40.「よーし!!どんどん撮りますよ~!!」

ファルツレイン侯爵家。ヴィンフェリア王国の南部に広大な領土を持つ王国随一の権力を持つ一族である。

その歴史は国の建国時に遡り、王国成立の際に功のあった貴族を祖としている。

侯爵位を与えられて以降、ファルツレインの栄華は建国から一度も陰ることはなく、王国を支える大貴族の筆頭として、臣下としての役目を果たしてきた。

そしてイライザが当主になりその卓越した手腕で侯爵家を切り盛りした頃から、ファルツレイン侯爵家の権力は王国の貴族社会の頂点として君臨している。

王国の政治の中枢にはファルツレインの息が掛かった者が何人もおり、その権力は王家すら無視する事が出来ない程に強大だ。そして何より建国から武家の頭領として軍部を掌握し続けてきた侯爵家は、その圧倒的な武力を背景にした政治力により王国史に名を残すほどの強大な権力で以て王国の影の支配者として君臨し続けていた。


それと同時にファルツレインは芸術をこよなく愛する一族としてもよく知られている。特にイライザの代になってからはその傾向は顕著に表れている。

ファルツレインの当主は代々芸術を愛し、時には自ら芸術を創作するなどしている。そして当主が優れた芸術を創った場合は、それを後世に残すべく全力を尽くす。

ファルツレインの当主は家の歴史に名を刻むことよりも、芸術史に残る作品を創り上げることに生涯を捧げるである。


そして今、その芸術は至高の存在を以てして完成を迎えようとしていた。


「おぉ……なんという美しさ。なんという輝き。あぁ……まさしくお主は至高の美の芸術……!」


ラインフィルの貴族街にあるファルツレインの屋敷にある広間。その一角で、ファルツレイン侯ことイライザは至高の芸術を前に打ち震えていた。

イライザの前に佇むのはエルフの美青年、エリム。彼はイライザにうっとりとした表情で見られ、恥ずかしそうに頬を赤らめる。

彼は現在ファルツレインの屋敷にいた。何故ここにいるのかというと、イライザとアイリスが交わした密約のせいで彼はイライザに一日貸し出される事になったからだ。

まるで物のように扱われるエリムであったが、彼自身はその事自体に何とも思っていない。むしろイライザという美魔女と一緒にいれて幸せを感じていた。

しかし、今のエリムは恥ずかしさで一杯であった。何故ならそれは……


「あ、あの……イライザ様。この恰好は一体?」


エリムは執事が着るような燕尾服を身に纏っていた。その執事然とした服装は彼にピッタリと似合い、どこか気品を感じさせる。

彼の為にあつらえたかのようなその服を身に纏っているのは、輝くような金髪に透き通るような碧眼を持つ美青年。

それが今のエリムの姿だ。彼は自分がこのような恰好をしていることに戸惑いを隠せない様子である。

これではまるで執事さんではないか。そう思ったエリムだったが、イライザは彼に優しく微笑みかける。


「美しい。お主は妾が今まで見てきたどんな男よりも美しく、そして優雅だ……」


エリムを見つめるイライザの瞳は、まるで恋する乙女のようにキラキラしていた。

その様子は王国内で恐れられる侯爵ではなく、一人の少女が芸術品を見て胸を高鳴らせているかのようだ。

まるで恋する少女のようなイライザの様子に、エリムは困惑した様子佇むしかなかった。


「美青年に執事服……これはまさしく女の夢よ。このような芸術、妾は見た事が無い。あぁ、まさに神が造りし芸術とはこのことだ!」


エリムには彼女が感じている感覚がよく分からなかった。男の執事服に何故そんな興奮しているのだろうか。

もしかしてこれは美少女にメイド服を着せるようなものなのだろうか?それならば納得できるが……。

エリムの困惑を他所に興奮冷めやらぬ様子でイライザはエリムを熱の籠った視線で見つめる。

こんなにも自分を褒めてくれる女性に、エリムは今まで出会ったことがなかった。だから彼は余計にどう反応したらいいのか分からなかった。

アイリスはもっと情熱的に自分を求めてくるが、目の前の女性イライザは違う。理知的で、それでいてどこか本能的な欲望を感じる。

それはまさに、芸術を愛する女性の姿であった。


そんな時だ。不意に広間の扉が開かれ、わらわらと複数の女性達が入ってくる。


「イライザ様。準備を致しますので少々お待ちください」

「うむ」


彼女達はファルツレイン家の使用人であった。この屋敷で働くメイド達である。

彼女達は美青年であるエリムを見ると、彼をうっとりとした表情で見つめるがそれも一瞬。主が目の前にいるのでなんとか冷静さを取り戻したメイド達は手慣れた手付きでなにやら機材を準備する。

一体何をするのだろうか?エリムは興味深そうに彼女達の様子を見つめていた。


「あの、イライザ様。これは?」

「ふふ……お主のような芸術をこの一時だけにとどめるのはもったいない。永遠に、後世に残す為に写真を撮っておくのじゃ」


写真?この世界にも写真があるのか……とエリムは思ったがよく考えたら母プリムラからもお見合い写真を見せられたし、そもそも少し前にイライザが水晶玉で記録した映像を再生していたではないか。

どうやらこの世界では映像や画像を保存する技術は普及しているらしい……。

しかし、この姿を撮られるのは恥ずかしいなぁ。しかもなんか永遠に残すとか言っているし……。


エリムがそんな事を考えていると、早くも準備が終わったようでエリムの前には三脚らしき物の上に大きな水晶玉が固定されている。



「記録水晶ヨシッ。テスト再生……ヨシッ。起動確認ヨシッ。準備完了しました、イライザ様」

「ご苦労。では、始めようぞ」


そう言うとイライザは近くの小さなテーブルの上に置いてあった箱から数個の魔石を取り出した。

その魔石はまるで虹色に輝くように美しく、エリムはそれに見入ってしまう。それはまるで宝石のようでさえあった。

そんな美しい魔石を、イライザは記録水晶に近づけると、それに反応するかの如く魔石が輝き始める。まるで共鳴するかのようなその現象に、エリムは目を奪われてしまった。

やがて魔石は光輝き、水晶の中にその光が吸い込まれていく。そして役目を終えたとばかりに輝きが収まった。


「よーし……では任せるぞ!」

「お任せください」


イライザはそう言うと一歩離れたところに立ち、代わりにメイド達が水晶玉の後ろに、そして水晶の正面にエリムが立つ。

一体何をするのだろうか?すると一人のメイドがエリムに向かってこう言った。


「ではエリム様。これから撮影を始めます。最初は思いのままのポーズをしてください」

「えっ?」


エリムは困惑した。思いのままのポーズと言われても……。モデルの経験なんかないしどうすれば……。

戸惑っているエリムに、イライザが助言をする。


「エリムよ。そう難しく考えないでよい。ただお主らしく振る舞ってくれればいい」


自分らしく……。よく分からないが、彼女がそう望むならそうしてあげよう。

エリムはアイリスの為にここにいるのだ。彼女の顔に泥を塗る訳にはいかない。

エリムはキリッとした表情で水晶玉を見つめる。するとメイド達が興奮したように黄色い声を上げ、水晶の輝きも増していく。


「で、ではお願いします!」


メイドの一声と共にエリムはにこっと微笑み、可愛らしいポーズをバッチリ決めた。

その瞬間、水晶玉がフラッシュし、エリムの姿が記録されていく。


「はいOK!出力しまーす!」


メイド達は流れるような動作で一枚の紙を水晶玉に被せるように置く。そして紙をセットすると、再び水晶玉が光り輝き記録水晶の画像が紙の中に再生されていった。

そして一枚の紙には執事服を着て笑みを浮かべる天使のようなエリムの姿が映し出されていた。

現像された写真をイライザとメイド達は恍惚の表情で眺め、その美しい写真に目を奪われる。

それはまるで一枚の絵画のようで、数多の美に触れて来たイライザもその美しさに目を奪われてしまう程であった。


「なんという美しい……美少年執事の執事姿……。この一枚だけでどれ程の値が付くか……」

「これは後世に残すべき芸術品ですね!この絵を貴族街に広めていきましょう」

「これを見て『萌え』ない女性はいないでしょうね!」


どうやら彼女達には受けているようだが、エリムは勘弁して欲しかった。何が悲しくて自分のコスプレ写真をばら撒かれなければいけないのか。

そんな事をされたら恥ずかしさのあまり枕に顔をうずめて足をバタバタしてしまうだろう……

メイド達は興奮冷めやらぬ様子で再び水晶玉の前に立つと、エリムに向かって笑顔でこう告げる。


「エリム様。次はもっと凛々しい感じの御姿でお願いします!♡」


え?まだやるの……?エリムはそう思ったが、まぁ一枚だけというのも可哀想か。

折角この場を用意してくれたのだし、ならば応えてあげようと、エリムは再び水晶玉の前に立ち今度は凛々しい雰囲気を醸し出しながらポーズをきめる。

その瞬間、メイド達の「「キャー!」」という黄色い声と同時に水晶玉がフラッシュし、紙をセットすると先程の凛々しいエリムの姿が映し出される。


「こ……これは……ぶふぉっ……」

「なんて尊いの……!♡」

「あぁ……まさに眼福……!」


エリムの写真に満足するメイド達。……ファルツレインに仕える使用人達は皆いいところの貴族の子女である。つまりファルツレインの一門から奉公してきた女性なのだが、例に漏れず彼女達もイライザと同じように芸術を愛する者達である。

彼女達は芸術を愛するあまり、芸術作品の前に現れる尊い存在を『萌え』てしまったようだ。

エリムの知らないところで『萌え』は伝染していく……。


「次はもっと大人な格好でお願いします!」


大人な恰好……?ちょっとHなポーズ?いや、しかし執事服でHなポーズと言われても、エリムには全く思いつかない。

さてどうするか?エリムは「うーん……」と悩んだ末にあることを思い付いた。


「じ、じゃあこんな感じで……」


エリムはおずおずと床に這いつくばると、自らの身体を抱き締めるよう身体をくねらせる。そして羞恥で顔を真っ赤にしながら涙目でメイド達を見つめた。

エリムのその姿に、メイド達は興奮が天元突破した。


「うひょー!可愛いー!」

「やばいこれヤバいこれヤバい!あぁ……もう芸術品よ!」

「最高だわ最高だわ最高だわっ……!」


なんかとんでもないことになったぞ……エリムは困惑する。彼女達は男のこんな姿を見て楽しいのだろうか……?

しかしメイド達はエリムの可愛さに興奮し過ぎてそれどころではないようだ。


「はいフラーッシュ!」


パシャリと、水晶玉がフラッシュし紙をセットすると、新たなエリムの姿が映し出される。

そしてメイド達はその写真を見て……。


「キャーーー!!!♡♡♡これはあかんわああああ!♡♡♡」

「だ、だめ……私もう駄目ですっ!♡♡♡

「ぶ……ぶふっ……!!♡♡」


メイド達は一斉に鼻血を吹き出し、そのまま床にゴロゴロと転がり悶える。

それを見てもエリムは何が何だか分からないと言った様子でオロオロしているだけだった。


「おいお前たち。ファルツレインに仕えている者としてもう少し毅然としないか」


そんなメイド達の様子を見てイライザが呆れるようにそう言った。

流石はファルツレインの当主である。堂々とした佇まいでエリムが映る写真をジッと見つめる。

……しかしエリムは気付いてしまった。彼女も鼻血を垂れ流している事に……。

しかし指摘する訳にもいかない。……なんか怖いから。


「くふっ……!これはもう国宝に指定せねばなるまい……」

「あぁ、流石はイライザ様……慧眼でいらっしゃる……!」

「絵画もいいですが、やはり実物に勝るものはないですね」


鼻血を垂れ流しながら語り合うメイド達を見て、エリムはドン引きしていた。この人達大丈夫か?と……。


「よーし!!どんどん撮りますよ~!!」


そうしてエリムくんの撮影会が始まったのであった。




♢   ♢   ♢




どれくらい経っただろうか。何百枚撮っただろうか。最早数え切れない程の量の写真をメイド達は撮り続けた。

メイド達の興奮も治まるどころか段々と酷くなっていき、ついには彼女達の鼻血の噴水が広間を血塗れにするまでに発展していった。

まるで殺人現場のような惨状だったが、ようやく水晶玉の効力が切れたのかそこで撮影は終わりになった。


「あぁ……なんて素晴らしい写真なのぉ……♡♡」

「この写真でオナ……あ、いえ幸せな気分になれそうです……♡♡」

「芸術……いや、神の領域よ……!!」

「もう駄目……。私、どうにかなってしまいそうですわ……♡」


そんな夢見心地なメイド達。ようやく撮影から解放されたエリムは疲労して様子で近くにあったソファーにどかっと座り、溜息をつきながら天井を見上げる。

何はともあれ、ようやく終わった……。一体この撮影会に何の意味が合ったのだろうか? そう思っていると、イライザがエリムの隣にゆっくりと腰掛けた。


「エリムよ、感謝するぞ」


そう言うイライザは妙にエリムに身体を密着させており、彼女の匂いを鼻腔に感じてしまい、エリムはドキリとする。


「イライザ様、僕なんかにお礼を言う必要はありません。貴女達の御役に立てるのが僕の幸せなんです」


そして自分は奴隷なのだ。彼女達が感謝することなんか何も無い。

イライザはそんなエリムの言葉に一瞬きょとんとした表情を浮かべるが不意にフッと優しい笑顔を浮かべると、エリムの頭を撫でながらこう答えた。


「お主のように、こうして快く撮影に応じてくれる男はおらなんだ。皆、妾やメイドのような女を怖がるか憎悪するかのどっちかだったからな……」


この世界の男はどんなに見目麗しくても、イライザのような女を忌み嫌うものであった。

少し前まで奴隷の美青年を多数侍らせていたイライザであったが、だからこそ彼女は男の本性というものを知っている。

女を拒み、恐れ、憎む男という生き物。……それは、彼女がこの世界で誰よりも痛感している事実であった。

だから彼女達は奴隷に、男に情を移したりすることはなかった。……出来なかったのだ。

しかしエリムは違った。彼は男でありながらも自分を恐れないどころか、むしろ好意を抱いている。

その証拠に今こうしてイライザが身体を寄せても彼は嫌がらないし、恥ずかしそうに目を逸らしている。嫌がっているのではなく、ただ単に女性の身体に慣れていないだけなのだ。(とイライザは思っている……)

だから、彼女は嬉しかった。エリムが自分を怖がりもしなければ、忌み嫌うこともしないから……。

しかもそれが絶世の美男子ならば尚更だ。

イライザは横に座るエリムの顎を摑むとクイッと自分の方に向ける。エリムの綺麗な碧色の瞳がイライザの黒く美しい瞳を映す。


「イライザ様?」


触れられても一切嫌がらずに、無邪気な顔で自身を見つめるエリムにイライザはトクンと胸が高鳴った。

自分から触れたにも関わらずに思わず顔を赤らめるイライザ。

おかしい、他の男にはこんな感情を抱かなかったのに。自分が恥ずかしがるなど、天地がひっくり返ってもあり得なかったのに。


「おぉ、イライザ様が喜んでおられる」

「まるで恋する乙女のような御顔ですね」


そんな二人の様子を見て、メイド達は興味津々で見つめている。

大貴族にして王国の英雄であるファルツレイン侯がまるで生娘のような、初々しい顔を見せる。そんな主人を見るのは、彼女達にとって新鮮で楽しいことであった。

そんなメイド達の思惑も知らず、エリムから視線を逸らすことが出来ないイライザ。

思えば自分は今まで誰かに触れられてもこのように胸を高鳴らせる事は無かった。政略結婚で番になった夫とも、性奴隷として買った奴隷達も、イライザをこんな気持ちにさせる事はなかった。

どうして彼が近くにいるだけでこんなにドキドキするのだろう? 何故なのか。疑問に思う度に心臓の鼓動が早まっていくのを感じた。


いや、分かっている。聡明な彼女は既にその答えを知っている。彼を、エリムを一目見た時から自分は恋に堕ちていたのだと。

彼女には娘がいる。というか孫までいる。そしてエリムは恐らく娘と同年代だ。

自分の子供と同じ歳の青年に恋をするなどと、傍から見れば異様な事だ。しかし彼女はどうしてもこの感情を抑えられなかった。

恋を知った彼女には、今までの自分が如何に荒れていたか理解したのだ。

夫からも愛されぬ日々を送っていたイライザはその穴を埋めるように男の奴隷を買いあさり、情欲のままに彼等を貪った。

だがそれは恋などではなかった。ただただ己の欲を満たす為だけの行為だった。

そんな彼女にとってエリムがどんな存在か、何故彼にこんなにも惹かれるのかは語るまでもないだろう……


「イライザ様?どうかしたのですか?」


黙り込んだイライザに、エリムは心配そうに彼女の顔を覗き込む。その行動にドキッとして彼女は慌ててエリムから離れるとそっぽを向く。


「な、なんでもないっ!!なんでもないぞ!!」


彼女の態度に不思議そうに首を傾げるも深く追及することをしないエリム。

そんなイライザの様子を使用人達は皆暖かい目で見守っていたのだった。


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