第7話 Chapter7 「瑠美緯 ヴァイルウルフ」
Chapter7 「瑠美緯 ヴァイルウルフ」
土曜日、米子と瑠美緯は大田区の路上にいた。
「あの建物がウルフの犯行場所兼アジトです」
瑠美緯が報告した。
「町工場か」
「元々は自動車整備工場で廃業になった工場を坂上が買い取りました。車で拉致した女性を連れ込んで暴行をしてるみたいです。拉致現場は都内全域で、車を流しながら物色しているみたいです。あらかじめ決めてた相手を選ぶ場合もあるみたいです。近隣のコンビニの店員さんとかカフェやファーストフードの店員さんが被害に合ってます。日頃から好みのタイプを物色しているのかもしれません。車は白のハイエースワゴンです」
「場所が絞りにくいね。どこで殺るつもりなの?」
「工場で殺ります。ウルフはスマートフォンで連絡を取り合って、坂上が他の2人を車で拾って犯行に臨んでます。張り込みます」
「周りに何も無いから張り込むのは難しいよね。車使おうか?」
米子が提案した。
「免許持ってるんすか?」
「運転はできるけど免許は持ってないよ」
「私も訓練所で運転は覚えました。でも免許証が無いから検問に引っ掛かったらまずいです」
「これがあるから大丈夫だよ」
米子は折り畳み財布から銀色のカードを取り出して瑠美緯に渡した。
「なんですかこれ? 『車両運転特別許可証』。国家公安委員会と内閣情報統括室の印がありますね」
「それを持っていれば色んな車両を運転できるよ。10tダンプやバスやブルドーザーもね。特別なライセンスで現場の警察官も知ってるから大丈夫。瑠美緯ちゃんは2級だよね、1級になれば交付されるよ」
「頑張って1級を目指します」
「明日、近くの路上に車を停めて張り込もう」
米子と瑠美緯はニコニコ企画が所有するSUV『ハリアー』を工場の近くに停めて中から見張っていた。2人は制服が目立たないようにベンチコートを着ていた。工場の正面は大きなシャッターで、その横に鉄製のドアがあった。米子は犯行グループの詳細な資料に目を通した。
コードネームは『ヴァイルウルフ』(卑劣な狼)。
坂上純也:25歳。父親は与党の国会議員で東京都で当選4回。本人は大学卒業後に定職に就かず、親の金で生きていいる。目黒区のワンルームマンションで一人暮らし。中学生時代に動物虐待(殺傷)により補導歴あり。趣味はパソコン、ナイフ収集。
井上慎吾:24歳。父親は財務省のキャリア官僚。本人は大学卒業後の大手公広告代理店に入社するが1年で退職。その後は無職。退職理由は同僚へのセクハラ。品川区のワンルームマンションで一人暮らし。中学時代に近所の女子小学生に猥褻行為を働き補導歴あり。高校時代には不良仲間と婦女暴行の疑いで逮捕されるも不起訴。趣味はアニメ鑑賞。
高山雅人:26歳。大学を中退し、飲食店に勤務するも店を転々とする。現在は渋谷のパブに勤務。世田谷区の実家住まい。高校時代に婦女暴行で逮捕歴があるが不起訴。大学時代はサークル内での婦女暴行及び強制性交の容疑で書類送検。趣味はアニメ鑑賞、カメラ、エアガン。
上記3名はインターネット上の坂上がホストを務める、猥褻な画像や情報を交換する会員制チャットルームで知り合う。3人は飲む機会を設けるようになり、車で女性を拉致して暴行する事を共謀して実行するようになった。被害女性は20人以上。行方不明になったと思わる者が3名(捜索願いあり)。暴行時にビデオで撮影を行い、被害女性に口止めを強要している。現在もこの3名による犯罪は継続されている。
「資料読んだけど最低なヤツらだよね」
米子が不快感を表しながら言った。
「男って何でこんなのばっかりなんすかね?」
「まあ本能だからね。その本能を制御して社会的に生きるために理性を持ってるんだよ。たいていの人は理性に従って生きてるけど、理性が効かないヤツがいるんだよ」
「風俗とかはどうなんすか? 何であんな物があるんすかね?」
「必要悪だろうね。本能に逆らってばかりいると何かが歪むんだよ。女性からしたら迷惑な本能だよね。でもこいつらは親の権力を利用してやりたい放題。ただの粗暴犯と違って計画性もあるし、ある程度の社会性もあるからソシオパスやサイコパスじゃないかもしれないね」
「米子先輩学者みたいっすね」
「はぁ? 米子先輩!?」
米子が反応した。
「あっ、すみません! 沢村さんより米子さんの方が呼びやすいんで、つい口に出してしまいました。すみませんでした!」
「まあ木崎さんもミントちゃんも私の事を米子って呼んでるから、米子の方が統一性があっていいかもね。米子でいいよ」
「ありがとうございます! さっきの米子先輩怖かったすよ」
「ごめんね、この名前、嫌いなんだよね」
「米子先輩、シャッターが動いてます!」
整備工場正面のシャッターが上がり切ると白いハーエースがゆっくりと出てきた。車が出るとシャッターが閉まり始めた。
「行動開始か。これから仲間を拾って拉致に行くんだろうね。瑠美緯ちゃん、これをシャッターの端に立て掛けてきて」
米子はボールペンを瑠美緯に渡した。瑠美緯は車から降りると閉じたシャッターの右端にボールペンを立て掛けて戻って来た。米子がエンジンをスタートさせた。
「米子先輩、どこに行くんすか?」
「ずっと車停めてたら通報されるから2~3時間ドライブでもして時間を潰すよ。どこか行きたいところある?」
「特にないです」
車は3時間ほど当てもなく都内を走って自動車整備工場に戻った。瑠美緯は車を降りてボールペンを拾って戻って来た。
「米子先輩、ボールペンが倒れてシャッターで潰れてました。あいつら帰って来てると思います。暗殺実行します。早くしないと女性が危険です」
瑠美緯が急いで車を降りようとした。
「瑠美緯ちゃん、しっかり準備して。女性を助けるのが目的じゃないよ。目的は暗殺だよ。どうやって中に入るつもりなの?」
「ドアのチャイムを押します。誰かが出てきたら銃を突き付けて中に入って3人を殺ります」
瑠美緯がチャイムを押した。ドアが外側に開いて坂上が現れた。
「あんた誰? 何の用?」
坂上が瑠美緯を不思議そうに見る。
「あの、さっき女性を乗せた車がここに入りましたよね? あっ」
坂上が瑠美緯の右腕とコートの襟を掴んで中に引っ張り込んだ。
「おい、変な女が来た、来てくれ」
井上と高山が瑠美緯を掴んで引きずるようにして歩く。米子は鞄からSIG-P229を取り出すとベンチコートの右ポケットに入れて車を降りた。ドアノブを軽く回すと鍵は掛かっていなかった。米子はSIG-P229をポケットから取り出して構えると薄暗い玄関の中に入った。短い廊下を歩くと突き当りの右側が工場の作業場だった。米子は中を覗いた。コンクリートの床に応接セットがあった。長いソファーが二つL字型に並び、テーブルと液晶テレビが置いてある。その奥にベットが置かれていた。ベットの上に紺色のスーツ姿の20代くらいの女性が座っている。手錠が掛けられ、口はタオルで猿轡だった。坂上達が拉致してきた女性だ。不安そうな顔している。泣いたせいで目の周りの化粧が崩れていた。
ソファーの横の床で仰向けになった瑠美緯の上に坂上が伸し掛かって荒々しくシャツを捲っている。ベンチコートとショルダーバックが横に投げ出されている。井上が瑠美緯の肩を押さえ、高山はソファーに座ってその様子見ている。
「やめてよ、イヤっ! やめて!」
瑠美緯が必死に抵抗する。米子は親指でハーフコックにしていたSIG‐P229のハンマーを起こした。
「お前誰だ、まあいい、楽しませてもらうぜ。高山さん、ビデオお願いします」
高山がソファーから立ち上がってテーブルの上のビデオカメラを手に取った。
「こいつ中学生くらいだぜ、まだ男を知らないんじゃないのか? こういうのもたまにはいいなあ! 制服姿がたまんねえな」
井上が興奮している。
「うごっ!」
坂上が声を上げて瑠美緯の上に突っ伏した。瑠美緯が坂上の左脇腹にナイフを深く刺して何度も捻っている。
「こいつ、ナイフで刺したぞ!」
井上が叫んだ。高山が慌ててビデオカメラを置くとソファーの横に置いてあったバールを手に取った。瑠美緯が坂上を両腕で押し退けて這うようにしてショルダーバックを掴み、ファスナーを開けてベレッタ92を取り出して構えた。
「何だよ?! エアガンか?」
高山が言った。井上もしゃがんだまま瑠美緯を見ている。
『パン! パン!』
瑠美緯がベレッタ92のスライドを引いて発砲した。胸に弾丸を受けた高山が後ろに吹っ飛び倒れた。
『ガキーーン』
床に落ちたバールが音を立てる。瑠美緯が銃口を井上に向ける。
「本物かよ!! 撃つな、おい! やめろ!」
『パン パン パン』
井上の頭が吹き飛んでその場に崩れ落ちた。
「ご苦労さん、危なかったね。トドメを刺して」
米子が作業場に入ってきた。瑠美緯は立ち上がると男達の頭に1発ずつ9mm弾を打ち込んだ。
「すみません、いきなり腕を掴まれて」
「何で銃を抜いておかなかったの? それに事前にスライドを引いておかないとダメだよ」
「相手を確認してから銃を出そうと思ってました。力が強かったので焦りました」
「男の腕力を舐たらダメだよ。女とは筋力が違うの。とにかく無事で良かった。でも、0点だね。弾は何を使ったの? 頭グシャグシャだよ」
「9mmの『ソフトホローポイント弾』です」
「ふーん、9mmはフルメタルジャケットしか使ったことないけど、ホローポイントは人体には有効だね、こんな風になるんだ」
ホローポイント弾は弾頭の先端が窪んで穴が開いており、人体に入ると抵抗で弾頭が潰れて星型に開いて体内に大きなダメージを与える。ソフトホローポイント弾は弾頭が鉛なのでより大きく潰れ、効果が高い。米子はベッドに近づくと拉致された女性の猿轡を緩めた。
「ありがとうございます、警察ですか? 助けてくれたんですか?」
女性が米子を怯えた目で見つめながら言った。
「もう大丈夫です、安心して下さい。何処でこいつらに拉致されたんですか?」
「世田谷の経堂です。歩いてたらいきなり車に押し込まれて、うっ」
米子は猿轡をきつく締めた。
「瑠美緯ちゃん、よろしく」
「えっ?」
「訓練所で習ったよね?」
「殺れって事ですか? この人、第三者っすよね? 被害者ですよ」
「目撃者になった時点で当事者で排除対象者だよ。暗殺には第三者や被害者はいないの。いるのはターゲットと排除対象者だけ。暗殺の邪魔になる者や目撃者は排除するのがルーティンだよ。作法みたいなもんだよ」
米子が子供を諭すように言った。
「ウーーーー、ウッ、ウーーッ、ウーーー」
女性は状況を理解したようで声を上げようとしたが猿轡が邪魔をする。目には涙が溜まっている。
「瑠美緯ちゃん、早く」
『パン!』
瑠美緯が女性の頭に銃口を向けると発砲した。
「それでいいよ。次からは躊躇しないでね」
米子が言った。
米子の運転するハリアーが靖国通りを走ってた。
「あの、私、まだ甘いですよね?」
瑠美緯が言った。
「今までに3人やってるんでしょ?」
「あれは先輩の工作員が一緒でした。私は最後に撃つだけでした」
「これからは一人で計画を立てて一人で実行するんだよ」
「はい。でも、あの女性は可哀想でした」
「任務の時は人を人と思っちゃダメ! これは絶対だよ。目撃者を残すと組織に迷惑が掛かるからね。最初から物だと思って接するの」
「子供とかでもですか?」
「物だよ」
「わかりました・・・・・・」
「お腹空いたね? 何か食べる? お肉とかはムリかな?」
「そういうのは平気っす。スプラッタームービーとか好きなんです」
「へえ、じゃあラーメン食べようよ。私はグロいの苦手なんだよね」
「米子先輩がですか? 意外っすね」
「サバイバル訓練でも、動物を捌くのは苦手だったな」
「米子先輩、他に苦手なものはありますか?」
「うーん、ジェットコースターかな。あと雷も苦手だよ、大嫌い」
「ますます意外です。でも何か安心しました。米子先輩でも苦手なものがあるんすね」
「瑠美緯ちゃんは?」
「蜘蛛とかムカデとかが苦手です。ゴキブリも」
「まあ好きな人はいないよね」
米子と瑠美緯は新宿の事務所で木崎に報告をした。
「よくやった。まあ、米子が言う通り銃は早め抜いておけ。それに排除対象者は躊躇なく殺るんだ。排除対象者を作らないためも計画と場所選びは大事だ。今回の排除対象者は世田谷区に住む26歳のOLだった。休日の買い物帰りを狙われたようだ。まあ、運が悪かったんだな。この前ミントが言ってたように偶然も運命だ。誰にも変えられないし誰のせいでもない。瑠美緯、今日はもう帰ってもいいぞ」
「今回は勉強になりました」
頭を下げると瑠美緯は帰っていった。
「米子、瑠美緯はどうだった?」
木崎が訊いた。
「一人前のアサシンになるにはまだまだ経験が必要です。彼女はまだ中学生です。戦闘チームの方が向いてるかも知れません」
「戦闘チームは大人の男が主体だ。お前らは女子学生だから暗殺部隊なんだ。制服を着たその存在自体が最大のカモフラージュだ」
「瑠美緯ちゃんはいつ孤児になったの?」
隣の席に座っていたミントが言った。
「10歳までは家族がいた。両親と兄だ」
「ちょっと遅いね。この仕事やるなら早めに孤児になってる子の方が向いてるよ。家族の暖かさとか愛とか知らない方が躊躇なく殺れる。特にターゲット以外の人間を殺る時に迷いが出ると思うんだよね。私は家族を知らないから結構割り切れるんだよね。米子も9歳までは家族がいたんだよね?」
「私は躊躇しないよ。心構えと訓練次第だと思うよ」
米子が言った。
「まあ、慣れだよね。樹里亜ちゃんは暗殺向きだと思うよ。真面目すぎるのが欠点だけどね。米子の言うように瑠美緯ちゃんは戦闘向きかもね。明るくて活発だし伸びしろはありそうだよね」
「米子、ミント、これからもあいつらを鍛えてくれ。次はコンビを変えてフォローしてくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます