第8話 他人を操るサイコパス男・小松和人

元交際相手の猪野詩織ばかりかその家族も巻き込んだ大掛かりで執拗なストーカー行為はもちろん小松和人一人でやっているわけではない。

小松は池袋や西川口で風俗店を経営しており、そこの店で働く従業員をこれらの嫌がらせに動員していた。

異常な性格の男だったが、無許可の店舗だったとはいえ風俗店経営者としては成功していたのだ。


埼玉県生まれの和人は沖縄の専門学校を出た後、さまざまな職を経て風俗店の従業員となり、務めていた店の常連客をスポンサーにして1995年ころに独立。

彼の店は池袋のマンションなどで営業を行うファッションヘルス(当時はマンションヘルス、略してマンヘルと呼ばれていた)で、二十代の若い風俗嬢ではなく三十代以上の女性を風俗嬢にした「人妻系」のヘルスであり、「ドリーム」「山の手貴婦人」「奥様恋愛クラブ」などの系列の店舗はスキマを突いた需要があって大繁盛。

和人は二十代後半にして億近い金を稼いでいた。


彼は創業者でありオーナー以外の何者でもなかったが、オーナーとして自分の実兄の小松武史を立てており、自分は「浅倉」や「山口」という偽名を名乗って表向きはマネージャーという肩書であった。

そして店では「一条」という偽名を名乗る武史は6月15日に猪野家に押しかけた時、和人の上司を名乗って詩織たちを脅した人物である。


武史は和人同様180センチを超える長身で、弟とは違っていかつい容貌。

どっぷり裏社会の人間に見えるが、意外なことに消防署の職員である。

もっとも、勤務先の職員との付き合いはあまりなく、中古車や宝石の販売などの副業に精を出す不良消防署員だった。

また、いかつい容貌で実兄であるにもかかわらず、弟の和人には手を焼いていたようである。

まず弟は精神的に不安定かつ偏執狂であり、詩織と付き合う前に交際していた女性に対しても相手がノイローゼになるまでストーカーを働いていた。

また、和人は自分の意にそわないことを武史がした時に副業として中古車販売をやっていることを勤務先に密告したことがあるし、つながりのあるヤクザに依頼して嫌がらせをしてきたりと何をしてくるか分からない奴なのだ。


二年前の1997年にこの風俗店の表向きのオーナーになったのも和人に乞われたからであり、それは和人が従業員に裏切られて殺されることを恐れたからだという。

猪野家に押しかけたり、猪野詩織のピンクチラシを印刷してばらまくなどの異常な嫌がらせを手伝っているのもそんなヤバい弟が駄々をこねるからだった。

和人は嫌がらせの費用として武史に8千万円もの金を渡し、夏には東京を去って沖縄に高跳び。

沖縄から指令を出していたようだったが、大枚をはたいた大がかりな嫌がらせにも関わらずなかなか自分に泣きをいれてこない詩織と成果が出せない兄にいら立ってもいたようである。


そんなトンパチで近寄ると危険な和人だったが、実は店の従業員たちに結構好かれていた。

和人は一見すると優男のイケメン、物腰も柔らかで第一印象だけは良く、深くかかわらなければナイスガイに見えてしまう奴なのだ。

嫌がらせに動員される従業員たちも元々質の悪い奴が多く、破格の報酬を与えられていることもあって、やさしいマネージャーを傷つけた悪い女を懲らしめるための行動に面白半分で参加していたのである。

一方、武骨で態度が威圧的な武史は損な役回りで、従業員には嫌われていた。

特に小松兄弟の経営するヘルスの一店舗を任されており、後に詩織刺殺の実行犯となる久保田祥史(34歳)もその一人だ。

暴力団の準構成員だったこともあるこの男は常に上から目線の武史を嫌い、何かと自分に対してマメに気を使ってくれるマネージャーの和人に好印象を抱いていた。

彼は風俗店の店長としての業務が忙しく嫌がらせに参加していなかったが、年下の和人に対して「この人のためだったら」とすら考えるようになる。

もっとも、嫌われ役になることは和人があらかじめ武史に求めたことであり、久保田はじめ従業員たちは操られていたことになるのだが。


そして、久保田の「この人のためだったら」というゆがんだ思い込みが後に起こる悲劇の大きな要因の一つになる。

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