第13話 卑劣極まりない上尾署

そもそもこの事件、防ぐことができた。

他の地域に住んでいたならば、猪野詩織は今頃高校生か大学生くらいの子供がいる恰幅のいいお母さんであったことだろう。

彼女の住んでいた場所を管轄する上尾署が日本最低の警察署であったことがこの悲劇の大きな要因であると断言できる。

上尾署がきちんと警察官の仕事をしていればよかったのだ。


地獄に墜ちた小松和人は異常な男ではあったが、全く向こう見ずなトンパチだったわけではない。

和人は詩織の前に付き合っていた女子大生にもストーカー行為をしていたのだが、その時に被害を訴えられた川越署は迅速に対処。

和人に接触するやたちどころにストーカー行為は止んだという。

つまり警察として正常に動いていれば殺されることはまずなかったし、そもそもストーカー行為に苦しめられることもなかったはずなのだ。


だが怠慢極まりない上尾署は猪野詩織が壮絶なストーカー被害に遭い続けるのを放置し、暴走した一味の一人によって命を奪われてしまった。

そして警察に見殺しにされたのは誰の目から見ても明らかなことなのは上尾署も当然気づいていたから、小松和人が自殺してくれたことは彼らにとって喜ばしいことだったはずだ。

なぜなら和人が生きて逮捕されて殺しの依頼をしたのは自分だと言おうものなら、ストーカーだけでなく殺人行為を放置したことが確定するからである。

だから「小松武史が殺せと命令した」という久保田の嘘の証言は上尾署にとって渡りに船であったことだろう。

常識的に考えて詩織にフラれたわけでもない武史が殺人の指令を出すとは考えづらいが、もしそうであったならば少なくとも「予測できなかった」という言い訳は立つのではないだろうか。


しかもこの上尾署、立証されてはいないが小松たちとは癒着していた可能性がある。

小松武史の証言で上尾署の署員が小松兄弟の店によく客として来ていたというのだ。

和人が生前「政治家や警察にも顔が効く」と詩織を脅していたのは客として来ていた上尾署員と親密だったからではないのか?

「猪野詩織という悪い小娘をちょっと懲らしめたいけど、いいでしょ?あの女さんざん貢がせてスパッと別れを切り出してきたんすよ」とか人たらしの和人にさわやかで寂しげな笑顔で言われて「ああ、やっちゃえよそんな悪い女」とか答えたりしてたんじゃないだろうな?

だとすればこいつらはどこかの失敗国家の警察官と同じレベルの警察のコスプレをしているならず者集団ということになる。


だが、この姑息極まりない隠蔽も隠し通すことはできなかった。

写真週刊誌『FOCUS』やテレビ朝日の報道テレビ番組『ザ・スクープ』の報道で被害者の友人の証言などから、ストーカー被害の訴えを上尾署が突っぱね続けていたことが発覚。

告訴の取り下げ要請までしており、それをやっていないと嘘までついていたことがすっぱ抜かれたのだ。


そしてこの『ザ・スクープ』の放送から3日後の参議院予算委員会では、民主党の議員が警察庁長官らを厳しく追及。

警察は、被害者家族への対応に不備があったことを認め、怠慢があったと答弁した。また、埼玉県警は「告訴取り下げ要請」の疑惑について内部調査を行い、証拠の改竄など不正が発覚。

上尾署の片桐敏男刑事第二課課長、古田裕一係長、本多剛課員が懲戒免職され、県警本部長以下にも減給・戒告処分が下される。

本部長は「殺害は避けられた」と謝罪し、遺族にも直接謝意を伝えた。


なお、犯人である小松武史には無期懲役、実行犯である久保田祥史には懲役18年、運転手役の川上聡、見張り役の伊藤嘉孝にはそれぞれ懲役15年の判決が下った。

肝心の小松和人は自殺してしまったので罰することができなかったが、もし生きていて中途半端な刑期だったりしたら胸糞が悪かったであろうし、出てきたらまた悪さをしたであろうから、地獄に墜ちてくれたことは社会にとって喜ばしいことである。


小松武史は「自分は殺人の指示などしていない」として傷害致死を主張したが、それは覆らず、無期懲役の判決が確定。

その主張は正しいのであろうが、ストーカー犯罪以外にも強盗傷害事件を起こしたり、実際に詩織を拉致しようとしていたりしたならず者だから一生刑務所にいるべき奴であろう。


だが、猪野詩織という誰からも愛された素晴らしい女性はもう帰ってこない。

小松和人という金を持った稀代のサイコパスに会った不運と上尾署という滅多にいない怠慢な警察署に訴えいるしかなかったという不運。

この二つのありえないほどの不運の合作によって起きてしまった悲劇であった。

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1999年・桶川ストーカー殺人事件~野放しにされた最強最悪ストーカー~ 44年の童貞地獄 @komaetarou

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