親と子

 各所に手紙を送り、祭事の警備に武官たちを招き入れ、出席する貴族たちの座席の整備。

 あざみ姫の仕事を陰陽寮で吉兆を占いながら手伝い、その一方で晦は順調にあやかし退治のための人員を引き入れるために工面を続けていた。

 さすがにあざみ姫もこれだけ晦に手を加えられたら、なにか苦情を言ってくるのではとは思ったものの、存外なにも言ってはこなかった。


「彼女は朝廷で働いていますからね。思うことがあったとしても、監視が付いている以上はなにも言えませんから言うことはできないでしょう」

「それって……桐女王に報告上げられませんか?」

「祭事頭からしてみれば、薄々あやかしが出過ぎていることをわかっているでしょうからね。どちらの味方をするのか、わかりやすいものです」


 つまりは、桐女王に報告しない以上は私たちの味方だろうけれど、表立って味方をすることもできないから、なにも言わないで晦に任せているってことか。

 今回の祭事の場所が急遽紫陽花区で執り行われることになったため、そこにいる薄月にも連絡を入れることにした。

 相変わらず毎晩毎晩あやかし退治をしている薄月は、晦から届いた祭事の見取り図を見て、当然ながら変な顔になった。


「なんだい、こりゃあ。普通にあやかしの……それも大物捕り物でもするような人員じゃないか」


 それは紅染とほとんど反応が変わらなかった。晦はその反応にくすりと笑う。


「あなたがそうわかってくれて嬉しいです」

「そりゃな。本当にたまにだが陰陽寮と仕事をすることもあるし。でも、こんなもんを退治するのになんでこっちを巻き込む? 有事の際には都の外の別荘に逃げることのできるお貴族様ならいざ知らず、ここに住んでるのは、住む場所がなくなったら一気に物もらいになるしかねえ連中しかいねえ」

「それだけは本当に申し訳ございません」


 日頃から口ばかり達者な晦は、こればかりは悪いと本気で思っていたらしく、普通に頭を下げた。

 それを薄月は苦々しい顔で見下ろしていた。


「しかし、今しか時期がありませんでした。あなたがいて、武官の協力が取り付けられて、なによりも退魔の力の強い方が揃っている……そうでなかったら、此度のあやかしを倒すことができませんから」

「……そんなに大物か。あと」


 薄月は私のほうに視線を向けた。相変わらずの晦のお下がりを着ていた。

 でもそもそも薄月は式神の私の姿も見ている訳だから、普通に同一人物だと気付いているはずだ。私の姿を見ながら、ジト目で晦に視線を戻した。


「どういう了見だ? 姫様を男装させて、あやかし退治に吶喊させるつもりか?」

「そのつもりですが」

「……いくら多少刀が使えるからって、大物に素人を差し向けるとか、どういう了見だ」

「いえ。姫様は此度のあやかしの天敵ですから。天敵だからこそ、姫様にさっさと枷を付けて一生を神庭に閉じ込めたかったんでしょうからね。こちらに倒すための機会を与えたのは、あちらです」


 晦がにこやかに笑うのに、薄月はあやかしの正体がわかったらしく、髪をくしゃりとさせる。


「おいおい……きちんと正体を暴かないと、あやかし退治の参加者が軒並み国家反逆罪でしょっ引かれるだろうが」

「はい。状況証拠しかありませんからね。だから、皆の目の前で正体を暴く必要があったのです」

「えー……姫様は本気で、この策に乗るつもりかい?」


 薄月にそう尋ねられて、私はパチンと目を瞬かせた。


「正直、私は初めて晦に出会った際に、朝廷はおかしいと言われて疑問に思っていました……私、どうして呪われたのだろうと」


 朝廷はあやかしの侵入を防ぐ結界を張っているはずなのに、それを無視した時点でおかしいのだ。

 王族の女たちが番の呪いを受けて、神庭に連れていかれる。その忌々しい因習を断ち切らなければ、また不幸な人たちが出てしまうし。

 私のお父様とお母様のような悲劇だって、また起こりうるのだから。

 私は薄月に笑った。


「私は私を自由にしてくれた晦を信じます」

「……わかんねえもんを信じるっていうのも、そりゃ思い込みだろ。薄っぺらくないか?」

「かもわかりませんね。でも、それだけじゃないですから」


 理不尽な人だし、全く説明しないし、いったいなんなんだよと思う。どうしてこの人を好きなのかさっぱりわからないとも感じている。ただ。

 ひとりでしょい込むのをやめてほしいと思うのは、そこまで間違っているんだろうか。

 薄月はこちらを心底呆れた顔をしながら、肩を竦めた。


「あんたも男の見る目のない女引っかけたら駄目だろ」

「ははは、女ったらしで金持ちは貢がせるだけ貢がせて、その金で他の女養ってるあなたにだけは絶対言われたくないですね」

「言葉にするとひどいな」

「あなたのことですから」


 私は晦が耳を赤くしているのに気付き、少しだけ笑みをこぼした。

 でも……私はこれ以上晦に負担をかけたくなくて、聞いていない疑問がある。

 番の呪いはあやかしがかけるもの。番に固執するあやかしを怒らせてしまい腫れ物になってしまうからこそ、呪いと称されるもの。

 そんな呪いを晦が上書きできたのはどういうこと? 私のうなじを噛み切った晦について、聞けずにいた。


****


 最後の最後に、晦は私を連れて都の外れに連れてきた。そこでは湯気がもうもうと昇り、あちこちに柿の木が植わっているのが目に入る。

 そして。カーンカーンとあちこちから槌を振るう音が響いていた。


「ここは?」

「刀鍛冶の住処ですよ。桔梗区ではうるさいと苦情が来て、紫陽花区ではあやかしが出て、せっかく刀を研いでも折られてしまうし、だからと言って都の外ではより一層あやかしや獣が出ますから、こうして都の外れで彼らは住んでいるんです。なによりも、彼らは武官や貴族にも刀を納品していますからね。あまり都から離れても務まらないんですよ。すみません」

「はあい」


 出てきたのは、まだ槌を振るってないだろうひょろりとした子供だった。内弟子らしい。


「ああ、晦様。こんにちは」

「はい、どうも。先月注文しました刀はできましたか?」

「はい、こちらにどうぞ!」


 晦と弟子の子の会話を聞いて、私は驚いて振り返った。


「あなた刀を注文なさっていたんですか?」

「私は残念ですが刀は振れませんが、あなたは違いますでしょう?」

「……はい?」

「あなた用の刀を打っていただいたのです」


 それに私は目を見開いた。


「それは……」

「相手が相手ですからね。姫様が式神として私が使っていた頃合いの刀を具現化できないか、鍛冶師殿に見てもらっていたんです」


 そうこうしている内に、「師匠、晦様が刀取りに来たよ!」と弟子の子が師匠を連れてきた。

 直垂をたすき掛けし、そこから覗く腕は太い。いったい毎日どれだけ槌を振るってきたのかがよくわかる立派さだった。


「ああ、お前さんか。注文の品」

「ありがとうございます。助かります。はい、姫様」


 そう言われて私は差し出された刀を持った。

 誂えも鞘も簡素なものだったけれど、そこから引き抜いた抜き身の美しさも、柄を持ったときの軽やかさも……まるで私が式神のときに渡された刀を振るっていたときと同じよう。重過ぎず軽過ぎず、少し振るっても手からすっぽ抜ける感じがしない。


「すごいです……ありがとうございます。大切に使います」

「そうしてくれや。やれやれ、最近は無茶な使い方をしてすぐに刀をへし折りやがる。たしかに刀は使い捨ててなんぼだが、加減ってものを知らないやつが多過ぎるから」


 鍛冶師はそう文句を言っていたけれど、私はそれを心底ありがたく思いながら刀を鞘に収めて抱き締めた。


「ありがとうございます」

「いえ。姫様には祭事の際、切り札になってもらいますから」


 晦はそう言って微笑んだ。

 この人は。ちっとも説明をしない。その割には人のことばかり考えている。今もなにを考えているのかわからないけれど。

 私はこの人のしょい込むものを、共に背負うと決めたのだから。私はこの刀に賭けて、この人と共に行こうと心に決めた。

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