第11話 両親の慟哭と遺書
警察からの電話を母の京子が受けたのは詩織が家を出て10分くらいの午後12時50分頃だった。
「娘さんが事件に巻き込まれたので桶川駅に来てください」というのだ。
慌てふためいた母の頭にはすぐに小松の仕業ということが浮かんだという。
車で桶川駅に行くとすでに黒山の人だかり。
最悪の事態の予感に膝が崩れそうになるのに耐えながら近くの警察官に猪野であることを伝えると警察車両のワンボックスカーに案内される。
そこで京子は警官から娘が刺されて病院に運び込まれたと聞かされて仰天。
早くそこに連れて行ってもらいたかった。
だが、警察は嫌がらせのように気が利かない。
そこで30分近くも待たされた後「犯人に心当たりは?」などと聞いてきたりして病院に案内してくれないのだ。
犯人なら決まっている。
それにもう何度も何とかしてほしいと言ってきたのだ。
だが、この時娘がすでに死んでいたとは信じたくなかった母は今度こそ犯人を捕まえて欲しいという思いから捜査に協力していた。
10日前の深夜に大音響の音楽や空ぶかしの嫌がらせに来た二台の車の写真のネガを取りに自宅に戻ったりした後に向かったのは上尾署。
母は「娘は助かりますか?大丈夫なんですか?」と娘のことが心配で心配でならない。
一刻も早く会いたかったはずだが、上尾署に着いてから一時間後の午後3時、絶望的な事実が母に告げられた。
「残念ながら娘さんは亡くなりました。司法解剖の後で身元確認をお願いいたします」
変わり果てた娘の詩織と母が悲しみの対面をしたのは上尾署の外。
娘は汚らしいビニールシートをかぶせられていた。
無能で怠惰な上に最低限の気配りもない警察署である。
彼女は驚いたような苦しそうな表情のまま息絶えていたという。
「おとうさん…、しーちゃんが死んじゃった」
愛娘の死に泣き崩れた母の京子は警察の取調室に移動した後、夫・憲一に携帯電話で悲しみの報告をした。
父である憲一も妻同様「小松がやったに決まっている!」と思い、そして慟哭した。
彼らは最高の娘をたった21年という短い期間で奪われてしまったのだ。
あんなに何度も助けてくれと上尾署には言ったのに…。
この時からしばらく、猪野家の人々にとって神も仏もない日々は続く。
マスコミは悲しみに暮れる猪野家に殺到し、葬式を妨害。
父は遠慮がないマスコミに怒鳴りたい気持ちを押さえて「…娘を殺されて平気なヒトっていないじゃない。今日は寝かせてください。詩織と一緒に寝かせてください」と押し殺した声で答えていた。
「共犯者」と言ってもいい上尾署の片桐敏男はにやけながらふざけた記者会見を行い、図に乗ったマスコミは詩織をブランド狂いだの風俗嬢だの面白おかしく書き立てる。
猪野家の人々は好奇の視線にもさらされるようになり、マスコミの前に一切出なくなっていった。
そして殺されてしまってから上尾署はストーカー被害を訴えていた時より行動的になる。
猪野家に上がり込み、詩織の部屋からいろいろな物品を捜査のために押収していったのだが、母の京子が「これだけはどうしても渡さない!」と両手に握って離さなかったものがあった。
それは三月に小松の危険性を知って、別れを告げようと決意した詩織が両親や友人たちに書き残した遺書である。
それは小松という狂人と付き合ってしまった後悔、両親・弟たちへの思いと「20年間幸せいっぱいの毎日をありがとう」という感謝、そしてそれは最後にこう締めくくられていた。
…さいこーのお父さん、お母さん 大大大すき。
今度生まれてくるときも二人の子供で、弟も〇〇と□□がいいな。
その時は詩織って名前がふさわしい女の子になるからね。汚い字でごめん。
今までありいがとう。さようなら。元気でね。
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