22.「あぅ……♡ちょ、ちょっと待って……あんまりされると僕……んっ……変になりそうなんだけど……ひゃう……♡」

いつもの天井。いつもの壁。

景色はいつも変わりはしない。変わるのは身に巣食う病魔だけだ。

痛みが身体を蝕み、呼吸は浅く早くなり、思考もままならなくなる。



「けほっ…けほっ…」



幼い少女はベッドの上で咳き込む。その度に口元に当てた手には血がついている。



「(なんで私だけ……)」



咳と共にこみ上げる吐き気と涙。彼女は生まれながらにして重い病気を患っていた。

姉や周りの人間に心配をかけまいと明るく振る舞い、誰よりも努力してきた。

それでも身体は正直だった。彼女の病状は悪化の一途を辿るばかりだった。

ある薬草を煎じた薬があれば、病魔の進行を遅らせることが出来るが最近はその薬草も取れず高騰している。その為高価な値段となり、薬草を摘んでこようにも中々見つからない。日に日に弱っていく自分の身体。それを感じながらも何も出来ない無力感に打ちひしがれていた。



「(お姉ちゃん……)」



彼女にとってたった一人の家族である姉のことを思い出す。優しくて力自慢の姉だ。

そんな姉に負担を掛けたくない一心から、必死に笑顔を作り元気なフリをする日々。


だが、それももう限界かもしれない。姉が薬草を探してくれているが、中々見つからず時間だけが過ぎていく。このままでは自分が先に死んでしまうだろう。

そう思うと不安に押し潰されそうになる。


そんな時だった。突然家の扉が開かれる。



「薫、大丈夫かい?薬を持ってきたよ」



姉である綾子だった。彼女は大きな麻袋を持ち部屋に入ってくる。

あんなに沢山薬を持って来てくれたんだ。しかし、今は薬草が殆ど生えてないはずなのに一体どこから…?


薫は布団から上半身を起こす。


そして目にした。姉の後ろからひょっこりと顔を出す小さな男の子の姿を。


純白の耳。銀色に輝く髪。金色に煌めく眼。


薫はこの時の事を一生忘れないだろう。彼はまさに天使のような容姿をしていたからだ。



「君が薫ちゃん?よろしくね!」   



病魔のせいで身体が苦しい筈なのに。

薫の目はその少年に釘付けになっていた。

何故だろう、こんなにも胸が高鳴るのは……。

何故だろう、こんなにも頬が熱くなるのは……。

この時から薫の中で何かが変わった気がした。





それはまるで―――




―――――――――




白狐が綾子の家に連れられて目にしたのは床に伏せる一人の少女の姿だった。

真っ白い肌。華奢な手足。艶やかな長い黒髪。

整った美しい顔立ちをした少女だったが、どこか寂しげな雰囲気を感じた。



「(この子が綾子さんの妹…)」



彼女はずっと病気と戦っているらしい。その為、外に出ることが少なく、あまり人と接する機会がないそうだ。だからだろうか、自分を見てとても驚いた表情をしている。

不憫だ、と白狐は思った。見れば自分と同じくらいの背格好の女の子だ。半化生である白狐は見た目と年齢に乖離がある為、見た目通りの年ではないが、彼女は人間なのだ。

本来ならば外で元気に遊ぶ年頃の子供だ。きっと友達だって欲しかったはずだ。

でも、それが叶わないなんてあまりにも残酷すぎる。


だから、白狐は彼女の友達になりたいと強く願った。



「僕は白狐!見ての通りキツネの半化生です!」


「半化生…?初めて見た…」



薫は目を丸くして驚く。無理もない。半化生の存在は珍しいものだ。家からほぼ出る事のない彼女なら見たことがないのも当然と言える。

白狐は自分の尻尾を薫に見せつけるようにしてフリフリ振った。すると彼女の目は尻尾に釘付けになる。

尻尾が右に動けば薫の視線も右へ。左に動かせば今度は左へと動く。面白い反応だ。

どうやらモフりたいようだ。



「触ってみる?」



白狐は尾を振るのをやめると、薫へと尻尾を差し出した。



「いいの……?」



薫の問い掛けに、白狐は満面の笑みを浮かべ首を縦に振った。

彼女は恐る恐るといった様子で手を伸ばし、ゆっくりと撫でるように触れてきた。



「わぁ……ふわっとしてて気持ち良い……それに温かい……」



彼女はそう呟くと、何度も繰り返し触れる。

白狐はその度に身体中を駆け巡るような快感に襲われた。



「あぅ……♡ちょ、ちょっと待って……あんまりされると僕……んっ……変になりそうなんだけど……ひゃう……♡」



そう言えば尻尾を他人に触らせた事は無かった。どうやら自分の尻尾は性感帯らしく触られると妙な快感が全身を駆け巡る。

これは新しい発見だ…



「ご、ごめんなさい……つい夢中になっちゃって……えっと、白狐、くん?私は薫っていうの。これからよろしくね」


「うん!こちらこそ!」



薫と白狐の微笑ましいやり取りを見ていた綾子はクスリと笑う。

仲良くなれて良かった。やはり連れてきて正解だったようだ。



「薫、白狐に感謝するんだよ。この子のお陰で薬草が沢山手に入ったんだからね」


「白狐くんが?」


「そうさ。しかも妖怪に襲われた私を助けてくれたんだ。白狐は命の恩人さ。私達のね」



その言葉を聞いて薫は絶句した。妖怪に襲われて生きているだけでも奇跡的だというのに、それを退治してくれたと言うのだ。

薫の目には白狐は同い年の少年に見えていた。だからこそ驚きを隠せない。



「凄い……ありがとう、お姉ちゃんを助けてくれて…!」


「ど、どういたしまして」



薫は白狐の手を取ると、笑顔で感謝の言葉を述べた。

白狐はその真っ直ぐな瞳に見つめられて照れ臭くなり、思わず顔を逸らす。

だが、悪くない気分だった。無垢な少女の純粋な感情が伝わってくる。

白狐は思う。自分はこの子の為に出来る限りのことをしようと。この子は自分にとって初めての友達だ。

絶対に守り抜くと、心に誓った。



「さぁ薫。薬を飲んで寝ようね。白狐、悪いけどもう少しだけここに居てくれるかい?薫が眠るまででいいからさ」


「もちろん!」



むしろ一緒に添い寝してあげたいくらいだ。だが、流石に初対面の女の子に添い寝するのは変態っぽいかな…と思ったので止めておく。

流石の白狐もこんな小さな子相手に

欲情したりはしない。多分。


そうして薫は薬を飲み、布団に横になった。白狐は彼女の隣に腰掛ける。

彼女が眠るまで遊び相手になってあげよう。



「ねぇ白狐くん。あなたはどこから来たの?」


「えっとね…みんなが狸山って呼んでるところからだよ」


「狸山から!?あそこは危なくなかったの?」


「大丈夫!僕は忍者だから!」


「忍者?忍者ってなに?」


「えぇっと……忍者っていうのはね…」



白狐は掌を上に向けると、そこから煙と共に飴が現れる。それを見た薫は目を輝かせた。



「わぁ!なにこれ!」



白狐は薫の反応を見て得意げな表情を見せると、現れた飴玉を薫の手に握らせる。

これは白狐が持っていたお菓子の一つだ。後で食べようと思っていたのだが、彼女に食べさせてあげたくなって忍術で荷物から掌に瞬間移動させたのだ。

無駄な妖力の使い方である。



「忍者は色んな事が出来るんだよ。例えばほら、こうやって……」



白狐は指先に意識を集中させる。すると、彼の人差し指に火が付いた。

青い炎はゆらゆらと揺れ、蝋燭のように燃えている。



「わぁ……綺麗……」



薫は初めて見る光景に感動しているのか、目を大きく見開いている。

その炎は彼女にとってとても魅力的に見えているのか薫はじっと見つめ続けている。

白狐はそんな彼女を見つめながら炎に照らされる薫の顔を美しいと感じた。

姉の綾子に似た端正な顔立ちに長い黒髪が映える。なんだか庇護欲をそそられてしまいそうだ。

白狐は無意識に彼女の頬に手を添えると、優しく撫でる。薫は白狐に触られ一瞬ビクリと身体を動かしたが、すぐに目を細めて気持ちよさそうな表情を見せた。



「白狐くんの手…あったかいね」


「あ、ごめん!つい癖で……嫌じゃなかった?」


「ううん……全然平気。白狐くんならもっと触ってもいいくらい……」



まるで恋人のような会話だ。しかし、二人はまだ出会って間もない。お互い極端に好意を抱いている訳でもない。

ただお互いに惹かれ合っているだけであった。

それでも白狐にとっては大切な時間だった。何故だろう、彼女と過ごす時間は心地よい。ずっとこのまま時が止まればいいとさえ思えた。



「(あれ、私もしかしてお邪魔?)」



二人のすぐ傍にいた綾子はいつの間にか存在を忘れられていた事に気づいた。

だが、二人とも楽しそうにしているので、水を差すのは良くないと思い、あえて何も言わずに黙って見守っていた。


それから暫くの間、白狐と薫は他愛もない話をしていた。

好きな食べ物の話や嫌いな食べ物の話、好きな動物や苦手な動物の話などだ。

白狐はこの世界に生まれてからは今まで同い年(見た目は)の友達と話したことが無かったので、こうして友達と話す事がこんなにも楽しい事だったと忘れていた。

だから、白狐は時間が経つのも忘れて薫との会話に夢中になっていた。

そして、気がつけば薫は静かに寝息を立てて眠っていた。どうやら疲れが溜まっていたらしい。無理も無い、彼女は病人だったのだから。



「薬が効いてきたみたいだね」



薫が眠りにつくのを確認した綾子はそう呟いた。彼女は布団を薫に掛け直す。



「ありがとう、白狐。薫と話相手になってくれて。あんなに楽しそうな薫は久々だよ」


「ううん、僕も薫ちゃんと話せて嬉しかったから」



白狐は微笑むと、手を伸ばして薫の頭を優しく撫でる。すると、眠っている筈の薫の顔が少しだけ緩んだような気がした。



「ところで白狐はこれからどうするんだい?旅をしてるって言ってたけど…この村にはいつまでいてくれるんだい?」


「えっと、特に決めてはいないんだ。どこか行きたいところがあるわけでもないし…暫くはこの村に居てもいいかなって思ってるよ」



白狐は旅をしている。いつかは姉を助けたいという目標と見識を広め強くなるという目的はあるが、それは早急に達成しなければならないものでは無い。

それよりも白狐には今、薫達と一緒に過ごしたいと思う気持ちの方が強かった。それに、時間はたっぷりあるのだ。焦らずゆっくり行こう。

なにせ、自分は半化生。寿命は人間よりも遥かに長いのだから。



「良かった。薫も喜ぶよ。なんにもない村だけど…食料には余裕があるし、村長んトコ泊まるならいい部屋だろうしね。困ったことがあったら遠慮なく言うんだよ」


「うん、ありがとう綾子お姉さん」



この村はいい人ばかりだ。何故か美人も多いし、ご飯も美味しい。

白狐はこんな素敵な場所を見つけられて本当に幸せだと心の底から思った。




―――――――――




その日の夜、白狐は村長と夕食を共にしていた。今日は猪肉の味噌煮込みがメインディッシュとなっている。

白狐は出された料理を食べながら対面に座るおっぱい…ではなく村長と話をしていた。



「村長さん…こんな豪勢な食事、いいんですか?」



白狐はおずおずと村長に尋ねる。

猪肉に茸、里芋に豆腐の味噌汁に焼き魚とどれも白狐の好物だ。しかも、白米までついている。

白狐としてはもっと質素なものでも構わないのだが、流石にここまで豪華な食事を出されると逆に申し訳ない気分になる。


「白狐くんは村の人を助けてくれましたから、そのお礼ですよ」



対する村長はニコニコと笑顔を浮かべている。確かにお礼をしてくれるとは言ってたし、白狐も期待はしていたのだがこうまでされると恐縮してしまう。

綾子は村の食料は余裕があるとは言っていたが、それでも限られた食材の中でこれだけのものを作るのはかなり大変だっただろう。

自分はただ綾子お姉さんを助けただけなのに…白狐はそう思いながらも箸を手に取ると、まずは里芋を口に運ぶ。ホクホクとした食感に自然と笑みがこぼれる。

次に焼き魚に醤油をかけて食べる。程よく焼けていて香ばしく、口の中に広がる脂が食欲をそそる。

白狐はその味を噛み締めるようにゆっくりと食べ進めていく。



「(あぁ……おいしい)」



白狐は心の中が満たされるような感覚を覚えた。ここに来てよかった。そう思える瞬間だった。

村長さんはおっぱいが大きいだけではなく料理も上手いようだ。



「……ところで白狐くん。旅をしていると言っていましたが…この村にはどれくらい滞在する予定で?」



白狐が幸せなひと時を過ごしていると、ふと村長がそんなことを尋ねてきた。

白狐は綾子お姉さんと同じ事を聞くんだなぁ、と不思議に思う。こんなに豪華な食事を作ってくれるのだから早く出ていけという意味ではないと思うけれど……



「……」



村長の目が白狐を真っ直ぐに見つめてくる。なんだか鋭い、野獣のような眼光だ。

何故そんなに滞在期間を聞かれるのか分からないがとりあえず質問の答えを考える。



「うんとね…暫くはこの村に居るつもりだよ。友達もできたし」



白狐の言葉を聞いた村長は瞬間、パァッと表情を明るくさせた。ついでにおっぱいも揺れた。



「そうですか!うん!それは素晴らしいですね!是非この村にいて下さい!」



村長は身を乗り出すと、テーブル越しに白狐の両手を握った。そして、ブンブンと上下に振る。

白狐は驚きのあまり固まってしまった。まさかこんな反応をされるなんて思っていなかったからだ。


白狐は訝しんだ。どうして村長はここまで自分に構うのだろうか。いくら綾子を助けたとはいえ、普通はここまでするものなのだろうか。


だが、村長のぶるんぶるんと揺れるおっぱいを見ていると、どうでもよくなった。

思わずこの村に永住します!と叫びかけたが、そこはなんとかグッと堪えた。

恐るべきおっぱいパワーである。



「さぁ、白狐くん沢山食べてくださいね!まだまだありますからね!」



村長は巨大なおひつを抱えてドンっと机の上に置く。

まだそんなにご飯が残っていたのか、と白狐はドン引きした。とても食べきれる量ではない。しかし、折角作ってくれたものだ。残すわけにはいかない。

白狐は覚悟を決めると、再び箸を持った。




―――――――――




「うっうっ…もう食べれないよぉ…」



やけに上機嫌な村長のご飯攻勢を何とかやり過ごした白狐は、用意された部屋へと入った。

こぢんまりとした部屋だか、清潔感があり綺麗に掃除されている。

白狐は布団の上に倒れると、そのまま大の字になって寝転んだ。



「はぁー、お腹いっぱい…だけど、幸せぇ」



白狐はお腹をさすりながら満足げに呟いた。おかずも勿論美味しかったが、何より白米が絶品だった。

今まで食べたどんな米よりも甘く、それでいてほのかな酸味があって、噛めば噛むほど甘みが増す。

白狐は幸せそうな顔をしながら枕に狐耳を擦り付ける。


白狐は天井を見上げながら、今日の出来事を振り返った。色々な事があった。

綾子を助け、村に来て、おっぱい…じゃなくて村長と会い、薫と友達になった。

たった一日の出来事とは思えない濃さだ。やはり旅に出たのは正解だった。色んな体験ができる。



「明日は何しようかなぁ……」



白狐は小さく欠伸をする。満腹になったせいか眠気が襲ってきた。瞼が重くなっていく。

このまま眠ってしまいそうだ……



「むにゃ…」



瞼を閉じるとそこには幻魔の顔が浮かび上がる。たった少しの間離れただけなのに、最愛の母に会えないのが寂しくなってきた。

もう一度母に会いたい……白狐はそう思いながら眠りについた。

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