第12話 犯人逮捕と永遠の謎

殺害当日、小松和人と武史は13回も通話していることが電話記録で明らかになっているが、彼らの間で何が話し合われたかは謎である。

この時和人はまだ沖縄に滞在しており、詩織が殺されたことはとっくに知っていたはずだが、一緒にいた知人によると特に変わった様子はなかったという。

だが、何らかの覚悟はあったようだ。

翌日和人は池袋にある生命保険会社へ電話したという記録があるのだ。


10月末、武史は沖縄へ和人に会いに行き、和人はその後沖縄を離れることになる。

当時の週刊誌FOCUSなどは彼が沖縄にいることを突き止めて報道するようになっていたのもあるのだろう。

そして11月初旬に東京に戻り、ほぼ断交状態だった家族と会った後に武史に逃走資金一億円を渡されて北海道に向かった。


その頃、警察の捜査網は確実に小松一派を捕捉し始めており、北海道まで同行した従業員が東京に戻ると警察に事情聴取を受けている。

しかし、一番の主犯であると考えられる小松和人はなかなか指名手配されなかった。


ようやく実行犯の久保田祥史が逮捕されたのは12月19日。

彼は武史にガラをかわせと言われていたにも関わらずまだ都内におり、弁護士費用として渡された報酬1000万円を使ってやけを起こしたかのようにキャバクラなどで散財、金の大半を使い切っていた。

翌20日には兄の小松武史、運転手役の川上聡、見張り役の伊藤嘉孝が逮捕される。

小松武史は久保田の供述で殺害を指示したとされてしまい、首謀者としての逮捕になってしまった。

久保田の噓の証言である。

使い捨てにされたと武史のことを逆恨みしていたのだ。


逮捕された武史は自分が殺害の指示はしていないと主張すると同時に「弟は北海道にいるから確保してくれ。あいつは自殺するかもしれないんだ」と訴えたが、取り調べに当たった警官は「死ぬ死ぬとか言ってるやつに限って死なねえよ」と取り合わなかった。


翌年2000年1月16日、警察は猪野詩織に対する名誉毀損容疑で殺害犯グループを含む12人を逮捕。

何と12人もの大の男が一人の女子大生を苛んでいたのだ。

そしてそれはあまりにも遅すぎる逮捕だった。

詩織は生前から訴えていたのだ。

同日には小松和人も指名手配されるが、容疑は名誉毀損。

明らかに一番悪いはずなのにこれはおかしいと誰もが思った。


一方、北海道へ逃げた小松和人は北海道の暴力団組織に匿われていた。

もぐりの風俗で稼いだ金約一億円を持っており、その組織の人間に二千万円をとりあえず渡し、最終的にはロシアに逃げるつもりだったようだ。

和人は一応裏社会の人間であり、偽造パスポートを作るルートも知っていたし、暴力団とのコネも持っていた。

だが、しょせん組員でもない彼は本物の裏社会の人間にとっては尊重するに値しない人間であったようだ。


結局海外に逃げることに失敗。

組員たちは金が欲しいだけで、ストーカー野郎との約束など果たす気はなかったのだ。

和人は札幌を離れて道東に向かい、誰かと会おうとしたと思われるが、色よい返事がもらえなかったかすっぽかされたらしい。

おまけに自分が指名手配されていることをテレビで知って泊まっていたホテルを逃げ出していた。


そして1月27日、屈斜路湖で水死体として発見される。

遺書も残されており、状況からも自殺と断定された。

遺書には家族の者に自分の生命保険が振り込まれるから老後の役に立ててくれというメッセージがあった反面、被害者の遺族に対して「猪野家の人間は地獄へ落ちろ」などという逆恨みの言葉が書かれていた。

また、逃走資金もほとんど残っておらず、匿ってくれるはずだった組員に巻き上げられたのだろう。


多くの人間を苦しめてきたサイコパス野郎はめでたく自ら地獄に墜ちてくれたが、事件の真相は永遠の謎になってしまったのだ。

そしてそれは詩織殺害のもう片方の元凶である埼玉県警上尾署にとって望ましいことでもあった。

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