39.「───エリムを一日貸してくれ」

ラインフィルにある貴族街。その一角の巨大な邸宅……そこはオルゼオン帝国が誇るノーヴァ公爵家の別邸であった。

豪華絢爛、という言葉が相応しいその屋敷であるが、現在この屋敷は使用人が一人もいない場所である。

何故ならノーヴァ家(元当主)アイリス・ノーヴァがエルフの美青年を購入する為に金を使い切ってしまったからだ。


なので今、この屋敷は人が少なく閑散としている……

という訳ではない。


「エリム様。この果物は美味しゅうございますよ。ほら、口をお開けください」

「いやいや、エリム様!こっちの魚の方が美味しいでありますよ!」

「いいや、こっちの果物だ。さぁ、エリム様!お口をお開けください」


テーブルには色とりどりの食事が積まれており、その果物を甲斐甲斐しく食べさせる美女達がそこにはいた。

別に男女が絡み合っている訳ではないし、如何わしい事をしている訳でも無い。彼女達は純粋にエリムに果物を食べさせてあげているのだ。


「えっと……その、自分で食べられますので」


両脇にいる女性達……プラネとミアの二人にエリムは声を掛けるが、彼女達は一向に引こうとしない。


「なりませんエリム様!小さなお子様が遠慮をなさってはなりません」

「そうでありますよ!さぁ、この果物を!」

「あっ!ちょっ!?」


プラネに無理矢理口を開かれて果物を果物に入れられる。その後ろからミアも腕を伸ばして別の果物を口に運んでくる。

とてもではないが貴族の食堂で繰り広げられる光景ではない姦しい場面だ。


「……」


そんな光景を見ながらこの屋敷の主であるアイリスは優雅に紅茶を飲みながら……その光景をただジッと見ているだけ───


な訳がなかった。


「って何やっとんじゃこらぁ!!!!!!!」


対面に座っていたアイリスはそんな意味不明な光景を見て、不意に立ち上がると大声を上げた。


「あ、アイリス様!?」


突然の怒声に驚くエリム。しかし、そんな事を気にすることなくアイリスはズカズカと歩いていき、その勢いのままエリムの両頬を掴むと自分の方へと強引に顔を向けさせた。


「エリムは私の!私の奴隷なの!!それをなんでアンタらが独占しようとしてんのよ!?つーかなんでアンタらしれっとここにいるわけ!?ねぇ!なんで!?」


アイリスは二人……プラネとミアをキッと睨み付けながらそう言った。

この二人は自分の洗脳能力によって無力化され、命令だけを聞く木偶の坊になった筈だ。しかしそれが何故、勝手に動き回りしまいにはエリムに集ってくるのか。

どうなっているんだ、と言わんばかりにアイリスはマリアをギロリと睨む。

アイリスに睨まれたマリアはしれっとした顔で口を開く。


「何が不満なのですか?お屋形様」

「不満もクソもあるかぁ!?ぜんっぜん洗脳されてないじゃないのこいつら!」

「何を仰いますか。洗脳されてるではありませんか。洗脳真っ只中です。ねぇ、プラネ様にミア様」


マリアの言葉に二人は動きを合わせ、こくりと頷いた。


「あぁ、洗脳されている」

「はい!洗脳されていまーす!」


二人の返答に満足したのか、マリアは満足気な笑みを浮かべアイリスに向き直った。


「ほら、お二人もそう言ってるでしょう。あ、ほら、見てくださいよ、目にハートマークなんか浮かんじゃってるし」

「アホかアンタァ!?洗脳されてる奴が自ら『洗脳されてる』って言う奴が何処の世界にいんのよ!?つーか瞳にハートマーク浮かんでるのはエリムに欲情してるだけじゃねぇか!?」


最早突っ込み切れないといった様子でアイリスは怒声を上げる。

しかし、そんなアイリスを余所にマリアは「チッ」と舌打ちをするとやれやれとばかりに首を横に振った。


「プラネ様とミア様はもう此方側に取り込んだといっても過言ではないでしょう。ならば洗脳したと同義の筈です。彼女達はエリム様の存在を誰にも漏らす事はないし、何よりエリム様と共に行動をしている。これはもう洗脳されてますね間違いない」


「ぐっ……もういいわ……アンタと話してると頭が痛くなってくる……」


マリアとの平行線での話し合いは無意味だと判断したのか、アイリスは脱力したかのように椅子に腰を下ろした。

そんなアイリスにプラネが話し掛ける。


「姉上。私は貴女の意向に逆らうつもりはありません。無論エリム王子の事も誰にも言わないし、母上にもこの事は言いません」

「わ、私も!エリム様の事は私達だけが独占したいから……じゃなくて、アイリス様のご意向通り秘密にするであります!」


二人はアイリスにそう言ってくるが、アイリスはどうにも不安だった。

こいつらが計画を漏らした瞬間全てがご破算になるのだ。それを危惧したアイリスはやっぱりこの二人殺して埋めようかな……と物騒な事を脳裏に過らせる。

しかし、そんな物騒な事を思っているとは知らずに二人は続けた。


「エリム王子が望むなら、私は何も言わないし、彼の専用の奴隷になろう。彼のあんなところからこんなところまで全てを受け入れよう。エリム王子の為ならば私は死んでも良いし、エリム王子の為に全ての人を殺そう」

「わ、私も!エリム様が望むなら……いえ、命令して頂いても結構です!お望みであれば私の全てを差し上げます!」


二人は目をハートマークにさせてそう叫んだ。その瞳には強い意志が籠っており、とても正気とは思えない。


「いやあんたらエリムに洗脳されてない?大丈夫?」


ドン引きするアイリスであったが……まぁ、別にいいか、と気を取り直す。


「あーもうわかったわよ……好きにしなさい……」


もうどうでもいいや……。取り合えずこいつらが従順ならばなんの問題もない。

自分ではなく、エリムに絶対服従のような事になっているがエリムはアイリスに従順なのだ。それはつまりアイリスが全てを従えていると言ってもいいだろう。


「姉上のお許しが出たぞ。さぁ、エリム王子。食後は私と一緒にお昼寝(性的な)を致しましょう。きっと気持ちいいですよ」

「あ!駄目ですよプラネ様!エリム様は私と一緒に訓練(性的な)をするのです!」


そう言って二人はエリムの腕を掴みどこかに連れて行こうとする。しかしアイリスが二人の行動を阻んだ。


「アンタらはエリムに触れるの禁止!話すのも禁止!同じ空気を吸うのも禁止!この子は私の!私のなのよ!!!」

「な、なんて横暴な!?エリム王子は皆のものではないのですか!?」


二人はアイリスの妨害に抗議の声を上げる。しかし、そんな言葉はアイリスには届かない。寧ろ彼女の怒りに油を注いだだけだ。


「あぁん!?口答えしてんじゃねぇぞクソ雑魚ナメクジ共!!いいから大人しくしとけ!私の言う事が聞けんのか!?」

「……ぐぬぬ……し、しかし……エリム王子に触れる事が出来ないのは……」

「そうですよ!わ、私達のエリム様なのに!」

「だから私のだっつってんでしょうが!!エリムは!!私の!!奴隷!!」


奴隷、という言葉を聞いた瞬間二人の動きが止まる。そして訝し気な目でアイリスを見てきた。


「……姉上。エリム様は森林国の王子です。彼を奴隷にしたからこそ今世界はとんでもない事になっているのですよ……」


エリムは森林国の王子だ。そして今、帝国も、王国も森林国の脅威に晒されている。

それはひとえにエリムを失った事により激怒したエルフ達が世界の国々に宣戦布告をしたからだ。

エルフ達はその圧倒的な力で瞬く間に侵略をしていき、二大大国である王国と帝国も防戦一方である。

そんな世界を混沌に陥れているのはある意味アイリス・ノーヴァだ。エリムを奴隷に堕としたのは彼女ではないが、奴隷のエリムを買って性奴隷にしているのだから。

だが、その本人はキョトンとした様子で……そしてなんて事ないと言った感じで、とんでもない事を口にする。


「え?そんな事くらいで何言ってんのよ?これから私達は世界を相手にするんだから混沌としてた方がいいでしょ」

「は?」


アイリスの言った言葉にプラネとミアは理解出来ないといった様子で首を傾げる。

この御方は一体何を言っているんだ?


「私はエリムと戦うの。世界を敵にしても、全部を敵に回しても、この子と一緒にいられる安寧の地を手に入れるまで……」


そう言ってアイリスはエリムの頭を撫でる。その姿を見て二人はますます困惑した。

そしてプラネが何かを言おうとした時だ。不意に扉が開き、そこから一人の人物が入ってきた。


「なにを騒いでおるんだ貴様らは」


ファルツレイン侯イライザ。ヴィンフェリア王国の重鎮にして、類まれなる政務手腕と常人離れした軍才を駆使し、王国での地位を不動のものにした女傑である。

そんな彼女は食堂でギャーギャーと騒いでいるアイリス達を見て顔を顰めた。


「全くいつの間にかやかましい顔ぶれが増えてからに。帝国の人間は騒がしい事この上ないわ」


そう言い彼女は優雅に椅子に座り、いつの間にか用意されていたティーカップを手に取り、紅茶を一口飲んだ。

そんなイライザの姿を見てプラネとミアは身体を固くする。

帝国の、ノーヴァの仇敵とも言えるファルツレインの当主であるが、彼女は堂々とノーヴァ邸に入り込みあまつさえこうして優雅に茶を楽しんでいる。

この状況はプラネとミアにとって到底有り得ない事柄であり、頭では理解していても身体では理解出来なかった。

それでもプラネは必死に状況に適応しようとし、彼女に対し少しばかりの警戒心を持ちながらもペコリとお辞儀を挨拶を述べる。


「……ファルツレイン侯、王国の英雄である貴女とこうしてお目見えできる事を光栄に思います。私はプラネ・ノーヴァ。ノーヴァの血に連なる者でございます」


その瞬間、イライザの視線がプラネを貫いた。目踏みするような、そしてどこか底知れぬ何かを孕んだ視線を感じたプラネは冷や汗を流す。

そんな視線を受けても尚、毅然とした態度を見せたプラネにイライザは満足したのか……フンと鼻を鳴らすと口を開いた。


「プラネ……あぁ、ミラージュ殿の三女だったか。噂には……聞いていないが、その姿は確かにノーヴァの一族だな」


白銀の髪に空を思わせる碧眼。その特徴的な美貌はノーヴァ一族の外見だ。

しかしイライザは怪訝な表情を浮かべプラネを見ていた。別に彼女の存在を疑っている訳ではない。

プラネからはノーヴァ特有の覇気というか、軍人としての雰囲気が感じられない。それは決して悪い意味ではないのだが、同じ軍家としてイライザは少々拍子抜けしたのも事実だ。


「貴様は軍人ではないのか?」

「お恥ずかしい限りですが私には戦士としての素質がありません。故に今まで執務に携わって参りました」

「ふぅん……」


まぁ、そういう事もあるだろう。ノーヴァ一族は強靭な肉体を持つ者が産まれやすいとはいえ、皆が皆そういう訳でもない。

恐らくはノーヴァの血に宿る素質が覚醒しなかったのだろう、とイライザは結論付けた。

しかしイライザには彼女に戦士としての素質があるかないかというのはどうでもいい事だ。これから『事』を起こす時に、和を乱さず円滑に物事を進める為ならばその程度の問題なんぞ切り捨てても良い。

話した限り至って常識的な人物に感じるし、アイリスとかいうぶっとんだ女より全然マシだ。


「貴様も大変だな。気の狂った姉と頭がぶっとんだ姉に囲まれて」

「ファルツレイン侯はシャーリー姉上の事をご存じで?」


シャーリーというのはアイリスとプラネの姉……つまりノーヴァ家の長女の事である。

気の狂った姉、と言われてプラネがすぐにシャーリーが思い浮かんだのはつまりそういう事であった。

頭がぶっとんだ姉……は言うに及ばずである。


「戦場で何度も見たからの。あれは酷い……というか完全にイッてる女だ」


イライザはノーヴァ公爵家の長女シャーリーの事を思い出す。

王国と帝国の幾度にも及ぶ戦争の中……狂ったけたたましい笑い声を戦場に響かせ、血を浴びながら戦う姿は正に狂人。

その場にいた誰もが恐れ慄き、皆距離を取って戦った程だ。味方であるはずの帝国軍すら彼女とは関わり合いたくないらしく、戦場に彼女がいる時は常に味方が一歩引いた状態で戦っていた。


「ちょっと!あのクソ女の名前を出すのはやめてよ!気分悪くなるから……」


頭のネジがぶっ飛んでいるアイリスですらドン引きする程の人物であるシャーリー・ノーヴァ。

さもありなん、とプラネは一人納得したがただ一人、エリムだけは首を傾げてその話を聞いていた。


「アイリス様に姉上がおられたのですか?」

「……うん、まぁ……」


エリムの問いに妙に歯切れの悪い返事をするアイリス。頭に疑問符を浮かべるエリムに、そっとミアが耳打ちをして来た。


『エリム様エリム様。アイリス様のお姉さまであるシャーリー様は、帝国軍の間でも戦場で絶対に近寄っちゃいけない人物だと知られているのであります』

『え?なんで?味方なのに?』

『近づくと敵も味方も関係なく首を刎ねられるので近寄れないのであります。帝国軍の死因の半数は彼女の味方殺しによるものという噂まである次第で……』

『えぇ……?』


意味が分からない。というか分かりたくない。

もし彼女の言った言葉が本当だとすると完全にまともではない。しかも敵味方問わずとか異常極まりない。

エリムはとんでもない人物の話を聞き、顔を真っ青にさせた。


「シャーリー様はアイリス様の本気マジ腹パンを食らって昏睡させた後、ノーヴァ公爵家の地下牢に厳重に封印されているので心配ありませんよ、エリム君」


顔色が悪いエリムを心配してかマリアがそう微笑みかける。安心させる為に言った言葉だろうが、彼女の言葉はエリムを更に恐怖に陥れた。


「(封印ってなに?その人邪神かなにかなの?ていうかなんで地下牢に閉じ込めたの?アイリス様の本気マジ腹パンってなに?)」


色々と聞きたいエリムであったが、あまり突っ込まない方がいい話だと直感的に感じたのでそれ以上その話を口にはしなかった。

地下牢にいるというのなら、会う機会なんてないだろう。そうに違いない。そうであってくれ。


「まぁ精々励め。貴様はノーヴァの中では一番まともそうだからのぅ」

「今更何言ってんのよ。私がまともなのは分かり切ってる事でしょ」

「いや貴様に言ったんじゃない!妾はプラネに言ったんだ!」


頓珍漢な反応をするアイリスにイライザは頭を抱えた。こいつと話していると頭がおかしくなってしまいそうだ。


「高名なファルツレイン侯にそう言って貰えるとは光栄の極みです」


当たり前の反応をするプラネに思わずイライザは感動すら覚えてしまう程だ。しかしすぐに冷静になり、紅茶を啜った。


「ところでアンタ何しに来たの?まさかただ仲良くお喋りしに来たって訳じゃないでしょう」

「ん?あぁ……貴様らがあまりにも馬鹿で伝える事を忘れておったわ……」


イライザをコホン、と咳払いを一つすると口を開いた。


「───エリムを一日貸してくれ」


その瞬間であった。食堂に殺気が充満し、その場にいた全員が臨戦態勢に入る。


「───殺すぞクソババァ」

「やっぱり王国の人間は下種ですね、ここで始末致しましょうか」

「ファルツレイン侯、お覚悟を」

「エリム様を一晩借りて何する気なんですか!?この変態閉経ババァ!!」


アイリスが、マリアが、プラネがミアが凄まじい形相を浮かべイライザを取り囲んだ。その迫力たるやイライザもチビってしまいそうになる程だったが……

そこは歴戦の猛者、イライザ。平静を装い言葉を続ける。


「貴様ら……話を最後まで聞け。後、妾はまだ閉経してない」


イライザはそう言ってゴソゴソと一枚の紙を懐から取り出すとそれをその場にいる皆に見せるようにして机に広げた。

そしてアイリスの目を見て言った。


「国王からの正式な招集通知が来たぞ。アイリス、貴様はこれを待っていたんだろう」

「……へぇ」


その紙を見るや否やアイリスはニヤリ、と口角を上げ、その顔には笑みが浮かぶ。

その笑みは……まるで獰猛な獣が獲物を目の前にし、どう食べようかと考えている様な表情であった。


「やっと来たわね。ふふ……くっくっく……」


その笑みを見てプラネは身震いをする。何故なら、アイリスがこのように悪い顔をしてほくそ笑んだ時は大抵ろくな事が起きないからだ。

それは彼女が幼い頃からアイリスと暮らしてきたからこそ、プラネは分かっているのだ。


「手筈通りに返答した?」

「無論だ」


イライザはそう言うとニヤリと笑い紅茶を啜った。


「ふっふっふ……これで準備は整ったわね。後は森林国を追い払えば、ようやく私の野望は一歩を踏み出す事が出来る」


アイリスがブツブツと独り言を呟いていると、そんな彼女の思考を断ち切る様にイライザがドン、とティーカップを乱雑に置いた。


「───では約束を果たして貰おうか」

「え?」


イライザの瞳がキラリと光った。それに対しアイリスはきょとんとした表情を見せる。


「妾は約束を果たしたぞ。国王からの召集令状が届いたら『条件』を付けて承諾しろという、貴様の要求をな。次はお前の番だ、アイリス」


その一言に場は静まり返った。皆呆然とした表情でイライザを見ているが、そんな視線に晒されても尚彼女は飄々としていた。

そして皆は一斉にアイリスの顔を見る。そしてアイリスは何かを思い出したかのようにハッと手を口に当てると……


「な、なんか言ったっけ?いやぁ、覚えてないわねぇ!ほら、私ってば結構忘れっぽいし!」


そう言ってごまかそうとするが、アイリスのその態度を見てイライザは机の上に淡く光る水晶玉のような物を置いた。

水晶玉は薄っすらと光っており、何かの映像と音声が流れている。それは……


『……いいだろう。妾は貴様の要求を吞んでやろう。ただし、それが成った暁にはエリムを妾に一日貸せ』

『はぁ?エリムを?寝言は寝て言いなさいよ、アンタみたいなド淫乱ババァにエリムを貸したらどんな事されるか分かんないんだから貸す訳ないでしょ』

『ふぅん。じゃあこの話は無しだのう。妾はこのまま自爆覚悟でエリムの存在を森林国のエルフ共に告げ口してやるぞ。そうしたらお前は世界中の全エルフから命を狙われるかもしれんのぅ……あぁ可哀想に……』

『ア、アンタ……!この私を……お、脅そうっていうの!?』

『いや先に脅してきたのはそっちだろうが……。なに、エリムを貸してくれれば妾は貴様の駒となってやる。それに、妾からはエリムに変な事はせぬ』

『……本当?』

『あぁ、本当だ。妾から、はな……』

『……うーん……じゃあ……一日くらいなら……貸しても……いいわ。あ、でもお触りもなしだから。触ったら殺すから。一族郎党皆殺しにしてやるから。あくまでエリムは私のものだって事をよく……』


そこで水晶玉に映る映像は途切れた。

食堂に静寂が訪れ、その場にいた皆がアイリスを顔をジト目で睨んでいる。


「あ……あ……」


ダラダラと冷や汗を流し顔を真っ青にしたアイリスがギギギ、と機械の様なぎこちない動きで振り返る。そこにはニコニコとした恐ろしい笑みを浮かべたファルツレイン侯が。


「まさか、約束を破る訳ではあるまい?」


ガクンと、アイリスは項垂れた。

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