六
ひとまず晦は寝ずの番に出ていた武官たちを兵法所に返しつつ、話を聞き出すことにした。
「皆さんはがごぜに食われていた訳ですが……朝廷では、がごぜの襲撃は一般的なものなんでしょうか?」
そんな訳あるかとは思うものの、晦だってわかっているんだろう。私は皆が私を見えていないのをいいことに、じっくりと観察した。
特に藍姫と懇意の紅染は、なにやら悔しそうな顔をしているのが気にかかった。
「いえ。そもそも朝廷ではあやかしは滅多に出るものではありません。結界も張られていますし」
「まあ、そうですね。たしかに結界は作動はしているようですから」
そう晦が返す。
……結界はあやかしから朝廷を守るためじゃなく、朝廷で飼っているあやかしを出さないためのものだけれど、そこは全然言わないし、朝廷がほぼほぼ黒だとしても、都を守るのが使命の武官たちには言えないよね。
私がなんとも言えない顔になっている中、紅染が「陰陽師殿、よろしいですか?」と声を上げた。
「どうぞ」
「……ありがとうございます。先日から、朝廷で不審に人がいなくなっているんです」
「ほう?」
それに晦が声を上げた。どうも他の武官の人たちの顔色からして、それは公然の秘密だったらしいけれど、それを言っていいかどうかを躊躇っている様子だった。
……そりゃそうか。ここは朝廷。女王の傍……朝廷を不審に思うということは、桐女王を疑うことと同義だ。
紅染もそれがわかっているんだろう。彼は慎重に辺りを窺ってから、口を開いた。
……まあ、用心深い晦は、この場に自分がいることを悟られないように術を施しているから、よっぽどのことがない限り、この場の会話が筒抜けになることはないとは思うけれど。
「最初は使用人がいなくなりました。人手が足りないという話は蔵でもたびたび聞きましたが、蔵で人が食われているという話を聞いて怖がった使用人たちが、ひとり、またひとりとここに来なくなったのです」
普通に考えたら、使用人たちはがごぜの餌になった。そう考えるのが筋だけれど。どうも紅染や他の武官たちはそう考えてはいないようだ。
晦が質問を重ねる。
「それは……がごぜの腹に飲み込まれたというのは?」
「我らはがごぜに食われたとき、せめて食われた者たちは助けたいと探索しましたが、見当たりませんでした。それにがごぜは特に腹が減っておりませんでした。まるで我らのような不審に思ったものをなかったことにするために食べているような……たびたび都に現れるあやかし退治に出かけますが、そこで対峙するあやかしと違い、調教されているように思えました」
あやかしを調教……それはどう考えても穏やかな話ではなかった。
晦は「ありがとうございます」とそこで話を打ち切った。そして全員に人形を配りはじめる。
「これは?」
「再びあやかしに会わぬよう、あやかし避けの香を焚き込めています。あやかし討伐に出かける際には邪魔になるやもしれませんが、朝廷の中での寝ずの番の際にはちょうどいいでしょう」
「ありがとうございます」
こうして私たちは藍姫に「紅染は無事に見つかりました」と報告を入れることとした。彼女はぽろぽろと泣いていた。
「紅染様は、ご無事だったのですね……!」
「どうかお手紙をしたためてあげてください。彼もまた、七日間も耐えたのですから」
「はい! ありがとうございます!」
彼女には何度も何度もお礼を言われてしまった。
帰りがてら「でも」と私が訴える。
「新たに謎が残ってしまいましたが。武官たちが使用人がいなくなったと証言していましたが、がごぜの餌にはなっていませんでした。それなのに、がごぜは普通に飼い慣らされていたから、腹が減っている野生のあやかしよりも調教されていたと……これ、おかしくありませんか?」
「武官たちは曲がりなりにもあやかしとの戦闘経験がありますから、彼らを閉じ込める必要があったのでしょう。そして使用人たちの行方ですが……彼らは別のあやかしにより、別の場所に送られた可能性が高いです」
「別の場所って……」
「これに関しては、私もまだ当てずっぽうで推論と呼ぶのもおこがましい想像しかできません。ですが、いなくなった使用人たちの詳細が知りたいですね。姫様」
「そうですか……」
晦にじぃーっと見つけられて、そういえばこの人が私を式神にしたのは、私の情報網を当てにしてのことだったと思い出した。最近はすっかりあやかし退治が板についてしまっていたけれど、そればかりではなかった。
そして、私も一応は晦が欲しがっている情報網はある。王族の嫌われ者だったとはいえども、それだけではない。
「お父様……」
「お父様?」
「王弟に当たるお父様……
要職は基本的に女性が就くものであり、男性にはあまり権力を持たせたがらない。それが春花国であった。
武官や陰陽師が男性ばかりの職なのは、ひとえに体力の問題だろうとは思うけれど、私もそれがいつからなのかはあまり知らない。
お父様の仕事も、はっきり言って閑職だった。これが朝廷内全部の人材管理の職務であったのなら、お父様は大した出世だったのだけれど。叔母上がお父様に与えた仕事は微々たるもの。蔵の管理をしている使用人たちの管理職だった。使用人たちは基本的に平民たちであり、平民たちと貴族たちの間に入って細々とした雑務を行う。もっとも、蔵の管理はせいぜい虫干しの季節と年末の大掃除くらいしか忙しい時期はなく、それ以外は取り立てて仕事がないという仕事であった。
私の言葉に、晦はふっと笑った。
「わかりました。それならば、明日にでも向かいましょうか。今は英気を養わなければ」
「英気を養うって……」
「今日は少々疲れました」
そう言いながら、晦はこりこりと肩を回した。そういえば。
晦は今回、表立ってあやかしと対峙しなかっただけで、私に視界を明け渡すとか、壁の向こうに私だけ送り出すとか、遠隔操作的なことをたくさんしていた。おまけにどういう理屈か、朝廷の人たちに見つからないようにたくさん術を使っていたから、いつもよりものんびりしていたように見えて、かなり仕事をしていた。
「あなたでもそんなに無茶なことするんですねえ……」
「なんですか? 一生懸命仕事をするあなたが素敵、愛していると思ってくれましたか、姫様は?」
「……思いません。お疲れ様ですとは思いますが、愛しては全然いません。勘違いしないでください」
「本当に手強いですなあ」
そう大袈裟に晦は肩を竦めた。
この人は、本気で朝廷に潜んでいるなにやらわからない企みを暴きたがっていて、あやかし退治だって率先して行っている。どうしてこうも悪ぶってわざと嫌われようとしているのか、私にはいまいちわからなかった。
「……あなたはふざけたことを言わなかったら、好きになれていたかもしれませんが」
「……はい?」
なぜか晦がこちらを見て、目を見開いた。
……だから、なんなんだよこの人の態度は。私は目を大きくしている晦を半眼で睨み付けた。
「ふざけたことばかり言う人のことは、好きじゃありません」
「でも姫様は、安易な言葉は信用しないでしょう?」
「信じられませんよ、言葉はいつだって取り繕えますから」
「でも私の行動を見て、惹かれてくれたんだとしたら、まんざらでもありませんねえ」
先程固まったのはどこへやら。またしても混ぜっ返されてしまった。
ああ、もう。この人どうしてこうも、自分で自分のことを下げてしまうんだろう。絆されているのかどうかと言うと、私にも「まだわからない」としか言いようがないのだけれど。
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