第9話 久保田の決意
詩織と猪野家への集団ストーカー行為がひどくなっていた夏。
小松和人の兄武史、久保田、そして後に殺害に重要な役割を果たすことになる武史の部下の川上聡(31歳)、伊藤嘉孝(32歳)は和人に会いに沖縄に行っている。
女にフラれて仕事をほっぽりだして沖縄に引きこもってしまった和人の様子見と励まそうとして訪問したようだ。
一行は心配していたが、和人は元気そうであり、普通に話ができる状態であったという。
沖縄に着いて二日目、皆でビーチに行き、観光船に乗ったり海を眺めたりして観光気分になっていた時、久保田は和人と二人きりになった瞬間があり、「皆さん私のために一生懸命やってくれていますか?」と訊かれた。
「ええ、頑張ってやってますよ」と答えた久保田だったが、それは店の運営のことなのか自分を振った女への嫌がらせのことを言っているのか分からなかったが、どうやら後者だった。
「私はね、彼女と刺し違えようと考えたこともあるんですよ」
この年下の優男は暗い顔でそんなことを言ったのだ。
女にフラれたくらいで何言ってるんだこのヒト?と久保田も考えたようだが、これまでさんざん自分に気を使ってくれたマネージャーの憔悴した表情を見て、久保田は自分が何とかしなければと思ってしまったようである。
「マネージャーの無念は私が晴らしますよ」
思わずそう言ってしまった時、死んだようになっていた和人の顔が一瞬和らいだ。
だが、この何気ない一言が自分で何もかも背負い込むようなところがあり、悪い意味で真面目だった久保田自身を追い込むことになる。
ちなみに和人はこの時、詩織以外にもあるテレホンクラブに恨みを抱き、いたずら電話用に携帯まで購入。
何百回も営業妨害のための嫌がらせの電話をかけまくっている。
この男は見た目のさわやかさとは対照的に人間離れした執拗さがあったのだが、その異常性を久保田はじめ自分の手駒となる従業員には感じさせない狡猾さも持ち合わせていたのだ。
そしてその後、自分を一方的に振ったにっくき猪野詩織に対しては大枚はたいて従業員をほぼ総動員してストーカー行為をしているのに、彼女は自分に詫びを入れてこないし、雇った興信所の報告によると父親も職を失わず、一家離散もしやしない、ぜんぜんこたえていない様に和人の目には映るようになっていく。
兄貴のやろう何してやがんだ?やり方ぬるくねえか?まじめにやってんのか?
それと最近店の売り上げの落ち込みハンパねえ。
もしかして兄貴、カネちょろまかしてねえか?
どいつもこいつもオレをコケにしやがって!
和人はそれから兄の武史に目に見える効果が出るような嫌がらせを何度も迫っていたようだ。
実際に店の売り上げをちょろまかし、経営の乗っ取りをたくらんでいた武史はサイコな弟の自分に対する嫌がらせのような催促に辟易するようになる。
かといってこいつは無視したりするとどんなことをしてくるか分からない奴だ。
武史は一方的に金を渡して面倒くさいことを押し付けてくる和人にうんざりしていたが、これだけ色々やっているのにいつまでたっても泣きを入れてこない強情な猪野家の人間にもムカつくようになっていた。
あいつら…、もっとわかりやすいことしてやろうか。
武史たちは嫌がらせだけではなく、詩織を誘拐して監禁、レイプしてそれを撮影することまで考えていたらしい。
禁止されている副業をやりまくる不良消防署員の小松武史は、過去に商売で揉めた宝石商を川上たちと暴行して宝石を奪ったこともあるような反社会的傾向がかなり強い男なのだ。
そして実際に猪野家の車にペンキをまいて、飼っている犬に毒餌を食べさせて毒殺する行動を川上、伊藤、久保田にやらせてもいる。
だが、これは犬に吠えられ警戒していた猪野家の人々が一斉に外に出てきたために失敗に終わった。
9月から10月にかけて猪野家に対する目立った嫌がらせはほとんどなかったようだが、武史にせっつかれるようになった久保田、川上、伊藤は水面下で最終的な解決に向けた謀議を進めていた。
それも中途半端な嫌がらせではなく、本格的な危害を加えるためのだ。
そしてその場において「俺がやるよ」と実行犯に名乗りを上げた者がいた。
久保田である。
一方、小松たちの側から見て嫌がらせを受け続けても平気でいるように見えた猪野詩織は9月下旬に上尾署の署員が告訴の取り下げを求めて来てから絶望すらしていた。
しばらく止まっていた嫌がらせも再開される。
10月16日の深夜に車二台が猪野家の壁にぴったりと停車し、エンジンを空ぶかしし、音楽を大音響でかけてきたのだ。
その音楽は小松和人が好きだった曲であり、「もう終わったと思うなよ」というメッセージだった。
家族の者が表に飛び出し、車の写真を撮ってナンバーも控えて通報したが、怠慢な上尾署はやはり動く気配はない。
「私が殺されたら、犯人は小松だかんね」
警察に守ってもらえず、何をされるか分からないと怯え続け、それが限界を迎えつつあった詩織はある友人にそう言った。
それは10月23日のこと。
彼女が命を絶たれる3日前である。
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