12.「それはな、全裸で勉強すると肌からも知識を吸収するので効率が大幅に上がるからなのじゃよ」

鐘樓が帰った次の日の事である。



「今日はお勉強の時間じゃ!」



眼鏡をクイッと持ち上げながら幻魔はそう言った。何だか学校の教師みたいだ、と少年は思う。

学校と違うのは制服ではなく、全裸だということだろうか。少年と幻魔は何故か全裸のまま向かい合って座っている。



「あの、師匠。何故僕たちは全裸なのでしょうか」


「それはな、全裸で勉強すると肌からも知識を吸収するので効率が大幅に上がるからなのじゃよ」



なんと!

少年はその事実を初めて知った。確かに、着て勉強するより脱いでやった方が捗るような気がする。これは盲点だった。

流石は師匠だ。なんでも知っている。


でも前の授業の時は普通に服を着ていたような…?

少年は不思議に思った。だが、そんな疑問を口に出す程愚かではない。彼は幻魔のぷるぷると揺れるおっぱいを見ながら黙々と巻物を取った。



「まずは忍者という存在について教えるとしよう。今更ではあるがの」



幻魔が喋る度に彼女の胸が揺れた。少年は視線を集中させその動きを見守る。



「忍者とはその名が示す通り、忍ぶ者。諜報、暗殺、潜入捜査などが主な任務じゃ」



その辺りは前世で知っている忍者像と同じだ。やはり世界が違っても忍者は忍者なのだろう。



「だが、それだけではない。上位の忍になると戦闘力も求められ、戦争にも駆り出される。戦争では相手方の忍との戦いもあるじゃろう。故に、戦いの技術も必要となる」



幻魔の言葉を聞き少年は驚いた。まさか戦争にも駆り出されるとは思ってもみなかったのだ。

この世界の忍は随分とアクティブというかあまり忍んでないというか…

まぁ前世の忍者も戦争に参加していたかもしれないが。



「そんな忍だが…忍の大半は我ら半化生が占めておる。何故だか分かるか?」



半化生が忍になる理由……?

少年は考える。だが、思い当たる節はない。

そもそも半化生とはなんだろうか。この世界に生まれ普通にその言葉を使っていたが、どういう意味なのか、どうしてそうなったのか、詳しくは知らなかった。


そんな少年の疑問を感じ取ったのか、幻魔は説明を始めた。



「では、半化生という存在からおさらいするかのぅ。半化生…それは人間と獣の特徴を合わせ持った種族じゃ」



そう言って幻魔は自分の頭に生えているタヌキ耳を指した。



「例えば儂はタヌキの半化生。そしてお前はキツネの半化生…。昔は獣人と呼ばれ、外国では魔人とも呼ばれたりしておるな」



獣人!その言葉を聞いて少年は合点がいった。なんだか半化生という言葉は馴染みがなくて分かりにくかったのだ。

その点獣人ならば分かりみが深い…



「ここで注意すべきは半化生という文字。化生、というのは妖怪を指す言葉だが、我々は妖怪とは関係無い種族だという事をよく認識しておけ」


「半化生という名なのに妖怪とは関係ないのですか?」


「そうじゃ。半化生というのは人間が我らを侮蔑する為に作った蔑称のようなものじゃからな。今はもう半化生という名称が定着し、我々ですら自らを半化生と呼称しているがな。まぁとにかく半化生と妖怪は違うという事さえ知っていればよい」



知らなかった。

てっきり半化生というのは妖怪の血が混ざったりしているとばかり思っていた。

というか妖怪というのもよく分からないけれど。会ったこともないし…

なんとなくよくない存在というのは分かる。その辺りはまた幻魔が追々教えてくれるだろう。

少年は妖怪を頭の片隅に起きつつ、幻魔の話を聞く。



「さて、ここで先程の答えじゃ。忍の大半が半化生である理由…それは半化生という種族が戦闘に特化しているからなのじゃ。他の生物よりも身体能力が高く、五感も鋭い。人間よりも個人の能力に遥かに優れる半化生は単独で動く忍に最適なのじゃ」



へぇ…少年は素直に感心した。

確かに、言われてみると納得出来る部分がある。

この身体は前世の身体とは違い身体能力がかなり高い。まさに漫画やアニメの如く超人的な力が出せる。

それに、この世界に転生してからというもの、視力や聴力といった感覚器官の性能が凄まじい速度で上昇していた。

やろうと思えば遥か先の虫の歩く音すら聞き取れる程だ。


しかしここで疑問が生じる。

人間よりも身体能力が高く、個々の能力に長ける半化生。確かに忍者に向いているだろうが…同時に人間の上位互換とも言える半化生はわざわざ忍者にならなくてもいいのでは?

それこそ兵士として普通に戦ったりすればいいのではと思うのだが。



「あのぅ、それだと別に忍のみならず全ての事において人間よりも適性があるように聞こえますが」


「ほう、そう思うか」



幻魔はニヤリと笑う。まるでその答えを予期していたかのようだった。



「一見そう思うだろう。だが、実際は違うのじゃ。確かに我らは個々の能力が人間よりも遥かに高い。だが、それはあくまでも個人での能力のみ。集団戦になれば話は別だ。どれだけ優れた能力を持っていようと、人間の優れた統率の前には無力。個の力で勝っても群れの力に屈するのは自然の掟…」



幻魔は淡々と話を続ける。



「この桜国では半化生は人間よりも圧倒的に数が少ない。それに加え半化生は我が強く、集団での行動には向いていないのじゃ。そう…あの時もそうじゃった…幾ら命令しても勝手に動くわ、作戦を無視して突っ込むわ……挙句の果てに味方がピンチになっても助けないしのう。まったく協調性のない奴等じゃったわい!」



幻魔は遠い目をしてため息をついた。

どうやら過去に何かあったらしい。幻魔は愚痴を言いながらも懐かしむような表情をしていた。



「ま、それに不器用だから物を作ったりする事も苦手だし、獣並の知能を持つアホが沢山いる事も事実だから戦闘以外はダメダメじゃな。忍に向いているっていうか単独で動くし無駄に強いから忍ならやれなくはないよね…って感じも否めんし…」



幻魔は自虐的に笑った。

なんだか酷い言われようである。少年が会った半化生は幻魔と鐘樓の二人だけだが二人共理知的で聡明な印象を受けた。だが、他の半化生はそうではないのだろうか…



「そういう訳で忍には半化生が多い。無論半化生が全て忍という訳ではないがな」



少年が会ったタヌキの半化生、鐘樓も忍びではなく武士であった。半化生だからといって忍だと決めつけるのは間違いのようだ。



「さて、一気に説明してしまったが…ここまでは理解できたか?」


「はい!忍というのは半化生が多く、半化生は人間よりも個々の能力に優れる…という事ですね!」


「その通りじゃ。しかし、何事にも例外があるように、今言った事にも例外が存在する」


「例外…ですか」


「そうじゃ。半化生と言えども強力な力を持つ指導者がいれば纏まる事は可能じゃ。噂では東の……武陽家という大名家には馬の半化生で構成されている精鋭部隊もいるらしい」


「へぇ~……」



ウマの半化生……どんな姿をしているのだろうか。やはりウマの耳とウマの尻尾が付いた女性かな。


あれ、それってどっかで見た事があるような……?


ウマ……ウマむ……



「例外はそれだけではないぞ!」



少年は思考の渦に巻き込まれていたが、幻魔の声で現実に引き戻される。

今自分は何を考えていたんだっけ?少年は不思議に思ったが、あまり深く考えると良くない事になりそうだったので考えない事にした。



「基本的に我ら半化生は人間よりも強靭な身体と俊敏な動き、そして五感などを備えている。しかし一部の人間は並の半化生を遥かに凌駕する力を持つ者もいるのじゃ」



少年はゴクリと唾を飲む。

そんな人間がいるのか。俄かに信じられない。

正直に行って少年はこの半化生の身体になってから人間には負けないだろうと確信できる程になっていた。

魔法のような超常の術の数々に、漫画のような身体能力。これだけでも十二分にチートと言える。

そんな自分が敵わない人間が居るかもしれないなんて……

少年は恐怖を覚えた。だが、それと同時に少しワクワクしている自分もいた。



「其奴らは"英傑"と呼ばれておる」


「英傑……」


「そう、半化生を遥かに上回る身体能力を持ち、知性を兼ね備えた化け物達……それが"英傑"」



幻魔は少年に説明するように言う。



「一方、英傑でない人間を"常人"と呼ぶ。其奴らは一人一人は我ら半化生の敵ではない。だが、優れた英傑に率いられた常人は時として半化生を上回る力を発揮する事がある。常人だからと言って侮るのは愚か者のする事じゃぞ」


「なるほど……分かりました」



少年は納得したように大きくうなずき、そして幻魔は話を続けた。



「英傑というのは血筋によって発現する事が多い。無論、英傑の一族だからといって全員英傑という訳ではないが…大名家や名のある武家の当主を務める奴は基本的に英傑と考えて良い。英傑の素質が高い者を当主に据えるのが武家の習わしじゃからな」



面白い世界だ、と少年は思った。

だが考えてみれば当たり前の話ではあるのだ。この戦乱の世は言うなれば究極の実力主義社会…血筋だけで全てが決まれば、無能な当主の元だとあっという間に他家の侵略により滅亡してしまうかもしれない。

だから武家は上に立つ者には英傑としての資格を求めるのだ。



「それでも人間共は血筋を重要視しているようで、血筋は最低条件という風潮があるがのぅ。正統な血筋で尚且つ、英傑の素質がある者が当主として相応しい…そこに姉や妹などの順序は無い。一番目に産まれても当主として失格ならば嫡女としては認められぬ。故に大きな武家になるほど姉妹間での争いが絶えんとは聞くが…愚かしいとみるか生物の選抜本能に従った自然な行動かとみるかは人によるじゃろうなぁ……」



幻魔は皮肉げに笑った。



「おっと、話が逸れたな。半化生…もとい忍の話に戻ると、我らは血筋なんざ重要視しておらぬ。強きを尊び、弱肉強食こそが世の理……我らはただ強さを信じている」


「強さ……」



人間の記憶を持つ少年はそれが少し寂しく感じた。

強さのみを求める人生とは果たしてどのようなものなのか……少年には理解出来ないが、少なくとも楽しいものではなさそうだ。



「無論強さに傾倒するがあまり、己の強さを過信して傲慢になり、他者を見下すような阿呆も多いがな。まあ、そういう奴に限って大して強くもないのじゃが」



くくく…と幻魔は笑う。

どうやら過去にそういった輩が居たようだ。



「だが我らは獣ではない。強さを信じているのは確かじゃが、それが全てではない事を弁えておる。そして強さと同じくらいに重要なものがもう一つ……」



幻魔は少年の目を見る。

その瞳には強い意志が宿っていた。



「忠義。仁義。誇り。すなわち"義"の心。それもまた我らを構成する大事な要素。義によって我らは動き、その手を汚す事も厭わぬ。そして義の為に命をかける事も躊躇せぬ」


「それは……」



少年は緊張しながら幻魔の言葉を待つ。



「簡単に言えば仲間を大切にするという事じゃ。共に戦う者、守るべき者、守るべきもの、家族……それらを大事にする心。それさえあれば一流の忍になれるだろう」



少年はホッとした。

先程の幻魔の話からすると、半化生…忍というのは強さが全ての冷酷な集団のように思えたからだ。

しかし、その考えは間違っていたようだ。



「……とはいえ、これは理想論じゃ。現実はそう甘くはない。金の為に男子供を容赦なく殺す忍もいるし、命惜しさに主君をも裏切る輩もいる…お前はそんな奴になってくれるなよ」


「勿論です!」



少年は即答した。

幻魔の言う通りだ。例えどんな理由があれど裏切るような真似はしたくないし、誰かを騙したり傷つけたりするのは嫌だった。



「うむ。その言葉を聞いて安心したわい」



幻魔は満足そうに微笑んだ。



「忍をしていると、いつかお前も共に歩みたいと思える者が必ず現れる。その時は今の儂の言葉を思い出せ。決して後悔しないようにな」


「はい!」



共に歩みたいと思える者。

それは一体どんな人なんだろうか。

人間だろうか、それとも半化生?

武士なのかな?それとも普通の人?


今の少年には分からない。だが、今日聞いた事は少年の心にしっかりと刻まれた。

いつかそんな人が現れたらいいな、と少年は思った。







でも、やっぱり肌から知識を吸収する云々は嘘かな…

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