13.「じゃあエリム、早速アンタの童貞のアレをしゃぶらせ……」

エリムたちは立派な庭園へと来ていた。

そこには色とりどりの花や木々が植えられており、中央にある噴水からは水が溢れ出ている。

そして、その周囲には白いテーブルと椅子が置かれていて、今にもお茶会が開けそうな雰囲気だった。

しかも凄い事に、この庭園はエリムが来た時に見た外から見える庭園ではない。中庭の位置にある別の庭園なのだ。

エリムは、まるで別世界に来たような気分になった。


「どうですか?素晴らしい中庭でしょう」


アイリスが自慢げにそう口にした。確かに、これは凄いとしか言いようがない。まるで絵画が飛び出してきたかのような優雅で、そして美麗な景色にエリムは感嘆の声を上げた。


「素晴らしいお庭です!こんな綺麗な場所があったなんて……!」


エリムは花が大好きであった。前世ではそうでもなかったのだが、この世界に産まれてからというもの彼は自然や花々に惹かれるようになっていたのだ。

何せ植木鉢に植えたお花に名前を付けて可愛がっていたくらいである。前世での価値観では男がそんな事をするのは奇妙な事だとは思うが、何故か花を愛でる欲求が溢れ出てきて止まらないのだ。

恐らくこれはこの身体……エルフの身体に染み付いた本能なのだろうとエリムは思っていた。自然と共に生き、そして死ぬエルフだからこその欲求なのだ。


目を輝かせてはしゃぎ回るエリムを見て、アイリスは彼に目を奪われていた。

至上の美しさを持つエリムがこれまた美麗な庭園でくるくると回ってはしゃいでいる……。

まるで精霊と見間違うようなエリムの光景はアイリスが夢にまで見た、理想郷そのものだった。

思わずこの場で叫びたくなるような程に、それはもう素晴らしい眺めであった。


「こ、ここは私のお気に入りの場所で、天気の良い日はよくここで読書をするのですよ」


読書。こんな美しく、そして落ち着いた場所で読書をするとさぞや気持ちがいい事だろう。

エリムはぽかぽかとお日様の日を浴びてここで読書する自身の姿を思い浮かべ、そして幸せな気持ちになっていた。


「あ、あの。アイリス様ここは自由に使ってもよろしいのですか……?」


奴隷の分際で何を言うかと自分でも思うが、知らずエリムはそう聞いていた。この衝動には抗えない……。

アイリスはエリムのそんな言葉に微笑みを返す。


「ええ、勿論です。好きな時にいつでも来ていいですよ」


パァ、と顔を明るくするエリム。その笑顔はアイリスの心臓をドキリと跳ねさせた。


「ありがとうございます!」


──可愛すぎるだろ!!!!

アイリスはエリムの屈託のない笑顔を見て心の中でそう悶絶した。

なんだ、この生き物は。なんだ、この美しさは。なんなんだ。この天使は。

アイリスは天を仰いで顔を手で覆い、その場で悶えてしまうのをなんとか堪える。

これはヤバい、可愛すぎる。理性が崩壊するレベルだ。私のモノにしなければ気が済まない……。

そんな暴力的な感情すら湧き上がってくるアイリスだった。

今すぐにここで押し倒して彼のモノをしゃぶりたい……しゃぶりつくして、そしてそのまま私のモノを舐めさせて、そのまま一つに溶け合いたい……!


……い、いや落ち着け。そんな事をしたら彼に幻滅されてしまう。

自分はあくまでイチャイチャラブラブしたいだけなのだ。無理矢理だなんて、そんなの嫌だ。可哀想なのは抜けない。


そうしてアイリスが自分自身という最強の敵と戦っている時であった。

不意に、彼女の両手がふわりと何かに包まれた。


「お優しいアイリス様……貴女様に感謝を……」


エリムがアイリスの両手を包み込むようにして、手を握っていたのだ。

これは……この動作は……ラブラブイチャイチャドスケベ交尾(アイリス視点)OKの証……。

あ、じゃあこれ襲ってもいいな。ベロチューしながら美少年のアレをハメちまっていいな、とアイリスの理性は完全に崩壊した。



「……あっ」



自分の仕出かした事に気付いたエリムは慌てて手を引っ込めた。


しまった、つい嬉しくてやってしまった。これは確か子作りOKサイン……!エリムはまずいと思ったが、時既に遅し。

ちらりとアイリスの顔を伺うと彼女の瞳は潤んでおり、頬は紅潮していた。そんな彼女を見てエリムの心臓がドクンと高鳴る。

なんという艶やかしいお姿であろうか、一種の芸術品のような美しさを彼女は放っていた。


実際にはアイリスの脳内は下品極まりない言葉で埋め尽くされているだけなのだが、エリムがそれに気づく事はない。


「じゃあエリム、早速アンタの童貞のアレをしゃぶらせ……」


その時であった。

なにやらアイリスが不穏なワードを口走ろうとしたその瞬間、彼女の後ろに人影が現れる。

メイド服を着た瀟洒な女性……マリアだった。マリアはアイリスの口を塞ぐと、彼女の言葉に被せるようにして喋り出した。


「何をしているんですか、お館様。こんな人目につくところで発情しないで下さい。盛った家畜のメスブタじゃないんですから」

「ふごーっ!ふごーっ!」


口を塞がれたアイリスが暴れ出す。流石にアイリスの怪力には勝てなかったのかマリアは弾き飛ばされるが、アイリスを冷静にさせるのには成功したらしい。

彼女は慌てふためきながらエリムに弁明し始めた。


「は、は、はつじょう!?このノーヴァ公爵家当主たる私が発情!?そ、そんなはしたない事する訳ないじゃない!ねぇ!?エリムもそう思うわよね?ねぇ!?」


必死の形相で同意を求めるアイリス。

急に雰囲気と口調が変わったアイリス様の様子に、エリムは無言でこくりと頷くしかなかった。


「そうよねぇ!?マリアったら何言ってやがるのかしら内臓引きずり出してブッ殺すわよ、オホホ……」


乾いた笑いを浮かべながらアイリスは言う。しかし、顔は引き攣っており、額には冷や汗を浮かべていた。


ていうか今ブッ殺すって言った?

……いや、お優しいアイリス様がそんな事を言うわけがないのできっと聞き間違いだろう。そうに違いない。

エリムは自分をそう納得させた。


「ところでお館様。お客人がお見えになっています」

「お客人?一体誰よ?」

「皇帝陛下の遣いの方と、ノーヴァ公爵家の遣いの方です」


アイリスの表情が面倒臭そうな表情になる。それと同時に彼女は何か嫌な予感を感じる……。


「はぁ、全く。せっかくエリムとの時間を過ごしているというのに。分かったわ。すぐに行くと伝えなさい。……ごめんね、エリム。お友達が来たから貴方はお庭で遊んでなさい。外に出ちゃ駄目よ?」


お友達?誰だろうか?恐らく貴族ではあるのだろうが。

エリムは少し落胆する。折角彼女との一時を過ごしていたというのに。

しかし彼女は公爵……。その御身は忙しいに決まっている。自分一人だけが彼女を独占する事は出来ないのだ。


「畏まりました。行ってらっしゃいませ、アイリス様」

「うふふ、すぐに終わらせてくるからね」


エリムは礼儀正しく返事をして、お屋敷の中へと戻っていくアイリスを見送ったのであった。




♢   ♢   ♢




「お館様、何方どちらから先に会われますか?」


マリアの問いにアイリスはう〜んと悩んで答える。


「そうねぇ。なんだか公爵家からの奴は面倒臭い事になりそうだし、悪い報告は先に聞くに限るわ。陛下からの使いはいつもの部屋に通しときなさい。私は先にノーヴァ公爵家から先に挨拶してくるわ」

「畏まりました」


アイリスは自室に戻ると、身支度を整えてから応接間へと向かう。そして扉を開けるとそこには軍服姿の女性の姿があった。

女性はアイリスの姿を目にすると立ち上がり、背筋を伸ばして名を名乗る。


「失礼致します!私、帝国軍第三師団所属の騎士であるミア・ロトナイトであります!帝国最強の戦士と呼ばれる『鉄処女』アイリス・ノーヴァ公にお会い出来て光栄です!」


また暑苦しそうな奴が来た……。


ノーヴァ公爵家は武門の名家である。必然的に関係者も軍人に偏りやすいので仕方ないと言えばそれまでだが、もう少し優雅にして欲しいものだ。

アイリスも軍人ではあるのだが、軍隊特有の女臭い暑苦しさが大嫌いであった。

戦争に従軍している時に味わう女だらけの行軍は地獄である。何日も風呂に入れない為、皆体臭がきつく、化粧もしていないせいで目付きも鋭い。


アイリスは男の子とゆっくりライフを過ごしたいだけなのだ。

それが何の因果か分からないが最強の戦士とかいうあまり嬉しくない事実と『鉄処女』とかいうクソみたいな二つ名まで付いてしまった。

優雅に暮らしたいアイリスとしては軍隊の無骨さは敬遠したいものであった。

だがそんな事をおくびにも出さずにアイリスは微笑み、言った。


「ノーヴァ公爵領から遥々ご苦労様でした。早速だけど、ご用事を聞かせて貰えるかしら」

「はっ!ノーヴァ公爵家先代ミラージュ様より書状を預かって参りました!」


先代ミラージュ。あのクソババァ……もとい母親からの、書状?

アイリスは嫌な予感をひしひしと感じた。

ノーヴァ公爵家の刻印が押された書状を見た瞬間焼き尽くしたい衝動に駆られたが、使者が見ている以上そんな訳にもいくまい。

アイリスは渋々書状を受け取り、中身を確認する。



『アイリスへ。よくもやってくれたの。戦費が嵩んでいる時に800億もの請求書を送り付けてくるとはお主も中々やりよる。つーか嫌がらせか?嫌がらせじゃろ?この悪鬼め!!妾がどれだけ苦労しているのか分かっておるのか!?この前もお主に送った金塊のせいで財政が傾いたばかりだというのに!!800億は払ってやった……払ってやったが……あれはノーヴァ公爵家から貴様個人への貸しじゃ!800億を早々に返さないと公爵家総力をあげて貴様をブッ殺しに行くぞ!!』



とてもではないが貴族が書く文章ではない。なんて幼稚かつ稚拙な手紙であることか……。


だが、幼稚かつ稚拙なアイリスには効果覿面であった。


「(あのババァ……言いたい放題言いやがって……クソが!!!)」


アイリスの脳裏にミラージュの顔が浮かんだ。

歳だけは一丁前に重ねているクセに見た目も精神年齢も子供にしか見えない、あのクソババァの顔を。

その瞬間、無意識のうちに殺気を放ってしまう。


「ひっ……」


アイリスの放つ濃密な殺意にあてられて、ミアが小さな悲鳴をあげた。


「あら、ごめんなさいね。ちょっとクソ虫が飛んでいたものですからつい殺気を放ってしまいましたわ」

「い、いえ!大丈夫あります!」


ミアは戦慄した。帝国最強の戦士が放つ気の奔流はまるで嵐のように凄まじく、今にも押し潰されてしまいそうな錯覚さえ覚えた。

ミアとて武家の出身である。これまで数多の戦場を渡り歩いてきた猛者だ。

それ故に分かる。アイリスから放たれているのは紛れもなく本物の殺意である。

下手に刺激すれば殺される。本能的にそう感じ取った。


そしてアイリスは使者がいる前でキレる訳にはいかないと必死に怒りを堪えていた。

彼女は額に青筋を浮かべながらも続きを読む。


『追伸・あ、お前もうノーヴァ公爵家当主から外しといたから。新当主にはお前の妹であるプラネを就けといた。当主に戻りたかったら800億、耳を揃えて返すのじゃ。あと、その屋敷は当主専用だから一週間以内に退去するように』

「あぁん?」


アイリスは思わず書状を握りつぶす。

何勝手に決めてんだ?そりゃ、800億使った私が悪いけどあくまで森林国を挑発するための必要経費である。

それをなんだ?当主でもなんでもないクソババァが勝手に現当主を引退させ、あまつさえプラネが新当主だと?

あのクソ雑魚ナメクジが、ノーヴァ公爵家の当主だと?


アイリスの怒りは限界に達した。

最強の戦士の殺気が応接間に吹き荒れ、屋敷自体がカタカタと揺れ動いた。

常人であれば気絶するであろう強烈な圧。


「ひぃっ……!」


使者のミアはアイリスのあまりの恐ろしさに腰を抜かす。


「……」


アイリスは無言で立ち上がると、応接間を出て自室へと戻った。

ミアが恐怖を感じながらも呆然としているとアイリスはすぐに戻ってきた。

その手に書状を抱えて……。


「ミア、だったかしら」

「は、はいぃ!」


アイリスのあまりの迫力に、ミアは震え上がる。

これが『鉄処女』のアイリス!噂通り、とんでもない化物だ!ヴィンフェリア王国との北方戦線で多大なる戦果を上げ、敵味方両方から恐れられた女傑。

そんな女が今、目の前にいるのだ。

恐怖でガタガタと震えながら、ミアはアイリスの言葉を待つ。


「これをノーヴァ公爵家に届けてくれるかしら」

「はい!必ず!」

「よろしい。では行ってきなさい」

「はっ!」


こうして、ミアはアイリスから書状を受け取り、ノーヴァ公爵領へと向かった。

だが、この時のミアはまだ知らなかった。


彼女の災難はここから始まるという事を……。

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