第6話 押しかけて来た男たち

別れをきっぱりと告げたその日の夜午後8時ごろの猪野家、玄関の外からいきなり男のドスのきいた大声が響いた。


「詩織さんいますかー!?お邪魔しまーす!」


「なんですかあなたたちは?ちょっと、ちょっと」対応に出た母親・京子を無視して男たちがどやどやと家に上がりこんできた。

家の中に入って来たのは三人で、その中には小松和人もいる。


小松は早くも行動を起こしたのである。

人を伴って猪野家に押しかけたのだ。

家にいた詩織も驚いて部屋から出てくる。


オロオロする母親を尻目に居間にあがりこんだ男たち。

だが、詩織は顔をこわばらせながら気丈にもこの無法者たちにテーブルをはさんで対峙した。

まさかこうなるとは思わなかったが、いざという時に証拠となる音声を録音するための録音テープを用意して。


「何の用ですか?」とこわごわ聞いた詩織に答えたのは小松和人ではなく、全く見知らぬ小太りの大柄な男。

パンチパーマで光物をつけたガラの悪い三十男である。


「私は外車の販売をやっとる会社の者で、この小松は私の部下なんだがね」


男は小松の上司を名乗り、もう一人の何もしゃべらない四十がらみの男は小松やこの上司の男を雇っている社長らしい。

そしてどう見てもカタギに見えない上司は居間中に響くくらいの声で居合わせた母親に聞かせるように淡々としゃべり続ける。


「小松がウチの金を500万くらい使いこんだんですよ。それで何に使ったって聞いたら、オタクさんとこのお嬢さんにそそのかされて250万くらい使ったって言うじゃないですか。しかも精神的におかしくされてるんですよ。こりゃあ、お嬢さんにも責任あると思いませんかねえ?誠意見せてもらいたいもんですな。さもなくば出るとこ出たっていいんですよ?」


無茶苦茶な言いがかりである。

詩織はうつむき、母親はオロオロしっぱなしだ。

その間、小松はずっと無言で時々薄ら笑いを浮かべていた。


ならず者たちが家に上がりこんだ一時間後の午後9時ごろ、この家の主で詩織の父親の憲一が会社から帰って来る。

憲一は見知らぬ男たちが家に勝手に上がりこんで妻や娘を脅しているのに驚き、そして激怒した。


「話があるなら警察で聞く!さあ、行こう!!」


先ほどの男は憲一に対してもさっきと同じようなことを言い放ち、250万円を弁済しなければ告訴すると脅してきたが、こういう場合は父親は頼りになる。


「女子供しかいない家に大の男が三人も上がり込んでどういうつもりだ!脅迫だぞ!贈られた物があるなら持って帰れ!!」

「返してもらっても困んだよ」


この時、初めてさっきから黙っていた小松が口を開いた。


父親と小松の上司と押し問答がしばらく続いた後、向こうは折れたらしく退散しようと腰を上げたが、帰り際に「ただではすまさねえ!会社に内容証明の手紙送ってやっからよ!!」と捨て台詞を吐いて出て行った。


小松たちが帰った後、詩織は震える声で何が何だか分からない父親とある程度娘からいきさつを聞いていた母親に改めてこれまでのことを話した。

親に知られたくないと、ずっと黙っていた小松との交際のことである。


両親は娘がそんな目に遭い、自分たちに心配かけまいとしていたことに驚いたが「もう一人で耐えることはない」と励ました。

この日の脅迫だけでなく、詩織は小松和人とまだ交際させられていた時から脅迫めいた暴言を全て録音テープに録音していたのだ。

これを持って警察に行こうということになった。


今晩のことを含めて、これはどう考えても犯罪である。

こんなことがまかり通っていいはずがない。

自分たちが悪いわけではないんだから、警察の出番だ。


だが、猪野家の人々は住んでいた地域が悪かった。

なぜならそこを管轄する警察署が市民を守る気がほとんどない上尾署だったからだ。






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