第4話 イケメン青年実業家の本性

1999年1月6日、まだ正月の雰囲気の残るこの日、大宮駅東口の繁華街南銀座にあるゲームセンターで猪野詩織は友達と一緒にプリクラを撮ろうとしていた。

詩織はこの時代の若い女性のご多分に漏れずプリクラが大好きなのだ。


だが、このプリクラの機械はちょっとおかしい。

金を入れたのに機械がうまく作動せず、「店員さん呼ぼっか」などと言っている時だった。


「どうしたの?」


詩織たちの後ろから二人連れの若い男たち。

そのうちの一人の声をかけてきたその男は180センチくらいの身長、くせ毛を薄く染めている。

そしてなかなかのイケメンだ。

隣のもう一人のツレの男もまた男性的な魅力にあふれており、詩織の友達の方は一気にその男にぞっこんになる。

詩織も話しかけてきた方の180センチ男に悪い気はせず、話が弾んだ四人の男女は自然とカラオケに行くことになった。


カラオケの間、その男は詩織に特別な関心を示すようになる。

そりゃそうだ。

詩織のような女を好きにならない男の方が少ないので無理もない。


彼女もまたルックスが良く、しゃべり方もさわやかな感じがするその男のアプローチをまんざらでもなく受け入れた。

彼は「小松誠」と名乗っており、現在詩織より三つ年上の23歳。

職業は外車のディーラーをしていて月に1千万は稼いでいると豪語する。

しかし、その自信満々の態度には何か隠しきれない影があったのだが、純真なところのあった詩織はそれにまだ気づかなかった。


最初のうちは優しい言葉をかけ、詩織にとっても悪い印象はなかった。

小松は本当に金を持っており、ベンツのオープンカーを愛車にしていて、週に一回くらい横浜などへドライブへ出かけるなどする。

沖縄が好きだと言っていた小松は彼女を連れて沖縄にも行った。

もちろん費用は小松持ちである。


長身でルックスがいいし、何より金を持っていて気前がいい。

しかし、理想的すぎる彼氏に見えたこの小松の異常な面が露わになるのに時間はかからなかった。


小松はデートするたびに詩織にプレゼントを買ってくれるのだが、それがやたらと値の張るブランド品のバッグや高級スーツなのだ。

奥ゆかしい性格の詩織は毎回そんな高価なものを買ってくれるのに少し不安を覚えたらしく、「もうそんなに高いものたくさん要らないよ」と固辞したのだが、思わぬ反応が返ってきた。


「なんでだよ!なんで受け取れねえんだ!?これがオレの愛情表現なんだよ!!」などと、とんでもない大声で吠えられたのだ。


その時はびっくりしながらも「いや、でも・・・」「いいから受け取ってくれよ」などというやり取りでうやむやになったが、この頃から「この人おかしくない?」という気持ちになってきた。


そういえば小松という男はよくよく考えればおかしいところの目立つ男であった。

車の運転は乱暴で、急発進したり急ブレーキしょっちゅうだし、目的地をコロコロ変える。

運転中突然カメラを構えて詩織の写真を撮ったり、時々何の前触れもなく奇声を上げたり、鏡の前でずっとニヤニヤしていることもある。

詩織はその度に驚いていたが、あんまり重なるので何かがおかしいと感じ始めた。

さらに、彼の手首にはリストカットのような痕があるではないか。

詩織の友達のうち何人かは小松と会った者もいたが、早い段階で「この人、やばいんじゃない?」と警戒していた者が少なからずいたようだ。


そしてまだまだこれだけではない。


ある日、小松は詩織に「入院したから来て欲しい」と言ってきた。

一応まだ彼氏だという認識があった小松を心配した彼女が病院に行くと、小松の病室には彼の取り巻きのような男たち。

それも何となくガラの悪そうな連中である。

彼らは詩織が病室に入ると「ういっす!失礼します」と言って出て行った。

まるで暴力団組員みたいなのだ。


なにより小松が入院した理由に驚く。

彼はなんと、「池袋の横断歩道でミニパトにわざとぶつかってやった。赤旗にもこのことは話しておいたから、警察はオレの言いなりだ」と言うではないか。

詩織はこの男が一体何者なのか、呆然とする。

彼の話は支離滅裂だし、なんでそんなことをするのかますます怪しさが募るばかりだった。


それからほどない3月20日、決定的な事態が起きる。


この日詩織は池袋にある小松のマンションに遊びに行った。

小松が住むというそのマンションの部屋は何もないがらんとした殺風景な部屋だったのだが、一台カメラが仕込まれていたのに気付く。

それも自分を撮影しているような方向と角度でだ。


何気なく「これ、何?」と詩織が尋ねた瞬間だった。

小松がこれまで見たことのないほどの豹変をする。


「オレをナメてんのか!オルアー!!!」


小松は大声で咆哮するや、詩織の腕を引っ張って隣の部屋まで引っ張っていき、壁に押し付けたのだ。

詩織も165センチと女性としては長身だったが180センチの大男の小松にはなすすべもない。

そして小松は壁に背を向けて立った形になった詩織の顔の左右ギリギリ、壁に向かってパンチを連打し始めた。

その勢いに、詩織は壁にもたれかかって顔を伏せ、怯え続けるしかない。


「オレに逆らうんじゃねえよ!!なんなら今までプレゼントしたモンの金返しやがれ!!!返せねえならソープで働けえ!!!!」


とんでもない言葉の暴力である。

詩織はショックで言葉を失った。


その時の小松の鬼気迫る狂気はやがて止んだが、ニヤニヤ笑いながらこう言い放つ。


「親に言われたくねえだろ?お前は今まで通りいい子にしてりゃいいんだよ」


その瞬間、詩織の心の中で何かが壊れた。

今までの優しさは仮面であり、その下にはこの世のものとは思えないほどの狂気が潜んでいたことを思い知る。


二人の関係が変わった瞬間だった。

そして同時に、詩織にとって地獄の日々が始まった瞬間でもあった。

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