25.「オエーーーーーー!!!!」

オルゼオン帝国とヴィンフィリア王国の国境にある平野。

そこは帝国と王国が幾度となく激突を繰り返す要衝であり、現在もそこには帝国軍と王国軍が布陣している。

通常であれば両軍は睨み合い、そして時折小競り合いが発生するのが常だが、今回の様子は違った。

帝国軍も、王国軍どちらも西の山の方に目を向けており、そこから来るであろう何かを待っているかのような動きを見せていた。


「……」


小高い丘の上、平野を一望できる場所に帝国軍の指揮官がいた。

彼女は平野に布陣する兵士達と同じく、遥か遠くの山に視線を向けている。


「エルフ共はあの山の向こうから来る。恐らく山の頂上に布陣し、高所の利を活かすつもりだろう」

「奴等の厄介な点はあの魔法にあります。故に、可能なら先に奇襲で叩いておきたいところですが……」


部下が目をやや細めてそう言った。視線の先にはこの平野とレメゲスト大森林を隔てる連峰が存在する。

普通の軍勢ならば通過するのすら苦労するあの山脈を、エルフ達が越えてくる。

果たしてそれが可能なのかは分からないが、相手は森林国の不可思議な存在。人間とは一線を画すその勢力は、こちらの思惑を凌駕する可能性を孕んでいる。

別の場所で都市が堕ちた事を考えれば奴等は油断ならない相手なのは間違いない。


「しかし奇妙なものですな。我等帝国軍と王国軍が争わず、こうして森林国に対し共に対峙するとは」


部下の一人がぽつりとそう呟く。彼女は眼下に広がる兵士達を見た。そこには帝国軍と王国軍が同じ方向を向き、共に警戒し合う異様な光景が広がっている。

本来ならばあり得ぬ光景だが、それというのも森林国の侵略はこの平野部に布陣する両軍にも伝わっており、噂では王国、帝国、更には神聖国にも侵攻しているというのだ。

故に両軍は一時停戦し、こうして半ば共闘するかのように警戒態勢を敷いているのだ。

無論公式な会見で停戦をしている訳ではない。ただ両国が森林国に侵攻されているという事実から暗黙の了解でそうなったに過ぎない。

しかしこうして王国と帝国が肩を並べている姿はこれまでに無い事だ。


「全くだな。エルフ共が徒党を組んで攻めてくるのもそうだが……まさか我々帝国軍とあの王国軍が共に警戒態勢を取るなど過去にあったか?」

「いえ、少なくとも記憶にはありません」


部下の回答に指揮官は更に目を細める。実際指揮官もそんな事を経験した事がなかった。

帝国と王国は仇敵であり、どうあっても互いに相いれない存在なのだ。それがどうだ、エルフ共という共通の敵を前にして、こうして肩を並べて警戒している。

全くもって奇妙な話だ。だがこれはこれで都合がいい、指揮官はそう思い小さく息を吐いた。


「まぁ、この大陸の二大強国である帝国と王国を同時に相手して勝てると思うのが今まで森林に引きこもっていた故の無知なところよ」

「全くです。所詮は森の蛮族、返り討ちにしてやりましょう」


部下の回答に指揮官は満足そうに頷く。


「……ん?」


だがすぐに眉を顰めた。


何かが聞こえる。


それは少しずつ大きくなり、やがて大地を揺るがす音となっていった。


「な、なんだ?」


平野部にいる両軍が顔を上げ、遥か西を見やる。その先に見える連峰から土煙が上がっていた。その音は徐々に大きくなっていき、更には白い光のようなものが彼方から迫って来る。

それは帝国軍と王国軍にとって理解不能な光景だった。地面が揺れ、大気が振動し、まるで世界そのものが震えているかのような錯覚に陥る。


「お、おい!何だあれは!?」

「わ、分かりません!」


もしや王国の新兵器かなんかか?と思い王国軍の方を見てみるも彼女達も慌てふためき、状況を把握できていないようだった。

王国の仕業、ではない。だとすると……。


「ま、まさかエルフ共の……?」


指揮官が呟いた瞬間。凄まじい轟音と共に遥か彼方の連峰が光に包まれた。

衝撃波と共に帝国軍と王国軍の兵士達は吹き飛ばされ、指揮官もまた踏ん張る間もなく吹き飛ばされる。


「っ!」


痛みを堪えて指揮官が上体を起こすと、山の方で発生した光が消えて、新たな光景が彼女の目に映る。それは誰もが予想だにしなかった光景であった。


「な……」


彼女は絶句した。平野部に布陣する帝国軍も王国軍も、全員が驚愕の表情で連峰のあった場所を見ている。

そこにあるはずの連峰は無く、煙を上げる荒野が広がっていた。

指揮官は啞然としながらも冷や汗を流す。夢でも見ているのかと思いたかったが、全身から伝わってくる痛みと土の香りがそうではないと告げている。

平野部にいる両軍は更なる驚愕に包まれる中、帝国軍の誰かが呟いた。


「や、山が……無くなった……」


その呟きがやけに大きく木霊した。

山を一つ消し去る程の魔法を放たれたという事実は帝国軍、王国軍双方にとって大きな衝撃を与えた。

それもそうだろう、強固な山脈を消し飛ばすなど、いったいどれ程の大魔法なのか。

想像すらできぬその魔法が、両軍を混乱の渦に叩き落とした。


「て、敵襲!敵襲!」

「山の向こうだ!」

「狼狽えるな!来たところを返り討ちにしてやれ!」


だが指揮官達の怒号により何とか混乱は防がれる。こういう時は団結力が物を言う。それは戦いにおいても同じ事だ。


「部隊を前方へ展開しろ!敵を近づけるな!」

「魔法隊!前へ!」

「弓兵隊、構え!」


各指揮官達は迅速に行動に移る。先程は不意を突かれて混乱してしまったが、混乱を即座に立て直し陣形を整える様は流石歴戦の軍勢である。

王国軍も、帝国軍も陣形を整えていく。


だが……。


「?」


両軍の頭上から奇妙な音が鳴り響く。

キィィィィン、という耳鳴りのようなその音は徐々に大きくなっていき、やがて両軍の頭上に不可思議な光景が浮かび上がった。


「なんだありゃあ」


帝国軍の誰かがそう呟いた。それは両軍が抱く疑問を端的に表した言葉であった。

空に浮かび上がる青黒い空間。その空間は一点に集中を始め、やがて黒く染まっていく。

そしてそれは破裂するように分裂すると、空に何百何千もの黒い何かが散開する。


不意にその空間の裂け目のようなものから、何かが飛び出し、そして両軍の陣に落下する。


「なっ!?」


兵士達から驚愕の声が上がる。何故ならそれはエルフだったからだ。

帝国軍の空からは鎧を着た兵士のようなエルフ達が、王国軍からの上空からは杖を持ったエルフ達が落下してくる。


「エルフ!?なんで空から!?」

「お、おいあれ見ろ!あっちの奴等もだ!よ、妖精も混ざってるぞ!」


帝国軍に混乱が走るが、王国軍も似たようなものだ。陣形もなにもあったものではなく、ただただエルフ達と妖精、そして狼や巨大な樹木の化け物が混ざり合い、王国軍や帝国軍に降り注いでいく。


「きゃははは、人間さん達驚いてるー!」

「薄汚い人間達め、我らの同胞の恨み思い知れ!」


両軍は訳も分からないままに空からの奇襲に混乱し、戦場は瞬く間に阿鼻叫喚と化した。

妖精が降り注ぎ、エルフ達が魔法を放つ。樹木の化け物が兵士を薙ぎ倒し、巨大な狼が咆哮を上げる。

それはもはや戦争とは呼べぬ一方的な蹂躙であった。


「な……なんてことだ……」


小高い丘からその混沌とした様子を見ていた指揮官は己の目を疑う。

もはや戦どころではない。両軍とも混乱しており、これでは戦闘もままならないだろう。


「転移魔法……だと?」


指揮官は信じられないものを見たかのようが面持ちでそう呟く。

転移魔法、それは伝説にしかないとされている魔法だ。失われた古代文明には存在したとされるが、現代では使える者はおらず、存在が疑問視されていた。

だが、空に浮く空間の裂け目から途切れる事なく送り込まれてくる森林国の軍勢はその古代の転移魔法によるもので間違いないだろう。


「お、おのれ!くそっ!あんな真似ができるなんて……聞いてないぞ!」

「ぜ、全軍迎撃体勢を整えろ!被害を最小限に食い止めるんだ!」


指揮官がそう叫ぶももはや両軍には混乱と動揺しか残っていない。指揮官達の必死の叫びは狂乱の戦場に虚しく響くだけだった。


「ねぇねぇ」


そんな指揮官の後ろから掛けられる声。幼い子供のような可愛らしい声は指揮官の苛立ちを喚起した。


「なんだ!?私は今忙しいのだ!後にしろ!」

「そんな事よりさぁ、面白いもの見せてあげる」

「え……?」


指揮官の女が振り向くと、そこには肩に乗せる事が出来る程に小さな少女……所謂いわゆる、妖精の姿があった。


「は、はわっ!?」


指揮官の女は素っ頓狂な声を上げて後方に下がる。まるで虫を怖がる幼子のような反応に妖精達はケラケラと笑い出した。


「あはは、人間さんって面白いね」


煌めく半透明の翅をパタパタと羽ばたかせながら妖精は指揮官の女の周りを飛び回る。


妖精。森と共に生きる存在であり、森林に住まう彼女等はエルフの友であり、眷属であった。

神秘で構成されている身体は魔法ととても親和性の高い存在であり、妖精は高レベルな魔法を自在に操る事のできる種族として知られている。

彼女達はこの小さな身体に大きな魔力を秘めており、それが妖精という種の力でもあった。

そんな妖精は指揮官の女の顔の前まで近づくと、キラキラと輝く翅を羽ばたかせ、そして小さな掌を翳し魔力を収束させる。


「え……」


指揮官の女は瞠目し、そして顔を青くさせた。何故なら妖精が掌に集めている魔力が尋常ではないレベルであり、指揮官の女が認識できる魔力を軽く凌駕していたからだ。


「はいどーぞ♪」


無邪気な声と共に膨大な魔力が集まり、解き放たれる。

それは巨大な竜巻となって平野にいる帝国軍と王国軍に襲い掛かった。

平野部にいる両軍の兵士達は悲鳴と共に竜巻に飲み込まれていく。まるで吸い込まれるかの如く、大量の竜巻が戦場を蹂躙する。

それは最早戦争の様相ではなく、ただの蹂躙であった。


「きゃははは!あー楽し!」


丘の下で繰り広げられる凄惨な光景にケラケラと笑う妖精。

指揮官の女はもはや何が何だか分からず、ただ呆然とするしかなかった。

妖精の恐ろしさは知っていた。知っていたが、こんなにも常軌を逸した力を持っているとは思わなかった。


そして、何よりも恐ろしいのは……


「お、おい……貴様の放った魔法の竜巻……エルフと妖精たちも巻き込んでるぞ」

「ん~?」


指揮官の女にそう言われ、妖精は平野を見る。

確かにそこには自身の放った魔法にエルフや仲間の妖精が巻き込まれ吹き飛ばされる光景があった。


「あ、ほんとだ。馬鹿な奴等だねぇ、あんなのに巻き込まれるなんて」

「な、仲間じゃないのか?」

「あれに巻き込まれるようなノロマは仲間じゃないよ、キャハハ!!」


狂ってる……。指揮官の女は震える体を必死に抑えながらそう思った。

この妖精は仲間であるエルフ達を躊躇いなく魔法に巻き込んでいる。それも笑って……だ。


「お、恐ろしい……これが妖精なのか……」


指揮官の呟きは、戦場を蹂躙する暴風によって掻き消された。




♢   ♢   ♢




「オエーーーーーー!!!!」


平野に響く嘔吐の悲鳴。それは森林国のエルフ騎士団副団長・ラティファのものだった。

今の彼女は公爵令嬢に相応しい絢爛なドレス姿ではなく、騎士団副団長に相応しき鎧姿であった。

その美貌は健在であり、エルフ特有の端麗な容姿を凛々しい白銀の甲冑が引き立てている。


「ふ、副団長……み、水を……」

「わ、私も……うぷ!」


そんなラティファと同じくぐったりとしているエルフ騎士達。彼女達は皆ラティファと同様に嘔吐を繰り返しており、青い顔で地面に倒れ伏していた。


何故、彼女達は嘔吐で苦しんでいるのか。


戦場で凄惨な光景を目にしたから?

いや、違う。

奇襲により人間達に多少の痛手を与えたものの、やはり大国の軍隊は統率が取れているのか彼女達は直ぐに態勢を整えるとすぐさま撤退を開始して、被害は最小限に食い止められてしまった。


では、何故快勝した筈の彼女達は苦しんでいるのか。


それは……


「な、なんなのよあの転移魔法とやらは……!!あんなに気持ち悪いもんだなんて聞いてないわ……!!」


ラティファが目に涙を溜めてそう叫ぶ。

そう、彼女達は転移魔法の気持ち悪さに嘔吐してたのだ。

初めて経験する転移魔法はラティファにとって想像を絶するものであり、酷い吐き気に襲われるものだった。

謎の空間を通れば敵陣に切り込めると聞いて、空間の割れ目に威勢よく飛び込んだのはいいものの、あんな気持ち悪い目に遭うとは聞いていなかった。


いや、最初は何も感じなかったのだ。転異空間にいる時は気持ち悪い感触ではあったものの、敵陣に着いた時は吐き気に襲われる事はなかった。

しかし時間が経つにつれ徐々にエルフ達の身体に異変が訪れ、数十分もすれば皆グロッキーな状態に陥っていた。


「うう、まだ視界が回ってますわ……」

「ぐ……あ、あんなもの二度と体験したくないです」


そのせいで王国軍と帝国軍には逃げられてしまうし、もう踏んだり蹴ったりだ。

そして追い打ちを掛けるように彼女達の体調を悪くするのが妖精たちであった。


「きゃはははー!!」

「待て待て~!!」


森林国が制圧した平野部。帝国と王国の軍勢がいなくなった後で妖精達は無邪気に追いかけっこをしたり、辺りを飛び回ったりしていた。

それはとても楽しそうな光景であった。問題なのは、この妖精共が原因で味方に多大な被害が出たという事だ。


「ぐっ……この羽虫ども……!敵味方関係なく魔法ぶっぱなしよって……!」

「が、害虫です……」

「うぷっ……ちょ、ちょっと誰か私の世話をしてくださらない?」


このハエ共のせいでエルフや他の味方勢力にも被害が出てしまった。というか被害の殆どはこいつらのせいだ。

竜巻で全部吹っ飛ばすわ、味方が風下にいるのに火炎魔法で焼き尽くそうとするわ、巨大な岩で吹き飛ばしたり、地震を起こして更地に変えるわ……やりたい放題だ。

ラティファもその被害者の一人だった。転移魔法により具合が悪くなってきたところをどこかの妖精が放った竜巻に巻き込まれ、目を回してしまったのだ。


「(翅もいで標本にしたるどこいつら……!!)」


奇妙な事に、妖精達には転移魔法の副作用は効かないようで、エルフ達がフラフラしている横で妖精達が無駄に元気でっあった。それが余計に腹が立つ。

妖精は確かに強力な存在ではあるが、ある程度の地位の妖精でないと話が通じないし、下位妖精に至ってはそもそも何の為に戦っているのか、そもそも戦っている事を理解出来ていない輩が殆どだ。

だからラティファは妖精を戦争に使うのは反対だったのだが……結果は御覧の通りである。


「……?」


そんな事を考えながら吐き気に耐えていると、ラティファの視界にあるものが入り込んできた。

青黒い空間の裂け目……転移魔法の予兆である。


「ひっ!?」


それを見た途端、ラティファの胃が再び逆流を始めた。もう吐くものもないというのに、体が転移魔法の恐ろしさを覚えていて拒否反応を起こしているのだ。

しかし、その空間から出てきた人物を見てラティファや他のエルフ達はギョッと目を見開いた。


「あら……」


転移魔法を潜り抜けてやってきた人物。それはラティファがよく知る人物。戦場には似つかわしくない可憐なドレスを纏う美しき姫君。


「レメリオーネ王女!?」


レメリオーネに気付いたエルフ達は慌てて立ち上がり、敬礼をする。無論、ラティファもその一人だ。

王女はキョロキョロと辺りを見渡すと、具合が悪そうなエルフ達を見て痛ましげな表情を浮かべる。


「騎士団の皆さん……そんなに傷付いて具合が悪そうになさって……」

「はっ!い、いえ!この程度の事、問題ありません!!」


ラティファはビシッと敬礼をしながらそう返す。弱味を見せてなるものかという強い意志が感じられる。


ラティファにとってレメリオーネ王女は気に入らない存在だった。エリムの姉、というだけでラティファの嫉妬心がむくむくと湧いてくる。

それに加え、おどおどとした気弱そうな見た目、そしてその大人しそうな見た目とは裏腹な肉付きのいい肉体と、巨大な胸。それが余計に腹立たしい。


しかし、それも少し前までの話。既に憎しみ……憎悪はなくなり、代わりに恐怖がラティファの感情を支配している。

それも仕方がないだろう、何故ならばーーーあの連峰を消し去った大魔法は彼女が放ったものなのだから。


『お母様には敵いませんが……私も微力ながら協力いたしますね!』


そう言ってレメリオーネ王女は大森林と平野を隔てる連峰山を消し去った。まるで塵を払うかのような気軽さで。

恐怖しない筈がなかった。魔法を得意とするエルフにとっても異常極まりない魔法の行使。それも女王プリムラではなく、王女がやったという事実に皆は恐怖した。

そして、極めつけが転移魔法だ。失われし古代魔法である転移魔法を事もなく使いこなすその魔力。もはや天才という言葉では片付けられない。


化け物。


皆がレメリオーネをそう評していた。そしてラティファも同じである。


「う~ん、次元移動はレプリカの身体じゃ負担が大きいのかなぁ。もっと改良が必要そうですね」


レメリオーネが何かを呟くが、ラティファには聞こえなかった。というより、聞く余裕がなかった。

女王プリムラとは違った異様な圧がレメリオーネから放たれる。それはまさにあの大山脈を消滅させた魔法と同じ気配だった。


不意にレメリオーネの首がぐるんと動く。ラティファ達エルフの方に視線を向けて、彼女は微笑む。

その笑顔に恐怖を感じない者はいるだろうか?いや、きっといない。



「皆さん、ご苦労様でした。人間の軍隊を逃がしてしまったのは痛手ですが……まぁ概ねこちらの勝利と見てよろしいでしょう。このまま軍を分け、王国と帝国の領地に進軍しましょう。あ、魔法生物の皆さんは森林国の守りを固めて……」


その時である。


突如、レメリオーネの後頭部に何かが直撃する。

ガン、と鈍い音が響き、地面に丸っこい鉄の塊が落ちた。


「……!?」


ラティファも、エルフ達も目を見開きながら固まる。

突然の出来事に理解が追い付かず、レメリオーネは後頭部を押さえたままプルプルと震えていた。

まさか、狙撃? ラティファはそう思い王女に当たった物体の正体を確かめる。

それは兜であった。王国軍か帝国軍かどちらのものかは分からないが、人間が身に着ける防具であった。

何故、兜が……?と思うラティファ達であったが、その答えはすぐに分かった。


「ねぇねぇ!ボールこっちに飛んでこなかった~?」


一匹の妖精がふわふわと飛んできて、そう言った。

どうやら妖精達は人間達が落としていった兜をボール代わりにして何かしらの球技をして遊んでいたらしい。

そして運悪くそのボール……兜がレメリオーネの頭部に直撃したようだ。


「お、王女様……ご、ご無事……ひッッ!?」


ラティファは震えながらレメリオーネに声を掛ける。だがその言葉が最後まで紡がれる事は無かった。

レメリオーネのこめかみには青筋が浮かび上がっており、その怒りを如実に表していたからだ。

なんという形相、まるで鬼のようなお顔だ。ラティファだけでなく、エルフ達は皆恐怖でその場から動けずにいる。


「あ、こんなところにあった~。まったくも~飛ばしすぎだよ~」


妖精は地面に落ちる兜に向かって飛んでいくと、それを抱えて何処かに行こうとする……。

が、その途中でレメリオーネがその妖精の身体をガシリと掴んだ。


「にゃ?」


突然レメリオーネに掴まれた妖精はキョトンとしながらレメリオーネを見上げる。

レメリオーネは妖精を掴む力を徐々に強くしていくと、もう片方の手を翳し、掌に魔力を集中させる。

やがて掌に集まった魔力が紫色に輝き始め圧縮された魔力の光線が妖精を包み込んだ。


「にゃあああああああああ!?」


妖精の断末魔が響く。光線に押し出された妖精は空高く打ち上げられ、そのまま爆発して遥か彼方へと吹き飛んでいった。


「ゴミが……」


ポツリと。

レメリオーネの呟きがエルフ達の耳に届く。

その呟きとレメリオーネの表情を見て、エルフ達は悟った。


「(やべぇ……)」


レメリオーネの逆鱗に触れたら、妖精達のように吹き飛ばされてしまう。

エルフ達は先程の光線によって吹き飛んだ妖精の方角を見ながらそう思った。

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