20.「忍者は男女で手を握るのが慣わしなんです。だから手を握るのはおかしな事ではないんです」

「綾子お姉さーん、あったよー!」



白狐は両手に沢山薬草を抱えながら、一本の木の根元で座っていた女性に呼びかける。



「こ、こんなにあったのかい?」



綾子はたんまりと採取された薬草を見て目を丸くする。最近は中々取れない筈の薬草がこれだけ採れるとは……この少年は何者なのだ?



「キツネだからね!匂いで分かるんだよ!」



白狐は誇らしげに胸を張る。

キツネの半化生だとは聞いたが、そんなにも嗅覚に優れているとは知らなかった。

あの妖怪を倒した時も土壁を一瞬で作ったり、風の刃を生み出したりしていたので薬草を探す事くらい造作もないのかもしれないが……



「これだけあれば足りる?お姉さん」


「あぁ、十分すぎるくらいだよ。ありがとう…」


「良かった!」



綾子の返事を聞き、白狐はにこりと笑う。その笑顔はとても愛らしくて可愛らしいのだが……


――男なんだよなぁ……


綾子はこの少年が男だという事を未だに信じ切れずにいた。


凶悪な妖怪を薙ぎ倒し、自分を助けた勇敢な男。それが今目の前にいる少年だった。

髪は銀色で、肌も白く透き通るように美しい。そして瞳は金色に輝いている。

その容姿を見た者は誰もが美少年と思うだろう。


しかし男にしては女に無警戒すぎるような気がする。綾子とて男と接した事は無いが男というのは女に嫌悪感を抱きやすい生き物だと聞いている。

それなのにこの少年は自分に好意的に接してくれている。いや、好意的すぎる…

綾子は先程の接吻を思い出し、再び顔を赤らめる。

初めての接吻…それもあんな濃厚なもの……

正直言ってとても気持ちよかった。今まで感じたことの無い快楽が全身を駆け巡った。


――私は何を考えているのだ!?


ぶんぶんと頭を振り、邪念を払う。今はそのようなことを考えている場合ではない。



この白狐少年は薬草が必要だと聞いて薬草探しを手伝ってくれたのだ。しかも命の恩人にこのような不純な感情を抱いてはいけない。

そう思い直し、綾子は白狐に向き直る。



「本当に助かったよ。アンタは命の恩人だ。何か私に出来ることがあれば何でも言ってくれ」


「え?なんでも?」



綾子の言葉に白狐は反応し、目を光らせる。



「あぁ、アンタには感謝してもしきれない。遠慮無く言ってくれ。とは言っても私はただの農民だから大した事は出来ないが…」



白狐は改めて綾子を見る。歳は二十歳くらいだろうか、綺麗な黒髪をポニーテールにしている美人だ。

背も高く、出る所も出ているし、スタイルも良い。顔も可愛いし、何よりおっぱいが大きい。

白狐はごくり、と喉を鳴らす。


―――なんでも……


白狐の頭の中は煩悩で一杯になっていた。

この人を助けたのは事実だが、別に見返りを求めての行動ではなかった。それがまさかこんな展開になるなんて……



「(お姉さんの唇、美味しかったなぁ……♡)」



白狐は先程の出来事を思い出す。

妖狐の秘薬を飲ませたとはいえ、いきなりキスして驚かせてしまった。

だが、白狐はどうしても我慢出来なかった。助けた時に見た、あの女性の顔があまりにも魅力的だったから。



「(じゃあエッチな事を…いや、ダメだダメだ!)」



ここで性的な要求をしてはただの変態キツネじゃないか!ここはちゃんとしたお願いをしなければ……



「えっと…じゃあお姉さんの住んでる村に案内して欲しいな」


「え?そんな事でいいのかい?」


「うん。僕、旅をしていて色々な場所に行きたいんだ。でも土地勘が無くて困ってて……」



白狐は綾子の住んでいる村に興味があった。彼女の故郷という事もあるが、それ以上に彼女はどんな生活をしているのか気になった。

この世界の人はどのように暮らし、どのような文化を築いてきたのだろう。それを自分の目で確かめたかった。



「そんな事でいいなら喜んで。アンタは命の恩人だからね」


「やったぁ!ありがとう綾子お姉さん!」



白狐は嬉しさのあまりその場でぴょんぴょん跳ねる。

――か、かわいい……

その姿はまるで子犬…いや子狐のように愛くるしくて、つい抱きしめたくなる衝動に駆られる。



「じゃあ行こうよ!」



白狐は綾子の手を握り、引っ張ろうとする。



「え、ちょっ……手!?」



白狐は指を絡める所謂恋人繋ぎで綾子の手を握った。綾子は動揺するが、白狐は全く気にしていない。



「び、白狐…?な、なんで手を握って…?」



白狐は綾子の慌てふためく反応を見て疑問に思ったが、なんだか前にも同じような反応を示した女性が居たような気がする…

あれは確か…鐘樓さんだったか。彼女も手に触っただけで過剰な反応を示していたような気がする。

この世界では男が女に触れるのはそんなにいけない事なのだろうか?

でもそれじゃあ困る。それだと女の人と気持ちいい事が出来ないではないか。


白狐は少し考えると、綾子に言った。



「忍者は男女で手を握るのが慣わしなんです。だから手を握るのはおかしな事ではないんです」


「え?あ…そう…なのか…」



綾子はなんだかよく分からなかったが、男と触れ合えるからまぁなんでもいいか、と納得する事にした。

忍者…もとい半化生の男は人間とは違う価値観なんだ。そうだ、そうに違いない。

綾子は自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。


白狐の体温が掌を通して伝わってくる。



「お姉さんの手、暖かくて気持ちいいね!」



白狐はうっとりしながら言う。



「そ、そう?それは良かった」



そんなぎこちないやり取りをしながら綾子と白狐は村へと向かったのだった。




―――――――――




碧波村は小さな村である。人口は百人ほどで皆農業や畜産などを営みながら暮らしている。

大きな街へ行くには何日も掛かる不便な場所にあるため、訪れる者は少ない。



「あ!門みたいなのが見えてきたよ!あれが綾子お姉さんの村?」


「あぁ、そうだよ」



白狐と綾子は樹海から抜け、碧波村の入口へと辿り着いていた。

見窄らしい木の柵に、古ぼけた看板が掛けられている。そこには『ようこそ、碧波村へ』と書かれていた。

門も素人か作ったのかと思うほど雑な作りになっている。白狐はこの柵と門はちゃんと機能するのか疑問に思った。

先程の妖怪ならばあんな防備は無いに等しいだろう。というか人間の侵入者ですら防げないような気がするが…



「ん…?あ、綾子!?無事だったのか!?」



白狐がそんな事を思っていると、門に立っていた門番らしき女性が綾子に気付き声を上げる。

綾子は手を上げてそれに答えた。



「あぁ、ごめん。心配掛けたね」


「心配って…怪我は無いのか?運良く妖怪には会わなかったのかい?」


「いや、妖怪に襲われたよ。危うく食われそうになってさ」



綾子の言葉を聞いた門番は顔を青ざめさせる。



「く、食い殺されそうになったって……おいおい!大丈夫だったのかい!?」


「あぁ、なんとかね。この子が助けてくれたから無事だったよ」



そう言って綾子は視線を下に向ける。門番が釣られて視線を下ろすと、そこに居たのは銀色の髪を持つ少年。



「……この子、誰だい?」


「あぁ、この子は白狐って言って……」


「こんにちは!僕は白狐といいます!よろしくお願いします!」



綾子が説明する前に白狐が元気な声で挨拶をする。

門番は面食らってしまっていたが、綾子と白狐が手を繋いでいるのを見てギョっとした表情を浮かべる。



「あぁ……その……この子、忍者らしくて……私を助けてくれて……それで……手を……握っていて……い、いいかな?なんか……離してくれなくて……」



綾子はしどろもどろになりながらも必死に説明していた。



「綾子…お、お前まさか男の子を誘拐してきたんじゃ…」



門番は青ざめながらそう言った。

こんな辺境の村にいるはずの無い少年がいる。しかも見目麗しい美男子だ。誘拐してきたとしか思えなかった。

手を握って逃げられないようにしてるし…


この荒れた時代、男を誘拐しようとする女は星の数ほどいる。だが、貴重な財である男を誘拐するというのは罪が重く、最低でも死罪は免れないだろう。

そんな重罪を犯すなんて……



「いや、違う!そんなわけ無いだろ!」



「じゃあその子は何なんだい?見たところ農民の子じゃないみたいだけど……」



そこまで言って門番の女は白狐の真っ白な狐耳と尻尾に気付く。

それは彼が人間では無い証左であった。



「は…半化生の男の子?」



門番は白狐の耳を見て目を丸くして驚く。

何故こんなところに半化生…しかも男の子がいるのだ。人間の男ですら珍しいのに、半化生の男なんて…


門番の女が混乱していると、白狐がシュバババと素早い足捌きで彼女の目の前まで近付いてきた。



「あの、僕忍者ですけど悪い事はしません!だから安心してください!綾子お姉さんとは友達なんです!仲良くしたいだけなんです!」


「え?え?」



白狐は自分が怪しまれていると思った。何故なら自分は人間ではなく半化生…しかも忍者なのだ。この村に危害を加えようとする人物だと思われてるのかもしれない…!

だから白狐は自らが清く正しい忍者だという事を証明しようと思った。


実際は綾子による誘拐の被害者だと思われているのだが。



「綾子お姉さんだけじゃなく、みんなとも仲良しになりたいんです!」



白狐はそう言うと、門番の両手をギュッと握り締めた。



「ひゃうっ!?」



突然の事に門番は変な声を出してしまう。

白狐の手は暖かく、そして柔らかい感触だった。白狐の可愛らしい手が自分の手を握っていると思うだけで、門番の顔が熱くなる。



「え、ちょ…ちょっと……!?」


「忍者は手を握る事でみんなと仲良くなるんです!決して僕が女性の手を握りたいからとかそういうのじゃありません!これは友好の印なんです!」


「あ、あぁ……そうなんだ……?」



白狐の勢いに押されて門番は納得してしまった。

確かにこの子の手は柔らかくて気持ちいいなぁ……なんだか仲良くなってきたような…って、何を考えているんだ私は!相手は小さな男の子だろうが!


門番はブンブンと頭を振って邪念を振り払う。


その様子を見ていた綾子は苦笑いしながら言った。



「ほらね、こういう子なんだよ」


「そ、そうだね……」



白狐のお手て繋ぎ作戦が功を奏したのか、門番は綾子が白狐を攫ってきたのではないと信じたらしい。


そうして二人は落ち着いた彼女に事の経緯を説明した。

最初は半信半疑だった彼女も話が具体性を帯びてくると段々と納得してきた様子だった。



「へぇ、なるほどねぇ。妖怪に襲われてた綾子をアンタが助けてくれたって訳かい」



門番はそう言いながら白狐を見る。白狐はニコニコ顔で門番を見つめていた。

こんなかわいい男の子が妖怪を倒せるとは思えないが…実際に綾子は無事なのだし信じるしかない。



「白狐は強いんだよ。熊よりもずっと強いだろう妖怪達をあっという間に倒したからね」


「うーん…まだ完全には信じられないけど…まぁ半化生ってのは人間より強いらしいからねぇ。男でもそれなりにやるのかな…?」



門番は腕を組みながらそう言った。



「ま、いいさ。薬草も取ってきてくれたんだし疑う理由もないね。小さな半化生くん、ようこそ碧波村へ。なんにも無いけどゆっくりしていきなよ。歓迎するよ!」



門番の女はニカッと笑って言った。それを見て白狐も笑顔で答える。



「ありがとう門番のお姉さん!」



門番のお姉さんも笑顔が素敵な女性だった。白狐はすぐに彼女が好きになった。

誰にでもすぐ見惚れてしまう白狐であった。



「あぁ、そうだ。綾子、村長がえらく心配してたよ。家に帰る前に村長んトコに顔見せてやったらどうだい?」


「村長が…そうだね。彼女にも嘘を吐いて心配掛けちゃったからね…。私を助けてくれた白狐も紹介したいし、行ってみるよ」


「それがいいよ」


「白狐、一緒に村長の家に行ってくれるかい?」



村長…。

村だから長がいるのは当たり前か。どんな人なんだろう。白狐は柔和な笑みを浮かべる優しげな老婆の姿を思い浮かべた。

もしかしたらお菓子とかくれるかもしれない…。白狐は尻尾を振りながら元気良く返事をした。



「うん!」



それに白狐はこの近隣の地理や情勢を知りたいと思っていたのだ。村長ならば色々と知っているだろう。

白狐はウキウキ気分で綾子の後に付いていった。


村の中を歩いていると、そこかしこで村人達とすれ違った。

皆、白狐を見ると目を丸くして驚いていた。

半化生はそれほど珍しいものなのだろうか。確かに幻魔はこの国では半化生が数が少ないとは言っていたが…まるで妖怪か何かを見たような反応だ。

この村の人はそんなに半化生を恐れているのだろうか…


白狐は少し不安になった。自分はこの先人間と上手くやっていけるのだろうか…と。


実は村人が白狐を見て驚いている理由は半化生というのもあるが、一番は男だから、というものだった。白狐はまだ幼い少年(人間基準)だが、その容姿は人間離れしており、美しかった。

銀髪の美しい髪を風に靡かせ、大きな金色の瞳でキョロキョロと辺りを見渡している様はとても可愛らしく、誰もが見惚れてしまうような美しさだった。

そして何より、男である。

男は希少だ。自らの価値を白狐はまだ理解してないのである。


そして、自分を見る視線に込められた感情にも気づいていなかった。



「ここだよ」



そう言って綾子が立ち止まった場所は、他の家屋と比べて一際大きい建物だった。

屋根には瓦が敷かれており、立派な屋敷と言える外観をしていた。



「村長ー!いるかーい!」



綾子が大声で呼びかけると、中からガタガタと音が聞こえてきた。

そしてしばらくすると扉が開き、そこから一人の女性が慌てふためいた様子で出てきた。



「あぁ……綾子さん!良かった……無事だったの…!本当によかった……」



女性は目に涙を溜めながら綾子を強く抱きしめた。



「ごめんね、心配かけて」



綾子も申し訳無さそうな表情で女性の抱擁を受け入れていた。

二人の女性が抱き合う感動的なシーン…普通ならば微笑ましい光景に見えるのだが白狐は村長と呼ばれた女性のある部分に目が釘付けになっていた。


それは……



「(おっぱいおっきぃ……!)」



そう、胸だ。

女性の胸には豊満な乳房があった。しかも大きさも形も素晴らしいものだった。

母である幻魔のおっぱいも爆乳であったが村長のはそれ以上に大きかった。

しかも儚げな雰囲気を醸し出す美人ではないか。そこはなとなく人妻みたいでセクシーだ。



暫く抱き合う二人だったが、村長が白狐に気付いたらしい。

白狐の姿を見て一瞬驚愕した表情を見せたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。

その艷やかな笑みを見て白狐はすぐに彼女が好きになった。

誰にでもすぐ見惚れてしまう白狐であった。



「村長、この子は妖怪に追われてた私を助けてくれたんだ。薬草探しも手伝ってくれてね、私と薫の命の恩人さ」


「まぁ…そうだったんですね。ありがとうございます。私はこの村で村長をしている鈴華と言います」


「僕は白狐です!キツネの半化生です!」



白狐は元気よく自己紹介をした。ピコピコと動く狐耳と尻尾を見て村長は頬に手をあてながら言った。



「あら、まぁ…かわいいですね。よろしくお願いしますね、白狐くん」


「白狐はこう見えても強いんだよ。なんたってあの恐ろしい妖怪達を一人で倒したんだからね!こんなかわいい見た目からは想像出来ないよ」



綾子の言葉に村長はピクリと眉を動かした。そして目を細めて白狐の尻…ではなく三本の尻尾を見つめて呟いた。



「そう…でしょうね。男とはいえ三尾の妖狐なら、あんな妖怪なんて赤子の手を捻るように倒せてしまいますよね……」


「村長?」



村長が妙な事を言ったのが気にかかったのか、綾子は不思議そうな顔をしていた。

村長はハッとして首を振った。



「いえ……なんでもありませんよ。それよりも白狐くん、村の者を救ってくださったお礼もしたいので是非暫くこの村に滞在していってください」



お礼…。

白狐はその言葉を聞き耳をピンと立てた。まさか本当にお菓子とかくれるのか!!と期待してしまったのだ。

それに安心して寝泊まり出来る所があるのはとても有難い。



「本当ですか!?やったー!!ありがとう村長さん!」



白狐は嬉しさのあまり村長のその豊満な胸に抱き着き、スリスリと頬擦りをした。



「!!」


「ちょ、白狐…!?」



男が女に抱き着くという本来ならば有り得ぬ光景を目にした綾子は目を見開いて硬直していた。

まぁ、この少年は接吻すら躊躇なく行う子なのだから抱き着くくらい今更か…と綾子は思ったが村長はそうではない。

慌てて村長にこの子はそういう子だ、と説明しようとする綾子だったが村長の顔を見て驚愕した。



「…」



村長は鼻血を出して立ったまま気絶していた。

あちゃー、と頭を抱える綾子。白狐はそんな事お構いなしに村長の大きな乳房に顔を埋めて堪能していた。



「どうなる事かね…こりゃ…」



綾子の呟きは誰にも聞かれる事は無かった。

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