7.「え~、でもめんどいしぃ。100年も前の事なんて忘れたしぃ。それにこの子を置いていくのも嫌だしぃ……」

「師匠!お客様がお見えになりました!」



少年に連れられてやってきたのは屋敷の奥にある一室だった。寝室も兼ねているのか大きな布団が敷かれており、その上に一人の女性が全裸で寝転んでいた。

隠神…もとい幻魔である。彼女は昼の刻を過ぎているというのにまだ眠っていたようだ。



「むぅ……むにゃむにゃ……」



彼女は幸せそうな顔を浮かべながら布団に包まっていた。

それを見た鐘樓は一瞬、「(あれ?この自堕落そうなクソタヌキは一体誰だ?)」と思ったがすぐにそれが隠神である事に気付き、絶句した。



「ほら師匠起きてください!お客さまですよ!!」


「ん~……んん?」



少年に揺すられてようやく幻魔の意識が覚醒する。彼女はゆっくりと瞼を開くと少年の隣にいる鐘樓の姿を見…なかった。

幻魔は少年の姿を捉えると寝惚けた顔でニヤリと笑みを浮かべた。



「おや……?これはなんとも可愛らしいキツネちゃん……♡♡どれ、ワシがたっぷりと遊んでやろうぞ……♡♡」


「あっ…師匠…!ダメ、お客様が…♡♡」


「よいではないか……♡♡ムニャムニャ……ムニュムニュ……♡♡」


「あんっ♡♡」



少年と幻魔が絡み合うように抱き合い始める。少年の小さな身体は彼女の豊満な肉体によって包み込まれてしまった。

幻魔はそのまま少年と濃厚な接吻を交わし始めた。と唾液が混じりあう音が室内に響き渡る。



「(え、何これは……)」



鐘樓は目の前で行われている光景を見て固まった。

目の前の女は確かに鐘樓の知る隠神本人である。だがいたいけな少年の身体を弄るそれはただのスケベ狸ババァにしか見えない。



「んちゅ……んっ……はぁ……んっ……ぷはっ……♡♡」



やがて長い口付けを終えた後、二人は名残惜しそうに唇を離した。

二人の口から銀色の糸が伸び、プツンと切れる。



「師匠…♡♡」


「はぁ…♡♡はぁ…♡♡」



幻魔と少年は互いに紅潮した顔で息を荒げていた。

そしてそのまま幻魔が少年を押し倒そうとしたその時…



「うぉっほん!んんっ!」



わざとらしく咳払いをする鐘樓の声が聞こえてきた。そこで初めて幻魔は彼女がいる事に気付く。



「ん…?んー…おぉ!誰かと思うたら鐘樓ではないか。久しいのう」


「……」



まるで今気付いたかのように言う幻魔に対し鐘樓は何も言わずジトッとした視線を向けた。

いくら寝起きであろうとも幻魔…隠神様が自分の気配を見過ごす筈がない。恐らくはわざと鐘樓に少年とのイチャラブシーンを見せつけていたのだろう。



「隠神様におかれましてはご機嫌麗しゅう……」


「お主は相変わらず堅苦しいのぅ。もっと楽にせよ。それにしてもお主がここを訪れるとは珍しい事もあるものだ。何か用か?」



ふわぁ、と欠伸をしながら幻魔はそう言った。

鐘樓は久方振りに見る自らの主の変貌ぶりに驚愕し、すぐには返事が出来なかった。

鐘樓が知る隠神という女はどちらかと言えば寡黙で真面目な性格であり、決してこのような破廉恥な女ではなかった。

しかし今はどうだ。幻魔のその変わりようは一体なんだ?


これではまるで…



「(色ボケタヌキじゃないか……)」



鐘樓は心の中で呟いた。しかしそんな事を口に出せる訳が無い。鐘樓は言いたい事をグッと堪えて平静を装った。



「実は隠神様にお伝えせねばならぬ事が御座いまして…」



鐘樓は懐から一枚の地図を取り出し、それを幻魔に差し出した。

それは桜国の地図であった。島国であるこの国は大陸の国々に比べると土地は狭いものの、気候に恵まれ、作物の収穫量は他国に比べ多い。

その為、数多の大名家が所狭しとひしめき合い領土を広げようと争い合っているのだ。

鐘樓が書いたのか、地図には大名家の領地と石高が詳細に記されており、それを見た幻魔は眉をひそめた。



「…んー?なんじゃ、これがどうしたのいうのじゃ」


「先日、天羽将軍家が治める領地で大きな戦が起きました」



幻魔の表情が変わる。それは今まで眠そうな顔をしていたとは思えない程真剣なものへと変わった。



「相手は?」


「弥勒院家と鷹司家です。両家は桜の都を制圧するとそのまま天羽の居城である天山城に攻め入り、これを陥落せしめたとの事。将軍・天羽柊は城にて自刃したと聞き及んでおります」


「ほぅ、弥勒院と鷹司が手を組んだのか。あの犬猿の仲だった両家が…」


「両家とも将軍家には最早利用価値が無いと判断し一時的に手を組んだ模様です。しかし将軍が死んだ途端、すぐに両家は争いを再開し桜の都は混乱に陥っています」


「ふむ」



幻魔は遠い目をする。彼女は暫く考え込むような素振りを見せた後、口を開いた。



「そうか、天羽の血筋が途絶えたか」


「はっ…あの憎き天羽の一族は最早この世に存在しませぬ。人間とはなんと愚かな生き物なのでしょう。あれほどまでに人間の為に戦った一族を同族が滅ぼすとは……嘆かわしい限りです」



鐘樓の言葉に幻魔は同意するように深く首を縦に振った。



「全く、その通りよな。愚かなものじゃ…」



幻魔は溜息をつく。そして鐘樓の差し出す地図をじっと見つめた。



「して、そのような事を儂に伝えて何とする?」



鐘樓は膝を付き頭を下げながら答えた。



「将軍家が失墜し、これまで以上の乱世が訪れるでしょう。人間共は互いに潰し合い、多くの血が流れる…しかしこれは我等半化生にとってはまたとない好機!天羽一族も滅んだ今、貴方を…隠神刑部を止める事が出来る人間などもはやおりません!どうか、お立ち上がり下さい!隠神様が声を高らかに上げれば必ずや桜国に住まう全ての半化生達が呼応しましょう!」



そうだ。今こそ好機なのだ。

人間の時代は終わりを告げる。これからはこの半化生の時代が始まるのだ。

そしてその時代を創るのは他でもない自らの主、隠神様…!

鐘樓はそう信じていた。

彼女は矢継ぎ早に自らの想いを吐露した後、頭を垂れながら隠神の言葉を待った。














「…?」



しかし何の音沙汰も無い。

鐘樓は暫く視線を床に下ろしていたが、流石に静寂が長すぎると不審に思い顔を上げる。


次の瞬間、鐘樓は絶句し、言葉を失った。



「んー♡♡お前はどうしてそんなにカワイイのじゃ…♡♡」


「ちゅぱ……れろぉ……ぷはぁ……師匠♡♡」



隠神は少年を抱き締め、彼の唇に自らの舌を這わせていた。



「なにしとんねん!?!?!?」



鐘樓は思わず叫んでしまった。まさか自分の主が真面目な話の途中にこのような行為に及んでいるとは思わなかったからだ。



「なんじゃ、うるさいのう。少し静かにせんかい。今大事なところなんじゃから」


「いやいやいや!!何やってるんですか!!」


「見て分からぬか?接吻しておるのじゃ」


「見れば分かるわ!!!そうじゃないでしょ!私達、真面目な話してたんですよ!?なんでいつの間にかイチャイチャしてるんですか!?」


「真面目な話といってもなぁ。ぶっちゃけ儂、そういうのもうどうでもいいんで。将軍がどうのとか半化生がどうだとか言うよりこの子とイチャラブする方が大事じゃし」


「えぇ……?」



鐘樓は唖然とした。こんな事があっていいのか。

あの桜国に隠神刑部ありと言われた半化生の棟梁が、人間と熾烈な戦いを繰り広げた隠神刑部が、まるで別人のような変貌ぶりではないか。



「(これ絶対アカン奴やん)」



鐘樓は思った。この女は完全に色ボケている。

一体何があったのだ?本当に遥か昔に共に戦っていた主人なのか?



「こ、このままではいけませぬ!隠神様、どうか我らと共に再び立ち上がるのです!天羽一族が滅んだ今が好機なんですよ!?100年前の悲願を達成する時が来たのですよ!?」



鐘樓は必死に訴えかけた。しかし隠神は聞く耳を持たない。



「え~、でもめんどいしぃ。100年も前の事なんて忘れたしぃ。それにこの子を置いていくのも嫌だしぃ……」



隠神は少年の頬を指でつつきながら言った。少年はくすぐったそうに身体を捩らせる。



「くっ……!」



鐘樓は歯軋りをした。この女は駄目だ。何を言っても通じない。

なにか…なにか手はないか…! そこで鐘樓はある事に気付く。

隠神はさっき、この少年とイチャイチャする方が大事と言った。それが母性故の発言なのか、性欲故の発言なのかは分からないが(恐らくは後者だろう…)とにかくキツネの少年にご執心の様子。


ならばこの少年の言う事なら隠神も聞いてくれるのではないか?そうだ、そうに違いない。

将を射んとする者はまず馬を射よとも言うではないか。



「し、少年よ。君からも隠神様に何か一言言ってあげてくれないか?息子の君としても母がここで燻っているのを見るのも嫌だろう?だから…」



鐘樓はそう言いながら少年に詰め寄ろうとした。


だが…



「あれ?」



いつの間にか少年の姿が無い。さっきまで隠神とイチャイチャしていたというのに鐘樓の視界から彼の姿が消えていた。

いるのはニヤニヤと笑みを浮かべる隠神のみ…一体何処にいったというのか。


鐘樓が狼狽えていると、不意に背中に奇妙な感覚が走った。



「ひゃあん!?♡♡」



突然の事で思わず変な声が出てしまった。

慌てて振り返るとそこには少年がいた。

彼は背後から鐘樓に抱き着いていたのだ。



「わぁぁー!!!!?!?」



突然の出来事に鐘樓は叫び声を上げた。

この少年はいきなりナニをし始めたのだ?何故自分に抱き着いている?なんかいい匂いするな?

鐘樓の頭の中を色んな思考がよぎりその内に彼女は完全に混乱してしまった。



「ちょ、ちょっと!離れなさい!男子たるもの女にみだりに触れてはいけないとさっき教えただろう!」


「お姉さん…いい匂いします…♡♡」



鐘樓の言葉など耳に入っていないようで少年は彼女の背中に顔を押し付けクンカクンカしている。



「はぅん♡♡やめ、やめろぉ……♡♡」



鐘樓は悶えた。少年はまるで猫のように甘えてくる。男に免疫が全く無い彼女は相手が幼い少年でもドキドキしてしまうのだ。

処女を拗らせた女の末路である。



「よ~し、房中術の修行じゃ!そやつをお前の性技でメロメロにしてやれぃ!」


「はい♡♡師匠!♡♡」



どうやら少年の行動は隠神の差金だったらしい、彼は顔を赤らめて鐘樓に抱き着きながら腰をヘコヘコと動かしている。



「ちょ!やめろぉ!私の服の中に手を突っ込むなぁ!うあぁん!♡♡」



鐘樓は抵抗するが、その力は弱々しい。

本気になればこのような少年など振りほどく事は容易いが、彼女はそれが出来なかった。

何故なら、少年の指先が触れる度に身体の奥底が熱くなり、頭の奥がぼうっとしてくるからだ。


鐘樓は困惑した。まさかこの歳になってこんなにも激しく異性に迫られるとは思っていなかったのだ。

しかも相手は見目麗しい少年…流石の彼女も興奮を抑えられない。



「(ど、どうしよう……私、このままだとこの子に食べられて(性的に)しまうかも……!)」



そう考えると身体が火照り、鼓動が激しくなる。鐘樓の顔は真っ赤に染まった。

此の世に生を受けて早200年…彼女は遂に大人の階段を昇る時が来たのだ。



「(こ、これはもう覚悟を決めるしかないのでは!?♡♡)



少年の吐息が肌にかかる度、ビクビクと震えてしまう。

最早鐘樓に抵抗する意思は無かった。というかノリノリであった。彼女の頭の中には当初の目的なんて忘れており、ただこの少年に犯される事しか考えていなかった。


少年の房中術(嘘)の実践が始まる…



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