21.「あぁ……その……ごめんなさい……白狐くんにはまだ早い話だと思うわ」
「美味しいですか?白狐くん。そのお餅はこの村の自慢なんですよ」
「うん!とってもおいしいです!もぐもぐ……」
白狐は幸せそうな笑顔で答えた。
現在白狐は村長の屋敷の一室でお茶と茶菓子…ではなくお餅を振る舞われていた。
目の前にはニコニコと上品な笑みを浮かべる美しい女性。
おっぱいの擬人化……ではなく碧波村の村長だ。
美味しいお餅をこんな美女と食べれるとはなんたる幸福だろうか。白狐はすっかりこの村が好きになってしまった。
「綾子さんが戻ってくるまでもう少しお待ち下さいね。お茶もお餅もまだまだありますから」
村長に滞在を許可された白狐はこの村にいる間、村長の家の一室を貸して貰える事になった。
しかし綾子が礼のため自分の家にも一度来てほしいと懇願してきたので、白狐はそれを快諾した。
綾子の家に行く前に薬師の所で薬草を煎じて貰う必要があるらしく、少しだけ時間がかかるそうだ。
彼女が薬師の所に行っている間、こうして村長と白狐はまったりと過ごしているわけである。
「ふぅ……ごちそうさまでした!」
白狐は満足そうにお腹をさすった。
お皿の上には沢山あったお餅は既に全て平らげられていた。
「うふふ、お粗末様です」
村長はお盆を持って立ち上がってお辞儀をした。
「!」
白狐は村長の胸元に釘付けになっていた。
先程までは着物で分からなかったが、いつの間に着替えたのか村長は胸元の大きく開いた服を着ていた。
豊満な乳房が半分以上露わになっており、谷間もくっきりと見えていた。
このおっぱいで村長は無理があるでしょ……と白狐は内心思っていた。
しかし、そのおっぱいから目が離せない。白狐は思春期真っ只中の男の子だった。
「ところで白狐くんはどうしてあの森にいたんですか?」
そんな白狐の視線を知らずか村長は白狐に話しかけてきた。おっぱいを見つめていた白狐はビクリと身体を震わせて慌てて返事をする。
「え、あ、はい!えっと…僕、旅の途中なんです。と言ってもまだ旅立ったばっかりだけど…」
「旅…ですか」
白狐の言葉を聞いて村長は一瞬驚いた表情を見せた。そして少し考えるような仕草をして口を開いた。
「半化生とはいえ男の子一人では旅もさぞ辛いでしょう。何故、旅を?」
「えっと…僕、今まで人里離れた山奥に暮らしていたので……色々見たいなって思って。実際に見ないと分からない事もいっぱいあるから」
白狐は正直に理由を話した。嘘をつく必要も無いと判断したからだ。
確かにこの世界では男一人で旅をするのは過酷なのだろう。だが、白狐にはこの才気溢れる身体と幻魔仕込みの術が使える。
大抵の事は何とか出来る自信があった。
「それに僕、実は忍者なんです。修行も兼ねて旅をしているんですよ!にんにん!」
白狐がドヤァという効果音が聞こえてきそうな程の得意顔で言うと村長は目を丸くして驚き、それからクスクスと笑い出した。
「忍者…あら、まぁ、うふふ……それは凄いですね。でも、忍者は自分の事を忍者なんて言っちゃダメですよ。忍者だってバレたら台無しですもの」
「あっ…」
白狐はそれもそうだ、と納得した。
忍は戦闘要員でもあるが、情報収集や暗殺も仕事の内だ。そんな者が自分の事を忍者だとバラすなど言語道断だ。
しかし忍者と名乗れないのはなんだか寂しい気がする。白狐は人知れずしょんぼりとした。
そんな白狐の様子を見て村長はまたクスクスと笑っていた。
「まぁ無所属の忍なら自分から忍者である事を言うでしょうけどね……あ、そういえば、白狐くんはどこの領から来たんですか?この辺りには忍者の里なんてありませんけど……」
「僕、あの山のてっぺんから来たんです」
白狐は窓の外に見える狸山を指差した。
その言葉に村長は驚愕し、目を大きく開いて白狐を見た。
「狸山から…?あそこは妖怪が…」
狸山…
狸がよく出入りするところを名の由来とする、ここの村から見える大きな山だ。昔から妖怪が住むと言われていた。
村の者達はその山に近付く事は決して無いし、興味本位で登る者もいない。狸山の麓に広がる樹海は奥に行けば行くほどに強い魔物が現れると言われているのだ。
だから村人達にとって狸山とは恐れの対象であり、忌むべき場所でもあった。
しかし、目の前の少年はそんなところから来たと言っている。もしや見目麗しい少年に化けた妖怪ではないのか?と村長の脳裏にそんな考えが過る。
だが、仮にそうだとしたらとっくに村人全員妖怪の腹の中だろう。あんなに美味しそうにお餅を食べていたこの可愛らしい少年が妖怪にはとても見えなかった。
「じーっ…」
「…!」
村長が思案に耽っていると、いつの間にか白狐の顔が目の前にあった。
村長は思わず息を呑んだ。見ていると吸い込まれそうになる金色の瞳がじっとこちらを見つめている。
「ど、どうしましたか?」
村長が動揺しながら訊ねると白狐はにこりと笑った。
「おっぱいさん…じゃなくて、村長さん。ここら辺の地図とかってありますか?」
「地図ですか?」
「はい!僕、この辺りのこと全然知らないので、ここが何処なのか、周りに何があるのか知りたいんです!」
白狐は笑顔で言った。
地図と情報。つまりは白狐はこの世界のことを知りたいというわけだ。
だが、村長は白狐の言葉に警戒感を強めた。この少年が本当に忍者ならば、密偵としてこの領地を偵察に来た可能性は十分にある。
ここは素直に教えるべきだろうか。それとも……
村長は白狐の顔をちらりと見る。ニコニコと屈託の無い笑みを浮かべていた。
可愛い。
村長は思った。この子の無邪気な笑みを前にすると何もかも許してしまいそうだ。
そもそも、他領地を調べる密偵が自分の事を忍者だなんて言うだろうか。いや…言わないだろう。そんな間抜けな忍者はいないだろう。
多分……
「分かりました。簡素な地図しかありませんが、それで良ければ」
地図は貴重なものだ。特にこのような田舎の領地では尚更である。詳細な地理が描かれているものはそれ自体がお宝だし、領主くらいしか持っていないだろう。
だが簡素なものは村長も持ってるし、それくらいなら見せても問題ないと彼女は判断した。
村長は棚から一枚の古びた紙を取り出して机の上に置いた。
「これが碧波の周辺の地形です」
「わぁ…」
白狐は目を輝かせてその古ぼけた紙の上に描かれた地理に見入った。
そこにはこの村とその周囲を描いたであろう図が描かれていた。しかし、その図は手書きのため所々歪んでおり、更にあちこちに書き込みもあった。
「えっと……ここが僕達がいる場所で……これは森で……」
「この中央の点が碧波村です。そしてこの点線が蒼鷲地方と龍ヶ峰地方を隔てる国境ですね」
白狐は上から地図を覗き込む。どうやら自分が今いる場所は蒼鷲地方の北部に位置するらしい。
狸山とその周囲に広がる樹海を突っ切ると、龍ヶ峰という地方に行けるようだ。
「この村の北に広がる樹海は妖怪も住まう危険な場所ですが…奥に行かなければ出会わないし、他領からの侵攻を防ぐ役割もあるのです」
「へぇ~…」
面白かった。こんな物騒な森の近くに何故村があるのかと思ったが、奥深くに行かなければいい話だし樹海のお陰で兵士もあまり来ない。良い立地なのかもしれない。
やはり実際に見て、聞かないと分からない事が沢山あるのだ。白狐はそう実感していた。
「えーっと…蒼鷲地方と龍ヶ峰地方って言ったよね…あ、ここかぁ」
白狐は風呂敷から巻かれた紙を一つ取り出して広げた。それは白狐が持っていた、この国全体の地図だ。
これは鐘樓が幻魔へと差し出した地図で、いつの間にか幻魔から白狐の手に渡ってしまったものである。
これは白狐の宝物の一つだった。これを持っていればいつか鐘樓にまた会えるような気がしていた。
「あら?白狐くんも地図を持ってるんですか?」
「うん。でもこの地図は桜国全体の地図みたいで細かい場所とかは分からないんです。だから今いる場所をもっと詳しく知っておきたくって……」
「まぁ、そうなの」
確かに国全体の地図を見ても現在地が分からなかったら意味がないし、大雑把すぎるだろう。
村長はそう思いながら白狐の広げた地図をちらりと見た。そしてギョッとした表情になる。
「え…?」
その地図には全国の大名家の領地と石高が詳細に記されており、更には各地の兵力や城、砦の場所まで書かれていた。
まるで空から見て作ったかのような精巧さの地図だ。恐らく大名家の機密事項のはず。そんなものをどうしてこの少年が持っているのか? 村長は動揺しながらも、努めて平静を装った。
「び、白狐くん…この地図は何処で手に入れたのですか?」
「え?これですか?この地図は知り合いのお姉さんから貰ったものです!なんか色々書いてあって凄そうでしょ!」
凄いなんてものじゃない。ここまでの詳細な勢力図、誰もが喉から手が出るほど欲しい情報だ。
村長の背中に冷や汗が流れた。
「そ、そう……お友達からね……」
「はい!」
白狐は満面の笑みで答えた。
彼はこの地図の価値をよく分かっていないようだが、権力者達が地図の存在を知ったらこの子はどんな目に遭わされるか分かったものではない。
この地図がこの子の手元にあることは決して知られてはいけない。
「白狐くん…大事なものなんでしょう?地図なら私のがあるから、その地図は荷物に仕舞っておいた方がいいんじゃないかしら」
「あ、そうだね。村長さんの地図の方が見やすいしこれはもういいや」
白狐はそう言って無造作に地図を丸めると風呂敷の中に放り込んだ。
ぐしゃりと音がして地図が歪むのを見て村長は気が気ではなくなったが、何とか笑顔を取り繕って誤魔化した。
あまりあの地図については触れない方がいいだろう。というかこの少年の出自についても詮索しない方がいい気がする。村長の危険センサーが警報を鳴らしていた。
「それじゃあ次はこの村がある蒼鷲地方について教えてください!」
「あ、はい……もちろんですとも」
村長は内心ヒヤリとしながら笑顔で応じた。
「蒼鷲地方はこの国の首都から東に位置する地です。碧波村はその中でも北寄りの位置にあって、北にある龍ヶ峰地方との国境に近い場所にあります」
「へぇ~……」
白狐は村長の説明を聞きながら、碧波村の部分を指差した。
「ここに僕達がいるんだよね。じゃあこの南にある大きい点は何ですか?」
「その大きい点は街です。小領主様の居住地でもあります」
「小領主?」
はて、小領主とは一体何のことだろうか。領主とは違うのだろうか?
そんな白狐の疑問が顔に出ていたのか、村長は少し微笑んで説明した。
「小領主というのはこの碧波村を含めた小さな領域を治める武家の事です。蒼鷲地方といっても広いですからね、広大な地方全体を治める大名様に代わって細かい領を治めている方達が小領主なのです」
つまり、地方全体を支配するのは大名という強大な影響力を持つ武家。
地方は複数の小領に別れており、大名家の有力家臣が小領を治めているというわけだ。
「蒼鷲地方は21の小領に分けられます。その内の一つが碧波村が属するこの小領で、村から南に行った街には小領主様が住まわれているのです」
21個にも領地が分けられてるなんて、地方一つとってもかなり細分化されているようだ。
白狐は改めて地図を見た。どうやらこの地図は碧波村が属する小領しか描かれてないようで、小領主がいるらしい大きい街とその周りに点在する小さな村が数十個描いてあるだけだった。
この地図では蒼鷲地方の全容は全く分からないが、ここが結構な僻地だという事は白狐にも理解できた。
「この村は田舎ですが…だからこそ平和なのです。普段は妖怪も現れませんし、だから皆日々の仕事に専念できるのです」
それは素敵な事だ。白狐は素直にそう思った。
「ありがとう、村長さん!ここの事よく分かったよ!」
「それは良かった。白狐くんが満足してくれたなら私も嬉しいですよ」
白狐は元気良く村長に礼を言う。しかし聞き忘れた事が一つあったのを思い出した。
「あっ!もう一つだけ聞いてもいいですか?」
「はい?何かしら?」
「なんでこの村、女の人しかいないんですか?」
綾子と村を歩いている時疑問に思っていたのだ。男がいない…すれ違う人達は全員が女性だった。
村長は一瞬キョトンとした表情になった。まるで何を当たり前の事を言っているんだといった様子である。
「えっと…半化生は違うのかしら…。あのね、白狐くん。人間は子供を産んでも殆どが女で男が産まれるのは稀な事なの」
「えぇ!?」
白狐は驚いた。いや、この世界の男女比が歪な事は母から聞いていたから知っている。
だが、まさか集落に一人も男がいない程偏っているとは思わなかったのだ。
「そして、男が産まれたら大体は大名家や小領主様みたいな地域の支配者に献上する事になるからこんな村には男はいないの」
「け、献上?」
そんな馬鹿な。ならばどうやって人口を増やすというのか。まさか小領主や大名が大量に子供を産むわけでもあるまいし。
白狐は混乱していた。
「じ、じゃあ皆どうやって子供産むんですか?男がいないんじゃ子供だって産めないし、子供がいないんじゃそのうち村から人がいなくなっちゃう!」
白狐のその問いを聞いた瞬間、村長の動きが止まった。
村長は暫く無言で固まっていたが、やがて深呼吸をして冷静さを取り戻すと、いつもの穏やかな口調で語り始めた。
「それは…その…小領主様が住んでる大きな街には献上された男がそこそこいるから適齢期になった女はそこに行って…って、ああ!もうこの話はやめましょう!」
村長は顔を真っ赤にして白狐にそう言った。白狐は不思議そうに首を傾げる。
「どうしてですか?僕、気になるんだけど……」
「あぁ……その……ごめんなさい……白狐くんにはまだ早い話だと思うわ」
村長は恥ずかしそうに目を逸らす。白狐は何が何だかさっぱり分からなかった。
自分にはまだ早い…?性行為も体験してるし、半化生としてはまだまだ幼いが、人間の年齢で換算すると成人しているのだ。
そんな自分にまだ早いというのはどういう事だろう。
一体大きな街では何が行われているんだ?魔法か何かで子供を生成する儀式でも行っているのだろうか?
白狐は人知れず震えた。
その時である。不意に村長の家の扉が開いたのは。
「村長、白狐、遅くなったね。無事に薬を煎じて貰えたよ」
綾子が両手一杯に薬を詰め込んだ麻袋を持って帰って来た。白狐はそれを見て目を輝かせた。
「あっ!綾子さんおかえり!」
綾子を見て尻尾をパタパタと振る白狐。その姿を見て村長はホッとしていた。
ちょうどいいタイミングで帰ってきた綾子に感謝しつつ、村長は先程の話題を有耶無耶にする為に綾子に話しかけた。
「綾子、薫に白狐くんを紹介するんでしょう?薬も早く飲ませないといけないでしょうし、早く白狐くんと家に向かいなさい」
「あぁそうだね。じゃあ白狐、行こうか」
「うん!」
そうして白狐と綾子は手を繋ぎ、村長の家を後にしようとする。
村長は答えにくい事をなんとか回避したと安堵し、やれやれとお茶を口に含んだ。
だが、綾子が扉に手を掛けた瞬間白狐が大きな声で問い掛けた。
「そういえば綾子さん!大きな街には男の人がいるみたいだけど、女の人はそこに行って何するの?」
「ぶふぅっ!!」
村長の口から勢いよくお茶が噴き出た。
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