20.「(なんだこいつ……マジやべぇ……)」

王国、神聖国、そして帝国が阿鼻叫喚に包まれる少し前の出来事──




レメゲスト大森林に住まうエルフの国、レメゲスト森林国。

自然豊かなその森は、エルフや精霊達にとっては聖域である。だが、人間達にとっては魔境であった。

人間を拒むその大森林は魔法の森と呼ばれる程、複雑怪奇な結界で守られている。

その為、エルフの国は外敵から侵略される事は殆ど無い。王国や帝国などの人間の勢力が何度か侵略しようと試みたが、結果は全て失敗している。

その為、エルフ達はどの国よりも平和を享受していた。

レメゲスト森林国には、エルフや妖精の他にも多くの種族が暮らしており、その国の中央には巨大な樹木──世界樹が存在する。

世界樹は魔力とマナの塊であり、それがあるからこそ、レメゲスト森林国は魔法に守られ、人間達からの侵略を受けながらも安寧を築き上げる事が出来ているのだ。


だが、現在、その平穏は崩されようとしていた。


「おい、女王様のご様子はどうなっている」


一人の女性エルフが部下にそう問いかけた。

彼女は森林国の騎士団の団長を務める人物であり、レメゲスト森林国最強の女騎士として名を馳せているファルナ・レレラである。

エルフという種族特有の美貌を持ちながらも鍛え抜かれた肉体が、彼女が如何に卓越した存在であるかを雄弁に物語っていた。


「依然変わらずです。女王様は世界樹に閉じ籠られたまま……」

「そうか……やはり、我々の声に耳を傾けてはくれぬのだな」


ファルナはそう言って口を固く結んだ。

彼女の問いに部下が答えたように、現在レメゲスト森林国の女王プリムラは世界樹の内部から一切出ていなかった。

エルフの王城の横に聳え立つ巨大な樹木、世界樹。その内部は広大な魔法空間となっており、その空間に入れるのは古代種エンシェントと呼ばれるエルフの中でも更に限られた者だけである。そして現女王プリムラは古代種エンシェントエルフの一人。

世界樹の内部に何があるのか、何が起こっているのかは誰も知らないし知ってはいけないのだ。


「王子の捜索の方はどうだ?何か手がかりは?」

「それが、未だに何も分からず仕舞いで……」


女王が世界樹内部に引きこもってしまったのはとある事件が原因だ。

その事件とは、女王の愛息子であるエリム王子が謎の失踪を遂げた事であった。煙のように消えた王子は王城どころか大森林の何処を見渡しても痕跡すら残されていない。

その不可思議な現象に皆が首を傾げ、そして哀しんだ。


エリム王子。


王城の何処かにいるとされていた王族の男性エルフ。

成人になるまで女王が外に出さず、外界から守っていた存在。

噂(プリムラ発)では男神に匹敵する程の美貌を持ち、天使の如き可愛さの本物(マジ)の王子様。


噂が本当かどうかは分からない。会った者が少なすぎて情報が足りなさすぎるのだ。

しかし、女王が嘆き悲しんでいるのは事実であり、その事が王子の存在を証明する唯一の証拠でもあった。


「彼を見た事がないんじゃ探しようがないからな……」

「え?私見た事ありま……あ、いえそうですわね見た事ないんじゃ探せないですものねうふふふふふ」

「?」


騎士団長ファルナは部下の奇妙な反応に怪訝な表情を浮かべるも、すぐに視線を部下から戻す。


「ラティファ。お前は引き続き王子捜索の指揮を取れ。必要ならば妖精や精霊達にも支援を要請してもいい」

「了解致しました、団長」


ラティファと呼ばれた女性……森林国騎士団副団長ラティファ・スプールは敬礼をしながら応えた。

そして去り行く騎士団長ファルナの背中を眺めながら、小さく息を吐く。


「ふぅ、バレるところだったわ」


先程言った『王子を見た事がないんじゃ探せない……』というのは間違いである。何故ならラティファは王子を一度見た事があるからだ。

そう、見た事がある……そして、誘拐しようとした事もある……。

ラティファの脳裏に王子と出会った時の記憶が浮かんできた。


『ふふふ……夫となる御方にこんな真似はしたくありませんが、これも仕方ありません』

『ど、どぼして……?』


ラティファの腹パンをモロに受け、涙目になりながら倒れ伏すエリム王子。

ラティファを上目遣いで見上げるエリム王子の可愛さは筆舌に尽くし難いものだった。

あの時を事を思い出すだけでラティファの身体がきゅんきゅんとうずく。


「(あぁ……エリム王子……♡♡あの潤んだ瞳で、恐怖に彩られた眼で私を見つめる王子……♡♡)」


最高だった。あの捨てられた子犬のような、何も分かっていないかのような表情。

恐らく王子は『僕……ここで死ぬのかな……』とでも考えていたのだろう。

だが残念でした!貴方はこれから一生私にお世話されて暮らすのです!! ラティファは爛々と輝く瞳を虚空へと向ける。その表情は恍惚としたものであり、普段の凛々しい副団長の面影は全く無かった。今の彼女の姿こそがラティファの本性であるからだ。


「……」


しかし、とラティファはギリリと唇を噛む。


「(私とした事が、王子を攫われてしまうとは……)」


ラティファはエリム王子を誘拐しようとした。

そして用意したお屋敷(彼女は愛の巣と名付けた)で彼と二人きりでずっとイチャラブ子作りを送る日々を計画していた。

だが、彼女の計画は成就する直前に瓦解してしまったのだ。

何故ならエリム王子を保護(誘拐)しようとしたその時、ラティファは何者かに襲われ気を失ってしまったのだから。


「一体、誰が……」


一体誰が自分達の純愛を引き裂いたのだ?

ラティファは気を失う直前にその人物の顔を見た筈なのだが、何やら魔法を掛けられてしまったのか殆ど思い出せない。

その前にもとある人物とエリム王子について話し合っていた筈なのだが、ご丁寧にその記憶も曖昧になっておりとてつもなく高度な魔法がラティファの脳内に展開された事が窺えた。

ラティファは額に手を当てながら考える。しかし幾ら考えても答えは出ないのだ。

このような高度な魔法を使える者は限られる筈なのだが……。


「しょうがないわ、今は王子を探すしかないわよね」


なんとしてでも自分が一番に見つけねばならない。自分が王子を誘拐しようとしていた事をバラされでもしたら面倒な事になる。

そして見つけた暁には再び王子を誘拐し、愛の巣に連れ帰り二人で延々とイチャラブするのだ……♡そして沢山子供を産んで……♡100年くらいずっと繋がったままで生活してもいいな……♡

ラティファは涎を垂らしながらペロリと舌舐めずりをした。


「待ってて下さいまし、私の王子様っ!」


そして彼女が捜索を再開しようとしたその時である。


「ラティファ様!コロネ宰相様から緊急招集の命が下りました!」

「え?」


部下の一人が慌ててラティファの下に駆けつけそう報告する。

コロネ宰相……ラティファとファルナの上司にあたる人物だ。女王に代わり実質的に国を動かしているのは彼女であり、絶大な権力と人望を持つ人物である。

そんな彼女の命には従わざるを得ないのだが、一体何があったのだろうか。もしや王子が見つかったのだろうか?


「すぐに向かいますと伝えてちょうだい」

「はっ」


見つかったのであれば少し不味い事になるが……まぁ、なんとかなるだろう。

王子が何かを言う前に再び誘拐すればいいだけの事だ……。

ラティファは部下にそう言うと、足早にコロネ宰相の下へ向かうのだった。




♢   ♢   ♢




「皆の者、よく集まってくれました」


森林国の王城の謁見の間は世界樹の一部が壁から突き出ている幻想的な場所であった。

大広間としても機能するこの空間は清浄な空気で満たされており、この空間には悪しき存在は立ち入れない。

そしてそんな謁見の間の中央にはこの国の宰相であるコロネが君臨していた。

彼女は謁見の間に集った面々を見渡し鋭い眼光を向ける。


「緊急事態故、召集させて頂きました」


宰相であるコロネは居並ぶ重鎮達に対しそう言い放った。


エルフの騎士団長及び副団長。公爵位を持つ大貴族。妖精の統率者。精霊の化身。幻想生物の長。

そうそうたる面子であり、彼女らが一堂に会している光景は見る者によっては一種の畏怖さえ覚えるだろう。

女王プリムラが世界樹の中に閉じ籠ってから幾ばくかの時間が経過したが、未だに女王は出てこない。そして城の内部も慌ただしくなっており、優秀な部下達が指揮を取りなんとか国が保たせているような状態であった。

そんな最中に起きた緊急召集の事態に皆が真剣な顔で固唾を飲んでいる。


「では王女様、こちらへ……」


緊急招集を掛けたのは宰相コロネだ。だが、どうやら招集を掛けたのは彼女一人だけではないらしい。

王女、という言葉に皆の視線がコロネの後方にいる一人のエルフへと注がれた。


「はい……」


その女性は前に出ると、宰相コロネの横に立つ。


「こ……この度はお集まり頂きありがとうございますっ」


彼女はそう言って深々と頭を下げた。

皆が見つめる中、頭を下げた女性は肩を震わせている。あまりこのような場に慣れていないのだろう。

だがそれでも懸命に耐えているその姿はいじらしく、見る者の心を癒やす。


──レメゲスト森林国・王女レメリオーネ。


女王プリムラの実の娘であり、『森精姫』と謳われた程の美貌の持ち主。

長く美しい金色の髪に透き通るような白い肌、そして整った顔立ち。その身に纏うドレスはレメゲスト森林国の特産品である絹をふんだんに使用した物であり、まるで星空のように煌めいていた。

そして華奢なエルフには珍しい肉付きの良いからだと、それに相応しい巨乳。そしてプリムラとは違った優しい雰囲気を纏う彼女。

誰もが羨むような美貌を持つレメリオーネ王女であるが、今は悲壮感を漂わせている。


「皆様方……エーちゃん、じゃなくて私の弟エリムの為に捜索を行って頂き感謝に堪えません。ありがとうございます」


そう言ってレメリオーネ王女は再び頭を下げる。

彼女はエリム王子の姉であり、そして今愛する弟が失踪した事に心を痛めている女性の一人であった。

居住区に半ば軟禁状態にされていたエリムが唯一気兼ねなく話せる相手、それがレメリオーネである。

幼少期からプリムラ以上にエリムと接してきた彼女は、エリムを自らの半身とも思う程に愛していたし、エリムもまたそうであった。


そんな彼女は今、姿を隠している母プリムラの代わりに森林国の重鎮を招集し、この緊急招集をお願いしたのである。


「何を仰います、レメリオーネ様。王族の為に我々は存在しているのです。貴女様がお礼を言う事など何一つとしてありません」

「そうですとも。我々一同、いやこの国に住まう者全てが貴女様の味方です!」


王女の言葉に騎士団長ファルナや貴族達がそう応える。二人の言葉にレメリオーネは少しだけ安心したかのように顔を綻ばせた。

しかしその様子を横目で見ていたラティファは違った。


「(ふん……偽善者が耳障りのいい事ばっかり言っちゃって)」


侮蔑するような視線を浮かべるラティファ。そしてその中には自らの母であるスプール公爵も入っているのだ。

どうせお前らも男を漁るみっともない女達だろう、とラティファは内心毒づいた。

気取ったふりをしているが、どうせ内心はエリムを心配するどころか下卑た欲望を浮かべているのだろう。

ラティファはここに集まった者達をそう決めつけていた。

そしてそれは目の前にいるおどおどした王女……レメリオーネも同じだろう。その巨大な乳房も、肉付きも、全ては男を誘惑する為にある存在なのだ。

ラティファはそんな王女を軽蔑するような表情で一瞥する。


「ありがとう……ございます」


王女レメリオーネは涙ぐみながらも、頭を上げるとこの場にいる者達に向けて声を上げた。


「今回皆様方に集って頂いたのは他でもありません……私の弟、エリムの消息が朧気に判明致しました」


レメリオーネはそう言うと、ざわざわと騒ぎ出す重鎮達に落ち着いてと手で合図を送った。


「まずは皆様にご説明しなければならない事があります。ですが、どうか聞いて下さい」


そしてレメリオーネは一呼吸置いた後、口を開き始める。


「まず……エリムが失踪した原因なのですが……どうやら彼を誘拐した人物がいるようなのです」


その言葉に一同は驚きの声を上げた。


誘拐?王城にいるというのに誘拐?しかし王女の言葉を疑う者など一人もいない。

それはレメゲスト森林国において女王プリムラの絶対的な力と名声、そして王女レメリオーネの優しさと慈愛を知っているからだ。

だが、次に発せられた言葉に皆が愕然とした。


「誘拐犯は未だ判明しておりませんが、エリムの消息だけはなんとか掴むことが出来ました」


その言葉に皆は一斉に顔を見合わせる。

消息が分かった?どうやって?そもそも誰がやったのだ? そんな疑問が浮かび上がる中、レメリオーネはこう言った。

言おうとした。


だが──


「エリムは……」


レメリオーネがそう言いかけた瞬間であった。


不意に謁見の間の上空に"空間の裂け目"が開かれた。


「え?」


突然の出来事に皆の思考が停止する。


ズズズと悍ましい音を立てながら空間の裂け目がはどんどんと広がり、やがて人一人が通れるくらいの大きさにまで広がると、その裂け目からはすらりと白く美しい腕が突き出された。

悲鳴が上がる。それはレメリオーネの声であり、それが皆の思考を取り戻させたのだ。

そして次の瞬間、空間の裂け目からは一人の女性がまるで深淵から這い上がってきたかのように姿を現した。

だがその女性は美しい容姿とは裏腹に禍々しい気を放っているではないか。その明らかに人ならざる者の雰囲気にその場にいた者達は戦慄した。


「ば、化け物……?」


その場にいた一人がそう言ったが、事実としてその人物は禍々しい瘴気を纏っておりどう見ても尋常ならざる存在であったからだ。

何故、世界樹に護られた清浄なる空間に悍ましい化け物が?


「あ!お母様!」


レメリオーネがパァ、と明るい笑顔を浮かべそう言った。

そこでようやくその場にいた者達は裂け目から現れた怪物の正体がなんたるかを知った。


「じ、女王陛下!?」


空間の裂け目から現れたのは皆がよく知る人物……レメゲスト森林国女王プリムラであった。

彼女は氷のように冷たい眼差しを浮かべ、魔王のような威圧を放ちながらその場に降り立った。


「……」

「うぅ……お母様……いきなりいなくなっちゃうから心配してたんですよ……?でもよかったぁ……」


レメリオーネはプリムラへと駆け寄り抱きつく。そして涙ながらに母であるプリムラへと話しかけていた。

そんな母子の様子を訝しむような視線を向けている者共がいた。それはラティファである。


「(なんだあの化け物!?!?)」


ラティファは恐れ慄いていた。女王が放つ禍々しい気に。

全身が恐怖で強張り、一瞬でも気を抜いたらそのまま気絶するのではないかという程の圧倒的な圧。

ラティファとて公爵家に連なるエルフだ。故にプリムラという女王の事はよく知っていた。いや、知ったつもりになっていた。


──千年以上の悠久を生きる古代種・エンシェントエルフにして、数多の世界大戦を経験してきた世界樹の守護者。

遥か昔に起こった世界崩落の危機を救った英雄にして、古代種の中の頂点に立つ真なる魔法の根源。

プリムラはレメゲスト森林国の聖樹の大元であり、その身から放たれる神聖なる力によってこの国を護ってきたとされている。


だがそれも遥か昔の事。故に半分誇張された伝説かなにかだと思っていた。

幾ら長命を誇るエルフとは言え千年以上生きる者は少なく、彼女が力を開放したところを見た事がある者などほんの僅かだ。

だからこそ、その伝説の信憑性が薄れてきていたのだが……。


「……」


目の前で強烈な圧を放つ女王は、正しく伝承通りの存在であった。

魔力の奔流を浴びてラティファの身体が悲鳴を上げている。

目の前にいる女は決して存在していいモノではない。あれは世界の歪みそのものだ。

金色の髪が、碧色の瞳が、真っ白な肌が、全てが恐ろしい。


「お母様……心配したんですからぁ……」


レメリオーネはプリムラに抱き着きながらそう言っているが、ラティファからすれば彼女も理解出来ぬ存在であった。


「(なんで普通に接してのよあの女!?これ明らかにヤベー奴じゃん!!)」


やはり実の娘だと恐怖が幾分か薄れるのだろうか?

いや、しかしこれはそんなレベルではなく本能に訴えかけてくるような悍ましいものだ。


「陛下、普通に登場して頂けませんか?」


そして宰相コロネもまた、プリムラの圧を受けて平然としている。それがラティファには理解不能であった。

皆から恐怖の視線を一身に受ける女王プリムラであったが、彼女は無表情で玉座に座ると、横にいる娘レメリオーネに向かって呟いた。


「エリムは……何処にいる」


地獄の底から這い出たかのような低い声。脳髄が焼き切れそうなドス黒い殺意。

レメリオーネはビクリと身を震わせると、慌てて答える。


「え?エーちゃんですか!?えーと、それがですね……ラインフィルの地で競りに掛けられて人間に買われたってとこまでは掴んでるんですけど、どこの誰に買われたかはまだ……」


王女レメリオーネがなにやらとんでもない事をサラっと言った。すると女王の怒気に怯えていた者達は一斉に目を見開く。

必死に女王の覇気に抗っていたラティファも、王女の発言を聞いてしまった。


「(えっ!?人間!?エリム様が人間に買われたの!?)」


そしてそれを聞いた瞬間、ラティファの頭にカッと血が上り始めた。

怒りによって目の前が真っ白になりそうになる程の憤怒にかられたのである。

そしてそれは他の者も同様で、皆一様に額に青筋を立てながら怒気を漲らせていた。


「王子が人間に……?」

「おのれ、人間どもめ……ッ!どこまで我等を愚弄するつもりだ!?」


怨嗟や憤慨、様々な負の感情が入り混じる謁見の間。

それもそうだろう、エルフの至宝であるエリム王子を人間如きが買ったというのは大森林に住まう者からすればありえない話であり、信じ難い事であった。

噂では天使の如き容貌をしているというエリム王子。今頃下劣な人間に買われ、何をされているかは想像に容易い。


「ラインフィル……」


そんな重苦しくも憎しみの感情が渦巻く場の中、プリムラはそう呟き立ち上がった。


「ラインフィルを攻め滅ぼす。全軍を集結させよ」


プリムラのその言葉を聞いた瞬間、場の空気が一気に緊迫したものへと変わった。

怒りに震えていた重鎮達も彼女の言葉を聞いた瞬間、怒りを四散させポカンと口を開けている。


今、彼女はなんと言った?ラインフィルに攻め入る?

聞き間違いだと思ったが、どうやら本気らしい。プリムラの感情を感じさせない深淵の瞳がそれを如実に物語っている。

ラインフィルに攻め入るなど正気の沙汰ではない。あの地は古代文明の防衛兵器と魔法によって護られている世界から隔絶された空間である。

少しでも侵略した瞬間に高次元に凍結されている超兵器の数々が次元を超えて襲いかかってくるのだ。


「(あ、やば……これ冗談でもなんでもないやつだ……)」


ラティファはそう思った。何故ならばプリムラの体から漏れ出す魔力の奔流が大気を震わせているからだ。

重鎮達も同様なのだろう、皆呆然とした表情を浮かべていた。

しかしその中でも平静を保ち、呆れた表情を浮かべる者がいる。


「陛下、そんな事したら世界滅びますけどいいんですか?」


宰相コロネである。彼女ははぁと深い溜息を吐くと女王に向かってそう言った。

プリムラの悪魔のような目線が彼女を射抜くが、それに動じる事なくコロネは女王の前に立ちはだかった。


「私があのガラクタ共に負けると思っているのか」

「貴女は死なないかもしれませんけど他の皆全員死にますから。全生命死に絶えますから。そしたらエリム様も死んじゃいますけどいいんですか?」


宰相の言葉にプリムラはピタリと動きを止めた。どうやら宰相コロネの言葉が効いたらしい。

プリムラはコロネの方に視線を向けると、暫しの沈黙の後再び玉座へと腰掛けた。


「何か代替案を述べろ」


ギョっと、その場にいた者達が目を見開いた。

そんな無茶ぶりな……!?と皆がそう思っただろう。だが、プリムラは本気である。

というかエリム王子の失踪事件から何故世界が滅びるやらの話になっているのだろうか? ラティファは頭痛がしてきた。


「(なんだこいつ……マジやべぇ……)」


ラティファはそう思っていた。だがプリムラの凄みに気圧され皆は何も言い出せないでいる。

そんな空気の中、一人の人物がポンと手を打った。


「あ!お母様!私いい事考えたわ!」


満面の笑みを浮かべてそう言ったのは王女レメリオーネ。

こんな状況で何故笑えるんだ……?とラティファは思った。それと同時に何か嫌な予感が彼女の脳裏に過った。


「エーちゃんを買ったのって多分何処かの国の高位貴族でしょ?エーちゃんみたいな天使、普通の人間が買える訳ないもんね。だったら……」


そしてその予感は的中した。


「人間の国全部滅ぼして皆殺しにすれば、そいつも慌ててラインフィルから出てくるんじゃない?貴族なら祖国の危機を見過ごせる訳ないものね!」


とんでもない事を言う王女レメリオーネ。それを聞いた重鎮達の中には青褪める者もいた。


「(な……なんちゅう事考えとんじゃこの女は!?)」


ラティファは冷や汗が止まらなかった。確かにラティファも人間が嫌いだし、見下している。

更にはエリムの事を攫った人間の事をぶち殺してやりたいとも思っている。


だが、全てを滅ぼして皆殺しにしようとまでは思わない。そんな事を考えるのは本当のヤベー奴……。


「ラインフィルから出てきたところをぶっ殺して、そいつが側に置いてるであろうエーちゃんを助けるの!どう!?いい案でしょ!?」


ヤベー奴が言葉を続けた。ラティファも、誰も何も言えなかった。

しかしそんな時、不意に声を上げる者がいた。


「なるほど、流石はレメリオーネ様。素晴らしい案でございますね」


宰相コロネだった。彼女はうんうんと頷き、嬉しそうに笑っている。

あ、こいつもヤベー奴だったんだ、とラティファは思ったがここで声を出せば殺される可能性があるので何も言えなかった。


「……」


女王プリムラは自らの娘の考えを聞き、頭の中で反芻する。悠久の時を生きた彼女の頭脳が瞬時に答えを導き出す。


「陛下、如何致しますか」


宰相コロネがそう問いかけた。プリムラはぐるんと首を回し、視線をラティファ達に向ける。


そして言った。


「ニンゲン……コロス……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る