六
気付けば晦の部屋で横になって眠っていたものの、地響きがしてびっくりして飛び起きたとき、紫陽花区の人々がざわついているのに気付いた。
まだ外は真っ暗だというのに。
私は驚いて体を起こす中、ドタドタと子供たちの走る足音が響いた。
「晦様! お外!」
「大変! 大変!」
「おやおや……どうかしたかい?」
「かみなりが、ドーンって! 朝廷のほう!」
「おや……」
私たちが外に出ると、既に紫陽花区の人々がまだ空が暗い中、ざわざわしながら朝廷のほうを眺めていた。
朝廷のほうから、明らかに焦げ臭いにおいが流れてくる。
「雷が朝廷に落ちたって……」
「そんな……中は大丈夫なのかな」
「女王陛下はご無事かねえ……」
私は唖然としていた。
雷が宮中に落ちて大惨事になることは、年に一度あるかないかのことであり、その手のことが起これば都の人々が不安がるからと、祭事は優先的に雷を鎮めるためのものが前倒しで行われる。
私はまさか……と思って一緒に眺めていた晦をジト目で睨みつけた。
「晦、あなたまさか……」
「おやおや。宮中に雷が落ちるなんて、穏やかではありませんなあ」
私は思わず彼を引きずって、彼の防音結界の張っている彼の屋敷内で叫んだ。
「あなたわかっててやりましたか! これ、あなたが原因ですよねえ!?」
「雷が落ちた場所が朝廷ならば、信用ならないとはいえ神庭の結界に守られています。狙った場所以外には火の粉が飛ばないだろうと踏んだんですよ。さすがに私も、雷が原因で炎上してなにも悪くない人間まで巻き込むのは後味悪いですからね」
「それは……そうなのですが……」
「あとは陰陽寮にも祭事に関する依頼が来るでしょうし、我々も根回しができます」
「根回しって……」
「今まで出会った方、知り合った方に手紙を書いて送るのですよ」
やたらと元気よく言う晦に、私は頭が痛くなったものの。桐女王の中にいるあやかしの正体はわからないものの、あれはいったい王族を何世代に渡って弄んだのだろうと思う。
頭に浮かぶのはどうしても神庭にいた、飼われている女性たちだった。彼女たちの落ちくぼんだ目、首輪を付けられて、神庭で出会ったばかりのあやかしに愛を囁かれ続ける。愛玩され続けても、人の扱いは二度と受けられない。
彼女たちを助けるためにも、なんとしてでも武官を動かさないことには話にならず、この国を掌握している桐女王に取りついたあやかしを倒すしかない。
私は溜息をついた。
「それで、私ができることは?」
「今はあなたのことは伏せておきましょう。まだ桐女王も姫様が神庭から脱出したことは察していないでしょうから。その代わり手紙をたくさん書くので、半分は手伝ってくださいませんか?」
「それくらいならば」
こうして、私たちは手分けして、手紙を書くこととなったのだった。
****
「陰陽寮からの手伝い、痛み入ります」
祭事頭のあざみ姫は、急な落雷のせいで、祭事が前倒し進行になってしまったがために、猫の手も借りたい状態になって、今にも爆発しそうになっていた。
それに晦は相変わらず人好きのする笑みを浮かべる。
「いえ、多忙を極めている中の急な落雷ですからね……女王陛下も心を痛めてらっしゃるでしょうし」
「はい……最近はあやかしの騒動があまりにも頻発していますので、各部署からも、あやかしを鎮める祭事を執り行えないかとずっと言われ続けていましたから……残念ながら私は祭事を取り仕切るのが精いっぱいで、あやかしを祓う力はございませんから。その点陰陽寮が手を貸してくださるのは助かります。その道の方ですものね。ところで……」
あざみ姫は困惑したように、私のほうに視線を向けていた。私は今、晦から借りた狩衣を着て、髪もなんとかまとめて烏帽子を被っている。早い話が男装だった。
それに晦は笑う。
「自分の弟子にも早く仕事を覚えてほしいからですね。こうして連れ回しています」
「それは、まあ……お疲れ様です?」
「はい」
一応私は晦の婚約者ということになっているものの、表立ってはそんなことも言えないし、私の身分や立場も明かせないのだから、こういって誤魔化すしかなかったのである。
あざみ姫に打ち合わせしたあと、兵法所に出かけ、武官たちに話に行く。彼らは私の顔を知っているため、私はできる限り背中を丸めて顔を隠すしかなかった。
あちらはあちらで、落雷の現場検証で人の出入りがドタバタしている。
「落雷を鎮める祭事の警備……ですか?」
「はい。陰陽寮も依頼を受けましたが、なにぶん急な話なため、祭事頭様も各部署に伝令が遅れてらっしゃいます」
先日助けた紅染は困惑しながら話を聞いていた。
「たしかにそれは我々の仕事でしょうが……ですが、この人数は……まるであやかし討伐するほどにもいますが」
もしあざみ姫の伝令を引き受けなかったら、部隊案を書き換えることはできなかっただろう。でも、晦はさっさとそれをやったのだった。
……この人、本当に涼しい顔をしてあくどい。私は相変わらずジト目で晦を睨んでいたものの、相変わらず彼はいつもの飄々とした態度を崩さないのだ。
「なにぶん、今回急な祭事のせいで、場所を朝廷から移すしかなく、空いている場所が紫陽花区しかなかったのですから。紫陽花区は陰陽寮もなかなか人を派遣できず危険な場所ですから、女王陛下の御身になにかあったら一大事です」
「ああ……こちらとしてみても、あやかしの被害は甚大ですから、できる限り人手を回したいところですが……不甲斐ないですね」
「そのお言葉、感謝します」
そう言い添えて、日時を伝えて帰っていった。
私は呆れ返って晦についていった。
「次から次へと嘘やらでたらめやら……これだけ派手に捏造を繰り返していたら、計画開始までに桐女王に勘付かれるんじゃないですか?」
「むしろそれが狙いなんですけどねえ」
「……ええ?」
「私が派手にやっていると知れば、あちらも必ず私を糾弾しようとしてくるでしょう。そのときが……全てを公にさらけ出す瞬間です」
……この人は。私は「はあ……」と溜息をつくと、晦は「姫様?」と小首を傾げた。
「あなただけが背負わないでくださいよ。どのみち……叔母上の敵は、私に討たせてください」
「……正気ですか? 今のあなたは生身の体で……たしかにあなたは母方の血から退魔の才能は強いですが……体が追いつきますか?」
「その日に間に合わせますから。あなたがなにをそこまで隠し立てしているのか、今の私にはわかりませんが……あなたが本当にこの国を愛してくださっていることだけは理解しています」
私は軽く晦の手を取った。そして自分の手を重ねる。
「どうかあなたの重荷を、私にも背負わせてください。あなたがなにを隠していても、嫌いにはなりませんから」
「……そうだと、いいですね」
そう晦は曖昧に笑った。
祭事まで、あと数日が迫っていた。
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