10.「変態は貴方でしょう!?この変態タヌキババァ!」
その日、鐘樓と幻魔は住居の一室で向き合っていた。
幻魔はいつものように笑みを浮かべているが、鐘樓は緊張した面持ちだった。
「隠神様。どうあっても、昨日のお考えは変わりませぬか?」
「くどい。儂はもう半化生を率いて戦うつもりはない」
やはりか、と鐘樓は溜息をついた。
隠神刑部は人間に敗北し、その戦意を喪失してしまったのだろうか。あの勇敢で誇り高かった隠神刑部が何故このような決断を下したのかは分からない。だが、今の彼女に何を言ったところで無駄だろう。
「鐘樓よ。儂が隠神刑部という名を捨て、幻魔と名乗っている理由をよく考えろ。儂はもう半化生の旗頭でもないし、人間共と戦う義理も無い」
鐘樓はギリッと歯を噛み締めた。
他ならぬこの人の口からそんな言葉を聞きたくはなかった。
「今更100年以上前の悲惨な戦を繰り返すつもりか。あの救いようのない愚かな戦を。お前はそれで良いのか。また多くの仲間を失うぞ。罪のない人間も、半化生も大勢死ぬだろう。それでもいいというのか」
「それは……」
「いいか鐘樓、これは忠告だ。またあの時のような悲劇を繰り返したくなければ人間への憎しみを捨てよ。その感情がある限り、お前達はいつまで経っても争い続ける事になる。そしていつか必ず破滅が訪れる」
「…………」
鐘樓は黙って俯いていた。
分かっている。そんな事は分かっている。
あの悲惨な、そして無意味な戦の事はよく知っている。だが鐘樓は、どうしてもその憎しみを捨て去る事が出来ないでいた。
人間から受けた苦痛が、屈辱が、悲しみが、彼女の中に根付いている。彼女の中では戦争はまだ終わっていないのだ。
一方で隠神の言う事も正しいとは思う。
人間は憎むべき存在ではあるが、しかしだからといって全てを滅ぼそうとするのは間違っているのではないか。
聡明な彼女はそれを理解していたし、実際に何度も自問自答を繰り返していた。
だが、鐘樓の頭の中に一つの声が響く。
「(でもこの人、変態なんだよな…)」
そうなのである。
隠神刑部の変態っぷりはもはや鐘樓の知るところあり、その変態行為の数々を思い出すだけでドン引きするレベルだった。
尤もらしい事を言ってはいるが、変態が言ってると思うといまいち心に響かないというかなんというか…
「(いや、待て私。冷静になれ)」
女なら誰しもが男に対して一度は下劣な想いを抱くもの。
隠神とて女。多少の変態性癖を持っていたとしても不思議ではない。むしろそれこそが正常な女性の姿なのかもしれない。
そうだ、きっとそうに違いない。
鐘樓はそう自分を納得させた。
「無辜の民をも巻き添えにしてまで殺し合いをして、何になる。また同じ事を繰り返して、一体どれだけの命が露と消えると思っているのじゃ」
「……」
「戦士ならば死ぬ覚悟も出来ておるだろう。だが、平和に暮らす百姓達を巻き込むのは違う。更には罪なき子供をも巻き込み、殺すなど言語道断。それは、鬼畜の所業としか言えん」
そうだ。その通りだ。
鐘樓とて幼い頃に戦に巻き込まれ、両親を失い辛い目にあった。
それを今度は自分が他人に味合わせる立場になっていいのか。いや、駄目に決まっている。
だけど…
「(でもこの女、いたいけな子供に変態行為を刷り込んでる鬼畜なんだよな…)」
うーん……と鐘樓は頭を悩ませた。
やっぱり変態の言葉には説得力がない。無垢な少年に房中術と称して変態的な技を仕込んでいるような女の言葉では……
「(まぁ……うん……でも確かに……あの少年の舌技は凄かった…♡♡)」
変態なだけあってある意味説得力のある変態であった。変態って凄いなと鐘樓は思った。
「鐘樓よ。よく考えろ。これからの時代は、強き者が弱き者を守る時代となる。かつて我ら半化生が人間と戦ったように、この国もまた外の国と戦う日が来るだろう。その時、お前達はどうする?また人間共に復讐しようと牙を剥くか?同じ桜国に住まう者同士だというのに?」
「(牙を剥く…そういえば少年に剥かれた時は気持ち良かった……♡♡)」
最早鐘樓は隠神の話を聞いていなかった。というか鐘樓が変態になりつつあった。
変態取りが変態に目覚めつつあるというのはこういう事なのか。
「おい、聞いているのか?」
「はっ!?」
隠神に話しかけられている事に気付くと、慌てて返事をした。
「あ、ああ……はい。分かりました。隠神様のおっしゃる事はもっともです。今後は私は人間への恨みを捨て真っ当に生きようと思います」
「え?」
突然豹変した鐘樓に隠神はきょとんとした。
何故急に態度が変わったのか分からない。嘘を言っている様子もないし、どういう事だろうか。
「隠神様の御言葉で私も目が覚めました。戦なんかするより気持ちいい事をしてた方がいい…確かに仰る通りです。気持ち良ければ後はどうでもいいのです」
「えぇ……?そ、そうかのう……」
何かおかしい気がしたが、鐘樓がそれで良いと言うのであれば別に良いかと思った。
というかそんな事言ったっけ?と首を傾げる。
「(まぁいいか。とりあえずこいつにはもう戦をやめさせねばならんしな)」
隠神はそう考え、改めて彼女に告げた。
「鐘樓よ。我等の使命は終わった。もう半化生を率いて戦う必要は無い。今後は生きたいように生きるがよかろう」
「はい!」
隠神の言葉に鐘樓は元気良く答えた。
だが鐘樓の頭の中には昨日の少年との情事が浮かんでいて、全く話を聞いていなかった。
昨日の…可愛らしいもの…♡♡あれをまた舐めたいなぁ♡♡
彼女はすっかり快楽の虜になっていた。
「(あ、思い出したら…またイクッ…♡♡)」
ブルルと体を震わせ、絶頂を迎える鐘樓。
そんな彼女の姿を見て、隠神は怪訝な表情を浮かべる。
「鐘樓、どうしたのじゃ。具合でも悪いのか?」
「あっ…あっ…♡♡」
ビクンと体を痙攣させる鐘樓を見て、隠神は彼女の身に何が起こっているのかと心配になった。
そして彼女の肩に手を掛けた瞬間…
「あ、らめぇ♡♡今触られたら…♡♡♡♡♡♡あぁー!!♡♡♡♡♡♡♡♡」
プシャアアアッと勢いよく何かを吹き出し、その場に倒れ込む鐘樓。
ここにきて隠神は鐘樓がエクスタシーにやられたという事に気付いた。
そしてドン引きした。
「(え、なんだこの変態…)」
隠神の頭に「やべー奴だ……」という言葉が思い浮かぶ。
こんなのが隠神軍の武将だったなんて信じたくなかった。
暫くすると鐘樓はハァハァと息を切らしながら上半身を起こした。
彼女の顔は赤く火照り、その瞳はどこか虚ろだった。
「はぁ……はぁ……♡♡隠神様…一つお願いがございます…」
「え?な、なんじゃ?」
何を言うつもりだこの変態はと隠神は身構える。
まさかまたエロい事でも言い出すのではないか。
だが鐘樓は隠神に対してこう言った。その願いとは、彼女にとって予想もしていないものだった。
「あのキツネの少年を…私に下さいませんか」
その言葉にカチリと固まる隠神。何分間固まっていただろうか、静寂の中、隠神はようやく口を開いた。
「いや無理」
「な、何故ですか!?」
「当たり前じゃ!あんな可愛い子を変態タヌキ女に渡せるか!」
「変態タヌキ女!?」
変態女呼ばわりされた事にショックを受ける鐘樓。
しかし変態タヌキ女と呼ばれたところで変態タヌキ女は変態タヌキ女なので仕方がない。
しかし鐘樓は隠神という変態に変態呼ばわりされたのがショックだったので、このまま黙ってはいられなかった。
「変態は貴方でしょう!?この変態タヌキババァ!」
「はぁぁ!?お前主に向かって変態ババァとは何たる不敬じゃ!?つーか変態はお前じゃろ変態タヌキ女!!」
ギャーギャーと言い争う二人。
変態同士の戦いが始まった。
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