37.「おえええええーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

「ん……はぁ……♡」


天幕内にレメリオーネの嬌声が響き渡る。


「はぁっ……はぁ……んんっ♡」


彼女はさらに高まっていく。レメリオーネは頬を染め、目を潤ませながら快感に打ち震えた。


その淫らな姿に最早王女の威厳も王族の誇りも無かった。あるのはただ、本能のままに快楽を求める一人の女の姿だった。


「エーちゃん……♡そ、そこぉ……♡」


そして口ずさむのは最愛の弟の名前。倫理的に許されぬ行為だと分かっていても、それを自覚してもなお彼女は手を止めない。


「エーちゃん……♡エーちゃん……♡」


あの金色の髪も、碧い瞳も、小さな身体も、愛らしい鼻も、彼の全てをレメリオーネは愛していた。


「はぁん♡ああっ♡」


絶頂を迎えたのか、レメリオーネの腰が痙攣し身体が仰け反る。それでもなお彼女は続けた。

その姿には王女の誇りなど微塵も感じられなかった。ただ快楽を求めるだけの獣に堕ちた雌の姿であった。


「はぁ……はぁ……♡エーちゃん……好きぃ……♡」


妖艶な笑みを浮かべつつ、彼女は自分の想いを口に出し、さらに激しく続ける。

ギシギシとベッドが軋み、水音が響き渡る。その淫らな音をかき消すようにレメリオーネは声を張り上げる。


「あぁんっ♡イクぅ♡エーちゃ……ああぁぁっ!!」


ビクンっと大きく身体を跳ねさせ、彼女は再び迎える。しかしそれでもなお、彼女の手は止まらない。むしろより一層激しく動き始める。

そして彼女は再び絶頂した。今度は先程よりも激しい快感だったようで、レメリオーネは潮を吹きながら仰け反った。


しかし───


「……!!」


レメリオーネのベッドの下……そこにいる騎士団副団長ラティファはジッと息を殺してその様子を聞いていた。

───なんという乱れっぷりだろう。普段の清楚な雰囲気からはかけ離れたその痴態にラティファは恐怖を覚えると同時にドン引きしていた。


「(エ、エリム王子の名を呟きながら……一人で……?)」


エリムは彼女にとって弟にあたる存在の筈。そのエリムの名前を連呼しながら行為に耽るレメリオーネの姿はラティファには理解できないものだった。


「(これが王女の本性なのか……?)」


ラティファは底知れぬ恐怖を感じていた。壁一面に貼られたエリムの写真といい、弟を想い行為に耽る姿……姉でありながらエリムを性的に愛するという歪んだ性癖といい、女王プリムラに叛意を抱いているような呟きといい、明らかに聞いてはいけない事を聞いてしまっている。


ラティファは冷や汗を流しながらもその場を動けないでいた。今少しでも動いてしまったら自分がここに隠れている事がバレてしまう。

もし見つかったら……どんな目に合わされるだろうか?平気で女王を……母を殺すと口に出す人物だ。自分など簡単に殺されてしまうだろう。

ラティファは必死に息を殺してレメリオーネの痴態を観察し続けた。


そして───


「あぁん♡エーちゃん好きぃ♡」

「っ……!」


一際大きな声を上げ、ビクンっと身体を震わせるレメリオーネの声を聞いてラティファは息を飲む。

ベッドが壊れてしまいそうな程に軋むほど激しくするレメリオーネ。ベッドが壊れてしまうのではないかとラティファは気が気ではなかった。

もしもベッドが崩れ落ちたら自分は一巻の終わり……。

早く……早く終わってくれぇ……!つーかコイツいつまで弟でしてんだよ……!と怒りにも恐怖にも似た感情がラティファの中で渦巻く。


「んあぁっ♡イクぅ♡エーちゃ……ああぁぁっ!!」


ビクビクと痙攣し、嬌声を上げるレメリオーネ。そして彼女はまるで糸が切れた人形のように脱力した。


「(い、イッたのか……?)」


絶頂の余韻に浸っているのか、レメリオーネはしばらくの間無反応だった。どれくらい静寂が部屋を満たしただろうか……。


「……ふぅっ♡」


レメリオーネは小さく吐息を漏らすと、そのままベッドから立ち上がり、ゆっくりと歩き始める。

そして壁に掛けてあったエリムの写真の内一枚を剥ぎ取り、そして彼女は手に持ったエリムの写真を愛おしそうに見つめ、そのままキスをした。


「あぁ、私のエーちゃん……♡誰にも渡さない、貴方の全ては私のもの……」


レメリオーネは蕩けたような表情でそう呟くと、写真を抱き締める。その表情には狂気すら感じられた。

しかしラティファはベッドの下で微動だにせずにその狂った様子をじっと見ていた。

ラティファは愕然としていた。実の弟に欲情する彼女の姿……もはやそれは姉の姿ではない。一匹の発情したメスだ。

その艶やかな表情はラティファに恐怖を与えると共に、その胸にはえもいわれぬ感情が溢れていた。


「(な、なんなんだコイツ……)」


狂っている……。エリム王子に懸想するのはラティファも同じだが、ラティファはエリムの親族ではないし、血の繫がりもない。

レメリオーネの異常なまでのエリムに対する執着心……いや、妄執と言うべきか……それがラティファには恐ろしいものに見えた。


「(とにかく今はジッとするしかない……!)」


今ここで見つかったら殺される。あの歪な、そして悍ましい魔法で身体をグチャグチャにされて殺される……。ラティファは恐怖で震える身体を抱きしめ、ただ時間が過ぎるのを待った。


「……」


レメリオーネはゆっくりとベッドに戻り、そのままベッドに寝転がると……なんとエリムの写真を見ながら再開したのである。


「はぁんっ♡エーちゃん♡好きぃ♡」

「(まだするんかいっ!!!)」


この女はどうなっているんだとラティファはドン引きしつつも、嵐が過ぎ去るのをジッっと待っていた。


「(頼むからもう終わってくれぇぇぇ!!)」


もう嫌ぁっ!助けて母様ぁっ!と心の中で叫びつつも、ラティファはただただ耐え忍ぶ事しか出来なかった。




♢   ♢   ♢




「……」


ラティファは森林国の軍の陣中に戻ってきていた。

その眼の下にはクマが出来て、髪もボサボサのボロボロになっている。


「う……うぅ……」


満身創痍といったラティファだが、それもその筈。あの後レメリオーネは何時間も続けており、その間ラティファはひたすらに気配を殺しながらそこにい続けなければならなかったのだ。


「ふ、ふひーっ……ふひぃ……」


エリムに対しての異常な執着心や偏愛。

そしてそれは性的な行動として外に現れ、こうしてラティファを長時間拘束する程。

なんとか王女が飽きて何処かに行った隙に脱出出来たからいいものの……運が悪ければ一日中変態に付き合わされるところであった。


「(……だ、誰にも……言えない……)」


この事を誰かに言える訳がない。弟を想っての行為に付き合わされていたなんて口が裂けても言えないし、言っても誰も信じないだろう。

そんな身も心もボロボロになったラティファに、不意に掛けられる女性の声。


「おや、ラティファ様。お疲れのようですねぇ」


ラティファが振り向くとそこにはとある精霊ドリアードが佇んでいた。彼女は柔和な笑みを浮かべている。


「あぁいえ、少し……」


まさか王女に付き合わされていたなどとは言えず曖昧に返事をするラティファ。そんな彼女の様子を見てドリアードはクスリと笑った。


「騎士団副団長様も大変ですね。あぁそうだ、これ……良ければどうぞ」


そう言って精霊ドリアードが取り出したのは小さな果実。それは見た事のない色をした果物であった。


「これは……?」

「さぁ」


さぁ?


今、さぁって言った?この人(精霊)……?

ラティファが訝し気に精霊ドリアードを見つめる。すると精霊ドリアードは笑顔で言った。


「さっき私が作った果物なのでなんなのかは分からないんですけど美味しいですよぉ。きっと……」


きっと……だと?味は分からないのか?しかも何故それを私に勧めてくるんだ……?

ラティファは精霊ドリアードを訝し気に見る。しかし彼女は変わらずニコニコと微笑んだままだ。


「(ま、まぁ……美味しいと言っていたし……)」


もしかしたら元気になれるかもしれないと期待し、ラティファはそれを口に運ぶ。森の精霊殿のことだ、まさか毒の果物は渡すまい……。

そしてその直後にラティファの表情が一変した。


「っ!?」


まずかったとかまずくないとかそういう次元ではない。何が起こったかすら分からない程その果物の作用は凄まじかった。


「お……」

「お?」

「おえええええーーーーーーーーー!!!!!!!!!」


あまりのまずさにラティファは思わず嘔吐し、そしてそのまま精霊ドリアードに向かってぶっかけてしまった。


「こ、これは……」


突然嘔吐したラティファに驚く精霊ドリアードだが……流石は森の精霊。すぐに落ち着きを取り戻すと彼女は考える。


「なんと……」


そんな馬鹿な!と思いたいが実際に目の前で起こっている以上認めざるを得ないだろう。この果物が凄まじく不味いという現実を……!


「ん~間違いましたかねぇ?配合を……」


地面に倒れ伏すゲロ塗れのラティファを足でツンツンと突きながら精霊ドリアードは思案する。


「ラティファ様、この果物美味しくありませんでしたかぁ?」

「げほっ……うぐっ……」


あまりのまずさに悶絶しながらもラティファはなんとか答える。


「おえぇっ!おええぇぇっ!!」


だが精霊ドリアードの問いに答える余裕はなく、ただただゲロを吐きまくっていた。その姿を見て精霊ドリアードは笑顔で言った。


「でも元気になりましたねぇ。この果物を『元気になる果実』と名付けましょう~」

「うえぇっ……ひっぐ……おえぇぇっ」


ラティファのゲロで地獄絵図と化した空間で一人、精霊ドリアードだけは笑っていたのであった。


そんなこんなで森林国の軍勢はマイペースな日常を過ごしつつ、徐々に警戒度を高めていった。

やがて来るであろう人間達との戦に備え、剣や槍を研ぐ音が鳴り始める。


それはきっと、遠くない。


「おえーーーーーーーーー!!!!!!!」


それはきっと、もうすぐ訪れる───。

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