15.「エリム……お風呂というのはね、自分を開放する場なの。だから……身体を隠す必要なんてないの。わかる?」

大陸の中心に位置する永世中立存在ラインフィル。古代文明の支配者に守られた揺り籠の都市は決して眠る事のない都である。

古代の超文明の機器は街を明るく照らし、現代の人間には理解出来ぬ複雑な機構で動く街のあちこちからは、人々の営みの音が絶えない。

街の明かりに彩られ、闇を遠ざけられた空には人造の兵器が殺傷行為を監視しており、この場所だけは下界のあらゆるしがらみから切り取られた世界として存在していた。


そんな不夜城を誇るラインフィルであるが、やはり人というのは眠らなければならない。

夜の帳が下りた頃、貴族街にある一際巨大な屋敷でも、めくるめく夜の世界に幕を下ろそうとしていた。

帝国が誇る軍家、ノーヴァ公がおわす邸宅である。


「お館様、風呂の準備が整いました」


ノーヴァ公爵家に仕えるメイド・マリアが主に向かってそう口を開く。

主……アイリスはその言葉を聞きぴくりと肩を震わせる。


「あら、もうそんな時間なのね」


アイリスは自室のソファーに腰かけながら、読書の時間を楽しんでいた。そしてその横に侍るのはエルフの美少年……エリムである。

彼は今日この屋敷に来たばかりなのだが、こうしてアイリスの真横でソファーに座り一緒に読書の時間を楽しんでいた。

一応奴隷なのだが、彼自身もアイリス達もそんな事は忘れたように過ごしている。


「お風呂で御座いますか?では私はここでお待ちしておりますので……」


エリムがそう言い、少し顔を赤らめながら俯く。彼は美しいアイリスの裸体を脳裏に浮かべてしまい、つい顔を赤らめたようだ。

彼の言葉を聞きアイリスは軽く頷いて風呂に向かおうとするが……その瞬間、彼女の筋肉のような脳みそに電流が奔った。


閃いた……!


「な、何を言っているのかしら?エリム。貴方も一緒に入るのですよ?」

「え?」


予想だにしなかったアイリスの一言。エリムは思わずポカンと口を開けた。


「ノ、ノーヴァ公爵家のしきたりでは……奴隷は主と一緒にお風呂に入って、主人の身体を洗う決まりになっているのです!(大嘘)」

「えぇ!?」


これにはエリムも驚いた。

奴隷が主人と一緒にお風呂に入る……だと?い、いや……奴隷なんだから当然か?主の身体を洗うのも立派な仕事である。

しかしそれは奴隷というより使用人の役目のような気もするが……。

困惑するエリム。一方でマリアはアイリスが突然意味不明な事を言い出したので怪訝な表情を浮かべていた。

急に何を言っているんだこの女は。そんなしきたり初めて聞いたぞ。昼間のショックで頭がおかしくなったのか?

……とそう思うマリアだったが彼女も何かに気付いたかのように、ハッとする。

そしてエリムが何かを言う前に、マリアは口を開いた。


「エリム様……奴隷は主に尽くすのが決まり……確かにノーヴァ家のしきたりには男性の奴隷は全裸になって主人の身体を洗うべし……というのが存在するのです」


なんだそのしきたり?何故そんなピンポイントなしきたりが存在するんだ……。

エリムは困惑したが、しかし実は女性とお風呂に入れるなんて嬉しくてつい、胸が躍るような気持ちだった。

エリムは顔を真っ赤にし、しかし同時に少し照れたような表情を浮かべながら思わず口を開く。


「そ、そうなんですか……い、いやぁ……これは困ったなぁ」


エリムが照れ臭そうに頭をかきながらはにかむ。そんな表情を見せられてアイリスとマリアの二人は胸と子宮がキュンと鳴った。

普段は見当違いの事しか見出さないアイリスのつるつるの脳味噌であるが、こういう時だけは頭脳明晰になっている。

それと同時に普段はアイリスとの連携プレイなど出来ない毒舌メイドのマリアであるが、こういう時だけは敬愛する主人とのコンビプレーが冴え渡るのだ。



エリムはアイリスと共にお風呂に入れる事にまんざらでもない様子で、二人はそんなエリムを見て、しめたとばかりに心の中で小さくガッツポーズをした。

それと同時にエリムという存在の異質さに驚愕する。普通の男ならば女と風呂に入れだなんて言われたら、恐怖のあまり錯乱するか逆に怒り狂って殴りかかるかのどちらかであろう。

しかしエリムはまんざらでもない様子で照れているだけである。なんだその包容力のある笑みは? 天使か?

というかこのエルフは一体何者なのだろうか。これ程までに女性を嫌わない男性は見た事も聞いた事もない。

器が大きいとかそういう問題ではないような気がするが……。しかしこれは好機であると判断した。

合法的(?)に美少年の裸を拝めるチャンスである。もしかしたら本当にアイリスのいう、イチャラブが体験出来るかもしれない……。

オークション会場ではそんな処女丸出しの台詞を宣うアイリスに冷笑を浴びせたが、本当はマリアだって……いや、この世界に住まう女ならば誰だってイチャラブな恋、及びセックスをしたいのだ。


「じ、じゃあ僕……先にお風呂に行ってますね!」


恥ずかしいのか、エリムは小走りで部屋を出て行ってしまった。

日中にエリムはマリアに案内されて、この屋敷の全体像を把握している。故に浴場の位置も分かるのだ。

二人はそんな初々しい天使ちゃんを生暖かい目で見送る。

あぁ、なんて可愛らしい子なのだ。それでいて女というけだものを嫌わない、彼こそが本当の天使だ……。

1000億というとんでもない金を出した甲斐があったというものだ。


アイリスはそんな至福の気持ちを味わっていたのだが、横にいるマリアの言葉で一気に現実に引き戻される事となった。


「しかしお屋形様。呑気に風呂に入っていてよろしいのですか?1000億の件といい、森林国の事といい、よく考えたら風呂に入っている場合ではないような……」


アイリスのこめかみに青筋が浮いた。


「その話題は出すなって言ったでしょ。折角天使のようなエリムを見て嫌な事を忘れてられたのに」


アイリスは苛立った様子でマリアの言葉に答える。

しかしマリアはそう言わざるを得なかった。何故なら今現在アイリスを取り巻く状況というのは最悪を通り越して悪夢レベルなのである。

この1000億の件にしても、エリムの奴隷購入の件にしても、何を取っても国賊とも言える所業でありこうしてのんびりと過ごしている事がマリアには信じられなかった。

もしかしてこいつ馬鹿すぎて何も分かってないんじゃないか?と思う程にアイリスの様子は落ち着いていたし、あまりに飄々としている。

自らの主が何を考えているかマリアには皆目見当も付かなかった。


「マリア、安心しなさい。このアイリス様が何も考えていないと思う?」

「え?何か考えてるんですか?貴方様のそのプチトマトみたいにつるっつるの脳味噌で?」


マリアは無礼千万な発言をかました。

こいつ馬鹿なんじゃないの?と本気で思う程の無礼な態度である。しかしアイリスはその毒舌すらも気にする事なく言葉を続けた。


「ふふふ……まぁ見てなさい。私にはね、秘策があるのよ。どんなもんか聞きたい?」

「いえ、別に聞きたくないです」

「そんなに聞きたいなら聞かせてあげるわ。私の秘策をね……」


最早会話が成立していないのだが、これが日常茶飯事である二人は特に気にする事なく会話を続ける。


「私の策がなった暁には、公爵家も……いや、帝国ですら、王国も、森林国ですら私とエリムのイチャラブ生活を邪魔する事は出来なくなる……!」

「はぁ」


大言壮語したアイリスだったが、マリアは彼女の言う事が余りにも現実離れしていたので話半分で聞いていた。

昔から彼女はそうだ。ありもしない夢物語を本気で叶えられると信じ、そのとんでもない力で周囲の者達を巻き込み、そして自滅する。

それを何十年も見てきた。だからこの程度では彼女は驚きはしない。


「……その秘策とは一体どのようなものなのですか?」


一応聞いてみた。サルの糞以下の価値である事は聞かなくても分かってはいるのだが、マリアとて不安は不安なのだ。

マリアの言葉を聞き、アイリスはニヤリと微笑み、口を開く。


「それはね……エリムを……」

















「はぁ?」



その瞬間、マリアの頭の中で何かがプツンと切れる音がした。




♢   ♢   ♢




ノーヴァ公爵家の浴場は豪勢を極めていた。

大理石が敷き詰められた大浴場に、透き通るような透明のお湯。そして宝石のように煌く美しい薔薇が浴槽に浮かんでいる。

獅子を象った石像の口からは、なみなみとお湯が注がれていた。


「わぁ……!凄い……!」


エリムはそんな幻想的な浴場を見て目を輝かせた。こんな豪華絢爛な設備は、彼の暮らしていたエルフの王城でも見た事がない。

やはりエルフと人間というのは価値観が違うのだろう、この地に来てからというもの驚きの連続でエリムにとっては刺激的な光景ばかりだ。

エルフはどちらかというと質素な……そう、それこそ質実剛健という言葉が似合うような性質だ。

だからこんな眩いばかりの絢爛豪華な景色というのは、エリムにとって初めての事なのである。


……?


しかしアイリスは自らの家を質実剛健と言っていたような……?

いや、考えるのはよそう。価値観の相違はよくある事だ。恐らくはこのレベルでさえ人間の金持ちにとっては質素なのだ。

恐るべしノーヴァ公爵家……!エリムは戦慄すると共に、その当主を務めるアイリスに深い畏敬の念を懐いた。


そうしてエリムが見当違いの事を考えてる間に、不意に浴場の入口から何者かが中に入ってくる。


──きた。


エリムは自身の前方を隠すタオルをギュッと握り締め、そして彼自身の顔を紅潮させていく。

湯煙りの中、現れたのは一糸まとわぬ姿となったアイリスであった。


「ふふ、来ましたよエリム……」


彼女は手を後ろに組みながら、前を隠す事無く悠然とエリムの元へと歩み寄ってくる。彼女の裸体は美しい裸身であった。

煌く白銀の髪から雫が垂れ落ち、その身体に弾かれて湯船へと落ちていく。

水滴が肌を伝い、それが水流に流されていく光景はまるで絵画のようであった。

そしてエリムの目を一際引いたのは彼女の乳房と下半身である。

美しい張りのある胸は、その大きさと形を際立たせており、その下の引き締まったお腹は均整が取れている。

そうこうしている間にも、彼女は悠然と歩を進めながら、どんどんエリムとの距離を詰めていた。


そして彼女はエリムの局部を隠すタオルを見て、口を開く。


「エリム……お風呂というのはね、自分を開放する場なの。だから……身体を隠す必要なんてないの。わかる?」


そんなエリムの言葉を受け、エリムは改めて自分のタオルを見直す。

確かに……言われてみればそうだ。お風呂というのは裸で入るものなのだから、局部を隠そうとするのはおかしいのである。

それに主人たる彼女が隠していないのに、奴隷の自分が隠すというのも失礼ではないか?


いや……だがしかし、しかしだ。それは分かっているのだが、エリムにはタオルを退かしたくない理由があった。

何故なら彼女の美しすぎる裸体を見て、自分の股間がいきり立ってしまったからだ。

こんな……こんな恥ずかしいモノを彼女の前に晒すわけにはいかない。

しかし彼女はそんなエリムの思いなど知らぬと言わんばかりに、彼の股座に手を伸ばしてきた。


「わぁっ!?」


突然の事にエリムは驚愕の表情を浮かべるが、彼女はそんな事などお構いなしといった様子でタオルを彼の局部から退かそうとしてくる。


「さぁエリム、さっさとチン見せ……じゃなくて貴方自身を開放しちゃいなさい?」


帝国最強の戦士の力に適うはずもなく、あえなくタオルは取り払われてしまう。

そしてそこにはエリムの意思を体現するかのように、雄々しく隆起したペニスがそそり立っていた。


「──」


それを見たアイリスは、無言でエリムの股間を見つめている。

……恥ずかしい。エリムはその視線に堪えられず、顔を真っ赤に染めて俯いた。

だがそんなエリムの思いとは裏腹に、アイリスは彼の股間を見て目を輝かせた。


そして小さく一言呟く。


「あ、これダメ、イグっ」


その瞬間、アイリスの身体がビクンと跳ねた。

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