第6話 Chapte6  「樹里亜 マッドドック」

Chapte6  「樹里亜 マッドドック」


 「米子、ミント、訓練ご苦労だった。さっそくですまないが樹里亜と瑠美緯を実戦で鍛えて欲しい」

「先週群馬で訓練しましたよね?」

「あれは戦闘訓練だ。俺たちの本来の役割は暗殺だ。あの2人はまだ経験が足りない。何件かストックしてある任務を持ってきた。資料に目を通してくれ」

「学校があるんで昼間は土日以外は無理です。出席日数がギリギリなんです」

「かまわん。放課後と土日で鍛えてくれ」

木崎はファイルを数束、机の上に置いた。米子とミントはファイルに目を通した。

「私はこれがいいよ。『プライベートポリス』って名乗ってるやつ。法律で裁けない悪党を自分の手で処刑するって、なんかヤバイよね。こいつテレビドラマの見過ぎだよ。発覚してるだけで殺人が8件。武器は拳銃とナイフ。でも殺した相手は一般人ばっかりだよ。横柄なラーメン屋の店主、ゲームの転売屋、路上駐車の常習犯や悪質な客引きに痴漢だって。殺すほどの罪じゃないし、弱い相手を殺して楽しんでるだけだよ。ネットの掲示板なんかで情報収集して処刑対象を探してるみたいだね。でもなんで正体や手口が分かってるのに警察は捕まえないの?」

「経歴を見てみろ」

木崎が言った。

「げっ、元警察官。それも警視正。30代で警視正ならキャリアだよね?」

「ああ、かなり優秀だな。だがノイローゼになって警察を辞めたようだ。元キャリア警官だから警察も腰が重いんだ。在職中にも2件やってる。世間に知られれば重大な不祥事になる。警察キャリアだからな。警察庁はおろか法務省の誰かの首が飛ぶかもしれないな。犯行のサイクルが短くなって来ているから警察上層部から内閣情報統括室に依頼があったんだ」

「じゃあこれにするよ。鍛えるのはこの前訓練で組んだから樹里亜ちゃんにするよ」

「わかった、樹里亜と連携してやってくれ。期限は10日間だ。米子はどうする?」

「この連続婦女暴行グループにします。3人組ですね。複数の相手を殺るいい訓練になります」

「そいつらはサイコパスの集まりだ。戦闘力は無いが、人を人とも思わない連中だ。共感性が欠けるサイコパスがグループを作るのは珍しいけどな。こいつらの内1人の親が高級官僚で、もう1人の親は与党の国会議員なんで警察も腰が重い」

「警察は役に立たないですね」

「だよねー、元キャリアとか親が政治家とか高級官僚とか関係ないじゃん、悪党は悪党だよ。何が3権分立だよ。司法と行政と立法は分立してるんじゃないの? 罪を庇いあってるだけだよね。そりゃあ国民が国を信用しなくなるよ。国力も下がるよね」

ミントが呆れるように言った。

「じゃあ米子は瑠美緯を頼む。あくまでもお前達はフォローアーだ。作戦立案も実行も2人にやらせろ。出しゃばるなよ」


 ミントと樹里亜は戸越商店街のファーストフード店『マクドフェラルド』の窓に面したカウンター席にいた。ターゲットが入っているパチンコ屋の入り口が見える場所だ。ミントと樹里亜は制服姿だが、違う制服を着ていた。ターゲットは元キャリア警官の西田幸男。33歳独身で実家は新潟県の資産家。コードネームは『マッドドック(狂った犬)』。2年前に精神的疲労で警察庁を退職し、現在は品川区戸越に住んでいる。退職後は現役の時に知り合ったブローカーから拳銃を購入し、自分の判断で軽犯罪者や存在が迷惑な一般市民を処刑と称して殺していた。自らを正義の処刑人と自負している。


 「あいつずっとパチンコやってるね」

すっかり氷が溶けたアイスコーヒーをストローで飲みながらミントが言った。

「帰り道に殺ります。マッドのマンションの近くに戸越公園があって、マッドはその公園を通り抜けます。5日間尾行しました。だいたい閉店まで粘るから22時45分頃に店を出ます。勝ったときは景品交換所に寄ります。ここにずっと居る訳にもいかないので一旦帰って22時くらいにパチンコ屋の前で合流しましょう」

「樹里亜ちゃんは粘り強いね。暗殺にはその粘り強さは大事だよ。行きつけのパチンコ屋を突き止めたのもたいしたもんだよ。もし暗殺現場を誰かに目撃されたら目撃者を躊躇しないで殺るんだよ。だから場所選びは重要なんだよ」

「ありがとうございます。突き止めるも何もマッドは毎日パチンコしかしてません」

「それにしてもこの商店街長いよね」

「東京で一番長い商店街らしいです」

「ふーん、凄いね。散策してみたいけど、今度にするか」

「マッドは生活をこの商店街で全部済ませてます。どこにも行ってません」

「犯行は3ヵ月に1回のペースだもんね。その時だけ動くんだろうね。お金はどうしてるんだろう?」

「わかりません。木崎さんの情報だと親が地方の資産家らしいです」

「ふーん。せっかく一流大学出て、難しい国家試験受かって警察キャリアになったのに勿体いないねえ。マッドドック、狂った犬か。警官の時、何があったんだろうね?」

「あっ、出て来ました」

「帰るのかな?」

「わかりません。尾行しましょう」


西田は家には帰らず、戸越駅から都営浅草に乗った。ミント達もモバイルSUICAで改札を通り、同じ車両の離れたドアから乗った。西田は泉岳寺で京浜急行に乗り換えて京急川崎駅で降りた。ミント達も電車を降りて尾行した。西田は駅を出ると駅前の繁華街を多摩川方向に歩いた。樹里亜が西田の30m後ろを歩き、ミントはさらに30m後ろを歩いた。西田が角を曲がった。ミントが角を曲がると樹里亜が立ち止まっていた。

「どうしたの?」

「このビルに入りました。エレベーターで3階に行きました」

ミントはビルの入り口の看板を見た。3階は『桃色女学園JK倶楽部【抜きたガール】』という店名の風俗店だった。

ミントと樹里亜は近くのハンバーガーチェーン『ロッフェラア』に入ってドリンクを買ってテーブル席に座った。

「あいつ、昼間から風俗なんてサイテーだね。働きもしないでいいご身分だよ。ああいう所ってどれ位時間が掛かるんだろうね。樹里亜ちゃんどうする? ここじゃ人目が多いし、待ってもいつになるか分からないよ。日を改めたら?」

「そうですね。でも帰りはあの公園を通ると思いますんで公園の近くで待ち伏せします」

「何時間も待ち伏せしてたら目立つよ。本当は口出ししたくないけど、暗殺は意地になったらダメだよ。条件が悪い時は諦めるのも大事だよ」

「わかりました。今日は帰ります。明日また来ます」


ミントと樹里亜はロッフェラアを出て京急川崎駅に向かった。

パトカーのサイレンが鳴っている。さっきの風俗店のビルの前に何台もパトカーが止まった。野次馬がビルの前に溢れている。

「何だろうね? さっきのビルだよ」

ミントが言った。

「何でしょうね」

ミントと樹里亜は野次馬の中を前に移動していた。

「何があったんですか?」

ミントが野次馬の最前列にいた初老の男に訊いた。

「銃撃だってよ。3階で誰か撃たれたらしい。犯人は逃げたみたいだ」

「きっとマッドです。ミントさん、タクシーで公園に行きましょう。戸越は泉岳寺で乗り換えて方向的に戻る感じですからタクシーなら先回りできます。掃除屋にも近くで待機するよう連絡します」


 15:00。西田が肥後藩の大名屋敷の情緒が残る『薬医門』をくぐって戸越公園に入って来た。黒いダウンジャケットを着てベージュのチノパンを履いていた。大きな茶色の肩掛けカバンを掛けている。ミントと樹里亜は池の横にある東屋の中のベンチに座っていた。公園に人は少ない。樹里亜は西田に気が付いて立ち上がり、池の前の広場に入ってきた西田に後ろから近づいていく。ミントはスマートフォンの画面を見るふりをしてベンチに座っていた。樹里亜が歩きながら大きなショルダーバックからサイレンサー付きのベレッタ92を取り出した。西田は池のほとりのアスファルトの遊歩道を公園の裏口に向かって歩いていた。築山の小さな滝から流れ落ちる水の音が響いていた。西田が気配を感じて振り向いた。樹里亜が駆け寄った。

『バスッ バスッ バスッ バスッ』

西田の胸と腹に4発の9mm弾が命中してダウンジャケットの羽毛が舞って血が噴き出した。西田はその場に前から倒れた。樹里亜は銃口を倒れた西田に向けたまま固まっている。ミントは全力で樹里亜に向かって走って隣で立ち止まった。

「樹里亜ちゃん、頭にトドメだよ。撃ったら行くんだよ。歩きながら掃除屋さんを呼んでね」

ミントは声を掛けると速足で元来た方向に歩きだした。

『バスッ バスッ』

9mm弾が西田の頭を吹き飛ばした。樹里亜はベレッタ92をショルダーバックに仕舞うとミントとは逆の方向に歩きだした。


 19:00、新宿の事務所のドアが開いて樹里亜が入って来た。

「樹里亜ちゃん、おかえり! 遅かったから心配したよ」

ミントが言った。

「気分を落ち着かせるために山手線で一周してきました」

「もう落ち着いた?」

「はい、大丈夫です」

「そうか、じゃあごはん食べに行こうよ」

「ご飯は食べてきました」

「へえ、意外と肝が据わってるんだね」

「樹里亜、ミント、よくやった。警察の情報だとマッドドックこと西田は風俗店の店長を射殺したらしい。風俗店はボッタクリで有名だったらしい。まあ、西田は悪を退治したつもりだったんだろうな」

「私が早く殺ってればその店長は死ななくて済んだんですね」

樹里亜が呟くように言った。

「樹里亜ちゃん、それは関係ないよ。樹里亜ちゃんは自分の任務をきちんと果たしたんだよ。風俗店の店長は西田が勝手に殺っただけ。タイミングはただの偶然だよ。偶然に責任を感じてたら身が持たないよ。そんな物を背負わされる程私達は罪深くないよ。偶然も予め決まった運命だから誰にも変えられないんだよ」

「樹里亜、今日はもう帰っていいぞ。事務所の掃除は明日でいい」

木崎が言った。樹里亜と瑠美緯は配属後研修として1ヶ月間事務所の掃除当番だった。

「そうします。お先に失礼します」

樹里亜は帰って行った。

「ミント、樹里亜はどうだ?」

「大丈夫だよ。芯は強い子だと思うよ。コツコツと着実に事を進めるタイプだね」

「ミントもすっかり一人前になったな。人を見抜く力が付いてきている」

「だよねー、人は下が付くと成長するんだよ」

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