父と叔母の微妙な関係
一
その日、私は晦が床に就こうとするまで、うろうろきょろきょろしていた。久々の里帰りが落ち着かないからかもしれない。
一方晦は、食事を済ませたあと、彼の式神である蝶を呼んでいた。
「……うーん」
「どうかしましたか?」
「姫様の肉体がある神庭ですが、現状は式神による遠隔操作で動かしていますが」
「……そうでしたね」
私は自分の体が今どうなっているのか、晦が定期的に式神を呼び出さない限りは把握しようがない。さすがに私の体がおかしなことになっていたら、困るのだけれど。私は彼の傍に寄ると、そのまま唇を塞がれた。
肉体に私の存在が行き渡るようにという処置だけれど、未だにこれは慣れない。晦がしょっちゅう戯言のように言ってくる「愛しています」の言葉が、私の魂に染みつきつつあるからかもしれない。この人からしてみれば、私のことを利用しているだけだから、そう簡単に信じては駄目なんだろうけれど。
優しくて人助けしているのと、それはそうと人のことを利用するのは、両立できることなんだ。
そんなことを考えていたら、晦は私から唇を離して、私の眉間を軽く撫でてきた。
「姫様、相変わらず口付けは慣れませんか?」
「……恋の真似事ばかり覚えて困っていますが」
「それは手厳しい。私はこれでも本気のつもりなんですけどね」
「嘘おっしゃい。それはさておき。いったいなんですか、神庭でなにか起こりましたか? 私は自分の体の現状をあなたを通してしか知りようがないんですから」
「ええ、そうでしたね。本日も楽の奉納が行われていましたが……ただ気になることがあります」
「気になること、ですか?」
蝶を私の指に止めてくれると、その蝶を通して私は自分の体の見た記憶を見る。
相変わらず神庭の景色は見違えるようで、池に舟を浮かべてその上で私が日頃弾けもしないような琴の音を響かせていた。
神庭で神に奉仕する以上、楽の奉納はなにも間違ってはいないように思える。
「私にはこの光景はあまり問題あるようには見えませんが」
「いえ。前に見た光景と少々似通い過ぎではないかと」
「ええ?」
私はもう一度蝶を見る。
豊かで牧歌的で、現状頻繁にあやかしに狙われる都を思えば、あやかしとは無縁に思える場所。でも。
……朝廷の結界を張っているのは神庭で、私の体があるのも、神庭ではなかったか?
「これは……いったい?」
「わかりません。あなたの体が無事なよう、念のために術式を増やしておきましょう」
そう言いながら蝶にぺたぺたとなにやら術式を書いた人形を貼り付けると、蝶はそれを飲み干すようにして人形を取り込み、そのまま羽ばたいていった。
神庭ではなにが起こっているんだろう。そう思ったものの、都から神庭までは少々遠過ぎて、すぐに行って帰ってくるには無理がある。
その中、ようやっと晦は灯りを消して、私を抱き寄せてから横たわった。既に何度もされているせいで、あまりときめきを覚えるものではなくなっていた。
「姫様、明日あなたの家に向かいますが」
「……はい」
「いろいろ込み入ったことも聞かねばならなくなりますが、どこまで聞いてよろしいですか?」
「……どこまでとは。どのみち私では叔母上のどうのこうのと言うのはお父様に聞きようもありませんし、晦に聞いてもらわないとどうにもなりませんが」
「……それはそうですね。質問を変えます。姫様、前にも伺いましたが、あなたのお父様と現女王はどのような関係ですか?」
そう尋ねられ、私は困り果てる。
このふたりの仲は、本当に微妙だとしか答えようがないからだ。
「お父様は、元々叔母上と親しかったようです……叔母上が豹変したのは、女王に就任してからだと」
「ほう……それまでの女王陛下はどうだったんですか? さすがにあなたが生まれる前の出来事ですから、伝聞でいいですよ?」
「前の女王陛下……ですか」
叔母上の前は、私にとっての祖母、お父様や叔母上にとっては母に当たる人だったはずだ。私は記憶を探って、おばあさまのことについての伝聞を思い出す。
「……執政者としてどうだったのかは、残念ながら私もよく覚えてはいません。ただ、家族とはあまり仲がよくなかったように聞き及んでいます。叔母上以外の女性は皆、成人と同時に出家してしまいましたし」
それを伝えると、晦は考え込むようにして、私を抱き締める力を強めた。
「……あまりに同じですな」
「どれとですか?」
「桐女王就任のときと、現女王就任のときと、そして姫君が出家するまでの経緯が、あまりに似通っています」
「そうなんですか? この国の制度としては、妥当かとは思いますが」
時代によっても違うだろうけれど、跡継ぎ問題が原因で、血で血を洗う争いが行われた時代があったというのは聞き及んでいる。だから私は、跡継ぎ以外の女性は一斉に出家というのは、特に違和感を覚えなかったのだけれど、どうも晦が意見が違うみたいだった。
「いえ。女性を一斉に追放というのに、いささか納得ができず。これだけ早く女性を出家させていては、もし跡継ぎが見つからなかった場合はどうしたのだろうと」
「それは……還俗させるとか?」
「神庭に入れられて、還俗した例は見受けられますか?」
晦の指摘に、そういえばと考え込んだ。
私が知っている限り、出家して神庭に入り、神に対しての奉仕活動を行った王族の女の中で、還俗して女王に就任した例は、たしかに一件も見受けられなかった。
でも都にはあやかしが跋扈しているし、流行り病だってある。どうして代々女王に就任する女性が、必ず無事に女王に就任していたのだろう。
たしかに晦に指摘されて考えてみると、おかしな話だったのだ。
王族だって流行り病にはかかるし、中には後宮で男の子が病死した話を聞いている。それなのに。ぴったりと女王後継者だけは、なんの問題もなく就任している。土壇場になっての交代劇は、全く聞いたことがない。
「これは……いったいどういうことでしょうか?」
「まだなんとも言えませんが。明日は休みです。手紙を書いて、明日にでも出向いて話を聞きましょう」
「……わかりました」
そこで話は打ち切られた。
私は私を抱き締めている晦を眺めたものの、彼は私を抱きすくめながら、すぐに寝息を立てはじめた。
この人は。私への口付けも抱きすくめることもなんの抵抗もないのに、説明だけは不得手で、未だに私は振り回されてばかりだ。
この人が朝廷に疑問を持つのはどうしてだろう。でもこの人が朝廷に疑問を持たなかったら助からなかったものがいくらでもある。
結局のところ、私は晦を信じることしか、今できることはないのだ。
そう思いながら、私は晦の寝息を耳にしながら、彼の顔を眺めた。彼の端正な顔つきは、眠りについた途端にどこかあどけない幼い少年のように思える。私はそんな彼の顔を眺めるのだった。
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