されている。

「本物なのか? 悪いけどIDコードを紹介センターに確認させてもらうぞ」

照会センターは警察内部で『123』と呼ばれ、職務質問をした不審人物について、聞き出した氏名や住所を伝えれば犯罪歴などを現場の警察官に教えてくれる部署だ。五十嵐警部は急いで無線機のマイクを握ると交信を始めた。

「警視特捜238より123へ」

『こちら123です、どうぞ』

無線の音声がスピーカーから響く。

「X号の確認を2本願います、どうぞ」

『123了解、コードをお願いします、どうぞ』

「コード、322-102―1908637と322-105―201459です、どうぞ」

『123了解』

しばらく沈黙があった。

『123より警視特捜238へ』

「警視特捜238です、どうぞ」

『先ほど問い合わせの件、回答します。2本ともX号ヒット、区分7に該当あり、どうぞ』

「警視特捜238了解、詳細送れ、どうぞ」

『123了解、詳細は次の通り、内閣情報統括室 女性 17歳 区分7はSS03で特殊工作員、2本とも同じ、なおこれ以上の情報は超厳秘扱いのため閲覧不能、どうぞ』

「警視特捜238了解、以上」

刑事はマイクを無線機にフックに戻した。

「すまなかった、確認が取れた。あんた達は特別な存在らしいな。私は警視庁特別機動捜査隊の五十嵐だ。状況を説明する」

「お願いします。ちょっと荷物を置かせて下さい」

米子とミントは狭い指揮車の中にアパレルブランドの紙袋を8つ置いた。忙しく動く男達が呆れた顔をした。五十嵐が説明を始めた。

「犯人は消費者金融の入った雑居ビル立てこもっている。場所は宮益坂下の交差点にある雑居ビルの2階だ。ここから300mだ。犯人は現金を奪い、消費者金融の事務員5人を人質にとっている。また、増田官房長官を呼ぶよう要求している。5人の人質のうち2人は殺された。犯人の名前が八重樫だ。八重樫は猟銃を所持している。立てこもってすでに7時間が経過した。八重樫は食事と飲み物を要求してきた。あんた達には喫茶店の店員の振りをして食事を運んでもらいたい。その制服上に用意した喫茶店のエプロンを着て欲しい。殺すんだろ? 銃はどうする? ニューナンブM60なら用意している」

「持ってますから大丈夫です」

「じゃあ準備をしてくれ。犯人に渡す食事が喫茶店から30分後に届く。何か質問はあるか?」

「犯人の撃った弾はわかりますか? 犯人の目的は何ですか? それとビル内部の見取り図があれば見せて下さい、犯人の写真もお願いします。」

「人質の遺体を回収した、弾はスラッグ弾だ。犯人の目的はよくわからん。現金を強奪したようだがそれはついでだろうな。増田官房長官を呼ぶように要求している。恐らく本当の目的はそっちだ。官房長官とマスコミを一緒に呼ぶように要求している。官房長官に直訴したい事があるようだ。世間にも何かをアピールするつもりだろう。見取り図と写真はこれだ。写真は望遠で撮ったから少しボケてる」

五十嵐がA4サイズの見取り図と写真を米子に渡した。

「警察のバックアップはないの? 殺していいんだよね?」

ミントが質問した。米子は見取り図を凝視している。

「警官隊はビルから80m離れているから援護はできない。犯人の要望で下げたんだ。警官隊を近づけたら人質の女性を2人撃って遺体を窓から落としやがった。犯人は射殺してかまわなようだ。よくわからんが射殺命令が出ている。あんた達の組織が捻じ込んだみたいだ。報道陣や一般人はビルから200m遠ざけた」

「米子、作戦立てた? 時間が無いよ」

ミントが訊いた。

「うん、AプランとBプランがあるから覚えてね。犯人から見えるようにビルに近づいて、非常階段でビルの2階に上がるの。Aプランはオフィスの入り口に犯人か人質が食事を取りに出てくるパターン。犯人だったら食事の載ったトレイを床に落としたタイミングて射殺する。人質だったら私が人質を突き飛ばして中に飛び込むからミントちゃんは追っかけで援護して。ンBプランは犯人にオフィスに入れって言われた場合だよ。この時はオフィスに入って犯人の指示に従うから。スキを見て攻撃するから、私が大きな声で合図を出したら銃を抜いて撃ってね」

「わかった、ヘッドショットでいくよ。今日はベレッタなんだよね。必殺のパイソンにすればよかったよ」     

米子とミントは肩掛け鞄からそれぞれ銃を取り出して点検した。米子はSIG‐P229、ミントはベレッタ92だ。点検を終わるとスライドを引いてチェンバーに弾を送り込んでデコッキングレバーを押してハンマーをハーフコックにした。

五十嵐は驚いた顔で2人を見ている。

「二人とも本当に17歳なのか? 女子高生なんだよな? 信じられん」

「だよねー、でも正真正銘の女子高生だし射撃の腕は確かだよ」


 米子とミントは八重樫からよく見えるようにビルに近づいた。制服の上に、グリーンのエプロンを着てワインレッドのキャスケット帽を被っている。エプロンには白い文字で『Cafee de Chimpo』というロゴが入っている。米子はサンドウィッチとコーヒーカップが載ったトレイを、ミントは右手にポット、左手は500mlのミネラルヲホーターのペットボトルが5本入ったレジ袋を提げている。2人ともスカートのウェストの後ろに銃を差しているがブレザーに隠れている。

「米子、犯人が銃を持ってこっちを見てるよ。人質は見えないね」

「うん、銃は上下ニ連の散弾銃だね。弾はスラッグ弾(1発弾)みたいだよ。バックショットじゃなくて良かった。近距離で散弾を撃たれたらやっかいだよ」

米子とミントは非常階段を上がって消費者金融のオフィスのドアの前に立った。

「すみません、食事と飲みものを持ってきました」

米子が中に向かって声を掛けた。

「ドアを開けて入ってこい!」

「失礼しまーす」

中に入ると机の島が1つあるだけの小さなオフィスだった。店長の中年男性1人と若い女性の事務員が2人、奥の壁に背中をつけて立っていた。犯人の八重樫は普段店長が座っているであろう席に座り、銃を斜め上に向けて構えている。八重樫の前に現金の入った袋が置かれていた。

「食事はその机の上に並べろ」

米子とミントは机にサンドウィッチの載った皿を置いて、コーヒーカップとポットとミネラルヲーターの入ったペットボトルを並べた。

「おい、増田官房長官はどうした!」

犯人の男が怒鳴った。

「私達はお店のバイトなんでわかりません」

ミントが答えた。

「2時間以内に増田が来なかったら人質を全員殺すって伝えろ」

「はい、伝えます」

「それと、そのサンドウィッチを食べろ。毒なんか入れられてたらたまらないからな」

ミントは皿の上のサンドウィッチを手に取ると口に入れた。

「普通に美味しいよ。ハムとマヨネーズだよ。マスタードも効いてていい感じだよ」

「あの、トイレ借りていいですか?」

突然米子が言った。

「ふざけるな! とっとと帰れ!」

「緊張したらお腹が痛くなちゃって、もうダメです」

米子がその場にしゃがみ込んだ。

「我慢しろ、お前も人質にするぞ!」

「かまいません、トイレに行かせて下さい、我慢できません、もうダメ! 出ちゃう!」

米子は立ち上がると早歩きで部屋の奥に向かった。

「おいっ、撃つぞ!」

犯人が立ち上がって米子に猟銃を向けた。米子は構わず歩いた。犯人が米子に狙いを付ける。ミントに背中を向けた状態になった。

「舐めやがって、本当に撃つぞ!」

「オッペケペー!!」

米子が叫んだ。合図だ。

『パン パン パン』

オフィス内に銃声が響いた。ミントがブレザーを捲り上げてウエストの後ろから素早くベレッタ92を抜いて発砲した。八重樫の頭から血と脳漿が弾けるように飛び散り、前に倒れた。人質が3人ともその場にしゃがみ込んだ。米子は右手で銃を抜いてしゃがんだ店長に銃口を向けた。店長が目を見開いて大きく口を開けた。ポケットのスマートフォンが振動した。着信表示は木崎だった。

『米子です、今殺りました』

『よくやった。大事な事を言い忘れた、人質は殺すな』

『そういう事は早く言って下さい! 今まさに撃つところでした。でも大丈夫なんですか? 排除対象者です』

『大丈夫だ。警察が責任を持って扱うそうだ。まあ薬物か手術で記憶を消すんだろうけどな』

ミントが人質の女性に銃口を向けた。

「ミントちゃんダメ! 今回は排除しないんだって」

米子が咄嗟に叫んだ。

「そうなの? この人達に完全に見られてるんだけどね」

ミントは不思議そうに言って銃を降ろした。人質達は何が起こっているのか分からないと言った顔をしている。

『人質はそのままにします。五十嵐警部に報告したら帰っていいですか?』

『ああ、よくやった。帰っていいぞ。休みに悪かったな』

『またこの前のお店で焼肉奢って下さい』


米子とミントは明治通りのバスに戻った。五十嵐警部と他の男達が強張った表情で2人を迎えた。

「犯人は殺りました。人質は銃のグリップで後頭部を殴って気絶させました」

「そうか、ご苦労さん。それにしても驚いたよ、JKアサシンか。漫画かアニメみたいだ」

五十嵐警部が呆然としている。

「ここだけの話、アニメ化を狙ってます。じゃあ私達帰ります。買い物の途中だったんです。ありがとうございました」

「米子、まだ靴を買ってないよ。お洒落なパンプスが欲しかったんだよ」

「私も欲しいよ、早く行こう」

米子とミントは大きな買い物の袋を持ってニコニコしながらバスを降りた。

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