第2話 不可解な事実と暴走する報道
当初通り魔だと思われていた桶川駅前での白昼の刺殺事件。
すぐに被害者の猪野詩織が以前に交際していた男による長期間のストーカー被害に遭って警察に相談していたことが分かった。
自然と、この事件はそのストーカー男が関係している者と推測されたのだが、ほどなくして不可解な事実がいくつか浮かび上がる。
そのストーカーをやっていた男は二十代後半で、180センチくらいの長身の色男だったというのだ。
桶川マイン前で詩織を刺して逃げた男の目撃情報は三十がらみの170センチくらいの小太りの男で一致しており、特徴から言って明らかに別人である。
マスコミでは当時珍しかった殺し屋による嘱託殺人では?と騒がれた。
また、より不可解だったのは6月にその元交際相手の男を含む三人が被害者の家に怒鳴り込んでいたこと、さらには被害女性を誹謗中傷するビラがまかれるなど、そのストーカー行為がとても少人数でできるものではなく、かつ極めて悪質なものであったことだ。
普通は警察に通報するか、そもそも交際していたんだから相手が誰だか明白なはずであり、殺人に発展する前になんとかできたのではないか?
そんな折、事件についての記者会見が捜査本部の行われた上尾署で行われる。
しかし、その会見は異様なものだった。
捜査一課長の代理を名乗る片桐敏男刑事二課長は笑みを浮かべ、どこを刺されたかなど事件の詳細をヘラヘラ笑いながら記者団に説明。
さらになぜか被害者の猪野詩織の時計やリュックのブランド名を公表したのだが、それは非常に値が張るハイブランドが多かった。
この事件、殺されたのは若い女性、しかもそれなりの美女だったことからマスコミの報道はさらに加熱することになる。
マスコミは悲しみに沈む被害者宅に押しかけ、遺族は記者やカメラマンの中をくぐるように出入りしなければならなかった。
遠慮がないマスコミは葬式の最中にも周りを取り囲み、父親の許可を取ったと言って葬儀の席を撮影しようとした者まで現れる始末。
被害者の父はマスコミの執拗な取材に「今日は娘と一緒に寝かせてくださいよ」と憔悴しきった顔で話していた。
そして肝心の加害者に決まっている元交際相手だが、もぐりの風俗店を経営する男でかなりの金を持っており、よく詩織にブランド品のバッグなどを買っていたことが判明する。
マスコミの取材はゆがんだ方向に加熱した。
週刊誌の記者などは詩織がバーのようなところで働いていたことがあることをつかみ、先の記者会見でブランド品のリュックなどを持っていたことも合わせて、被害者を「ブランド依存症の女子大生」「キャバ嬢か風俗嬢もしていた」などと面白半分に報道。
猪野詩織は本来純朴な印象の顔立ちの持ち主だったが、それらの誹謗中傷は写真の角度やメイクによって彼女の顔がそれなりに艶めかしく見えたものだから説得力を持ってしまった。
こうなると一般の人々の間で「自業自得で殺されたのでは?」という印象すら持たれる。
詩織は死後も殺されることになってしまったのだ。
だが、彼女の実情は大いに違っていた。
そして、彼女を苦しめ、殺めた犯人は想像を絶する男だった。
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