34.「もう……♡分かってるくせに……♡」

ノーヴァ邸のとある部屋。その一室に薄暗く、ベッドがあるだけの簡素な部屋があった。

元々は使用人の待機室として使われていた部屋だったが、使用人達が解雇された後無人のその部屋に、一人の女性が連れ込まれていた。


「うぅ……」


簀巻きにされたミア・ロトナイト。騎士という身分であり、戦場での経験もある根っからの軍人である彼女だが、今はただの無力な小娘である。

マリアによって拘束されたミアはベッドに倒れ込み、足まで縛られているせいで身動きも取れない。


「申し訳ありません。こんな手荒な真似をして」


ミアを見下ろすのは、どこか悲しそうな目をしたマリアだ。

しかし彼女はその口調とは裏腹に、何の躊躇いも無くミアを乱雑にベッドに押し込んだのも彼女である。

マリアは感情の無い瞳でミアを見下ろし、そのまま背を向ける。


「貴女にはこれから従順になって貰います。私達の言う事には絶対服従の、従順な女性にね」

「な、何を言って……!」

「大丈夫ですよ。私達も鬼ではありません。貴女が従順になるまでは、きちんと“教育”させて頂きます」


そう言うとマリアは部屋の明かりを消し、扉を閉めてミアの視界を遮った。

真っ暗な部屋の中、ミアは何とか拘束から脱出しようともがく。

しかしとんでもない力で縛っているらしく、ミアは身動き一つ取れないまま時間だけが流れた。



「……っ、ぅ……うぅ……助けてぇ……」




♢   ♢   ♢



ミアが閉じ込められている部屋の扉の前で、マリアはふぅと溜め息を吐いた。

そして、同じく部屋の前に佇む人物……エリムに向かってにこりと微笑む。


「さぁ、エリムくん。お願いします」

「はい?」


突然マリアにそんな事を言われたエリムはきょとんとする。

あの後……プラネという女性が気を失った後、エリムはマリアに連れられてこの部屋の前にいた。

エリムは今現在何が起きているのかをイマイチ理解出来ていなかった。

アイリスの妹だというプラネがこの屋敷を訪ねて来たのはいいが、何故かアイリスとマリアは彼女を拘束してしまった。

それだけでも意味不明だったのだが、ついでに彼女の連れだという軍服姿の女性も拘束されており、マリアは彼女をこの部屋に閉じ込めているようだ。


「もう……♡分かってるくせに……♡」


いや全然分からない……。エリムが困惑していると、マリアが甘えるような声で言ってエリムにすり寄って来た。


「あの女性を……エリムくんの魅力で、めちゃくちゃにしてあげるんです。それはもう、脳味噌が蕩けるくらいに、まともな思考が出来ないくらい、徹底的に……」

「え、えぇ!?いやでも……」

「遠慮しないで下さい。これはエリムくんにとって、とても大事な事なんですから」


困惑するエリムの体をゆっくりと撫で回し、マリアは続ける。


「あの女性を従順にする事は、アイリス様を助ける事にも繋がるんです。そしてそれはエリムくんにしか出来ない仕事……」


そして遂にエリムの身体を艶やかに触ると、マリアは妖しく微笑んだ。


「さぁ、エリムくん。あの女性を……蕩けさせてあげるのです……」


魔性の囁きがエリムの耳に響いたのだった。




♢   ♢   ♢




ミアがその音に気付いたのは、暫くしてからの事だった。

どうやっても拘束が解けない事を理解した彼女は諦めて身を委ねていたのだが、不意に部屋の扉が開く音がしたのだ。


「だ、誰でありますか!?」


残念ながら扉はすぐに閉まってしまったので部屋はまた真っ暗になってしまい、誰が入ってきたかのかは分からず仕舞い。

しかし、何者かの足音と気配がする。数多の戦場を潜り抜けたミアは、すぐに何者かの接近を察していた。

どんどんと近付く気配。そしてその何者かは、ミアのいるベッドの前で止まると……。


「こ、こんにちわ」


男の声が、ミアの鼓膜を揺らした。

てっきり入ってきたのが女だと思っていたミアはびくりと身体を震わせると、同時に相手が男である事を理解する。


「だ、誰なのです?どうして私をこんな所に閉じ込めたでありますか?」


ミアの問いに、声の主は答えない。代わりにベッドの軋む音が聞こえると、ミアの上に人肌の体温が乗っかった。


「……っ」


そして次に感じたのは、すーっと鼻を通る香り。それは男の放つ匂いだった。

ミアは貴族の出であり、騎士でもある軍のエリートであるが、男には疎かった。

別に興味がないわけではないが、武家の出である彼女には縁遠い世界だったのだ。

そんなミアでも、この匂いを嗅いだ瞬間、頭の中がぞわぞわとする感覚に襲われ、そして同時に、体が疼くような熱を帯びる。

それはこの世界の女性の本能的な反応。


「っ、ぁ……」


ミアの喉がごくりと音を立てる。

誰だ?一体誰なのだ?

何故男が、女である自分に寄ってきてるのだ……?

普通逆だろう。女が男のベッドに忍び込み、襲おうとするのが世の常だろうに。


「怖がらないで」


甘い声で囁かれる。耳元にかかる吐息と、ぞくぞくする声……それだけで、ミアはぼーっとしてしまう。

しかしすぐにハッとすると、ミアは首を横に振った。


「だ、誰であるか聞いているんです!何故こんな場所に私を……!?」


必死に叫ぶと、暗闇の向こうで相手が一瞬戸惑う気配がした。

しかしそれも一瞬。すぐにミアの身体に男が覆い被さり、ミアは体が熱くなるのを感じていた。


「ごめんね」


男の声が、どこか不安げに聞こえる。

そして暗闇の向こうで何かが動く気配がすると、暗闇の中にうっすらと男の体が見えた。

華奢身体だ。白く、雪のような綺麗な肌は暗闇の中でも美しく、そしてしなやかで細い体はミアにはないものだ。


「……」


綺麗……。一瞬そう思ってしまったミアだったが、すぐにハッとすると身をよじった。


「こ、こんな事したらプラネ様が……!?」


だがその途中でミアはビクッと体を震わせる事になる。それは彼女を襲った突然の感覚のせいだ。

軍服の上から、ミアは男に撫でられた。それだけなのに、彼女の体は異常なまでに反応してしまったのだ。


「ひっ、ぃぅ……!?」


今まで感じた事のない感覚に、ミアは思わず声を上げる。

しかし男はその愛撫を止めようとしなかった。むしろどんどん激しくなり、ミアの服の中に手を入れ始める。


「ひゃぅぅ!?」


冷たい手が肌に触れる度に体が跳ね上がる。まるで全身が性感帯になったようだ。

そんな自分の反応に恥ずかしくなりながらも、彼女は抵抗しようとするが……身体が動かない。

いや、拘束されているのだから動かなくて当たり前なのだが、そもそも動かそうとすらできなかったのだ。

脳が痺れるような、全身に快楽の電流が流れるような感覚。それはまるで魔法のようで、ミアは段々と力が抜けていくのを感じた。


「ふぁ……♡ゃめ……」


ビクビクと体が痙攣する。頬はすっかり上気し、瞳は潤んでいる。

そんな状態の彼女に何を思ったのか、男はそっと彼女の唇を奪った。


「んむぅっ!?」


突然の事に目を見開くミアだったが、男は構わずキスを続ける。柔らかい唇同士が重なり、絡み合う舌が口内に侵入してくる。


「(ぁ……ゃだ……これぇ……♡)」


頭がぼぉっとしてくる。抵抗しようと力を入れていた体が弛緩していくのが分かる。

そして思った。


───あ、これファーストキスだ。


「ん、ちゅ……くちゅっ♡」


唾液が混じり合い、ミアの口の端から流れる。それを拭う事もせず、彼女はただその快感に溺れていた。

そしてそんな彼女の口内を舌で蹂躙しながら、ミアの頭を撫でる。

優しく、慈しむように、男はミアの頭を撫でた。まるで子供をあやすかのような動作に、ミアは何故だか心が安らいでいくような気がした。


「ぷはぁ……っ♡」


長い口付けが終わり、唇が離れると、二人の間に銀色の橋がかかる。

それを呆然とした様子で見つめるミアだったが、不意に自身の拘束が緩むような感触を感じて視線を落とす。


「ぇ……」


するとそこには、ミアを縛っていた縄が解かれている光景があった。

どうして?と困惑の表情を浮かべるミアだが、そんな彼女に男は再び口付ける。今度は軽いキスだ。ちゅっと音が鳴り、離れていく唇を呆然と見つめる。


「こんな縄、邪魔だよね。取っちゃった」


そう言って微笑む男(暗闇なので見えないけど)

ミアは驚き戸惑い、そして同時に何故?と思った。

この状況は異常だ。初対面の女に、男がいきなりキスをしてくるなんてありえない事だ。

それになんで拘束を解いたんだろうか。自分がこの男を突き飛ばして、逃げるのは容易になった。つまり……


「(に、逃げるなら今しかない……)」


そんな思いがミアの頭に浮かぶが、何故か体が動いてくれない。身体の火照りが、男と交尾する機会を逃さないという女の本能がそうさせるのだろうか。

しかしそれでもミアは男をキッと睨みつけると、口を開いた。


「な、なにをするんです……!?縄を解いたら私は……!!」


叫ぶように言うが、男は首を傾げる。そしてそのまま彼女の服を脱がせ始めた。


「え!?ちょ……!」


突然の事に慌てるミアだが、やはり体が動かない。それどころか抵抗しようとする意思すら出てこないのだ。


「や、やめ……」


ミアの声が、部屋に響いた。




♢   ♢   ♢




「ふひぃ……♡」



だらしなく舌を突き出し、焦点の合わない瞳で天井を見上げるミア。

そしてその前ではぁはぁと息を荒くする男……エリム。

暗闇の中で行われた過激極まりない情事はパチン、と部屋の明かりが付くことで終わりを迎える。



「はぇ……?」



間抜けな声を上げながらエリムは部屋の入り口を見る。

そこには満面の笑みを浮かべるマリアの姿があった。

彼女はベッドで情けなくアヘ顔を晒すミアの姿を見ると、うんうんと頷き、今度はエリムを見てこう言った。



「エリムくん……100点満点ですっ♡」

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