11.「…あぁ…あぁ……あぁ……!!なんという……なんという事でしょう……!!」
「分かりました!!さぁ、エリム様……子作り致しましょう!!」
何を……言っているんだ彼女は?
唐突に放たれたマリアの言葉にエリムは呆然として立ち竦む。
今彼女は何と言った?聞き間違えじゃなければ子作りしましょうと聞こえたような気がするが……。
いや、まさかそんな訳がないだろう。だってそもそも、彼女と自分は今初めて会ったばかりではないか。そんな突飛な流れになる訳がない。
そうだ、聞き間違いなんだ。うん。
エリムはそう結論付けると、改めてマリアの方に視線を向ける。
しかし彼女は錯乱しているのか、顔を赤らめてぶんぶんと頭を振りながら何やらぶつぶつと呟いていた。
「でもよく考えたら貴方は奴隷で、私は従者……私達は同じ主に仕える者同士……!そ、そういう関係になるのはまだ早いというか……あ、いや嫌だと言っている訳では御座いませんよ?こういうのは順序があってまずはイチャイチャしながらキスをして、その次は……」
「???」
彼女が何を言っているのかがエリムには理解出来なかった。
もしや彼女は違う言語を喋っているのでは、と錯覚するほどであったが、確かに彼女は自分と同じ言語を使っている……。
「あぁ、いけませんわ、いけませんわエリムくん。貴方はお館様のもの……でも、奴隷とメイドの身分を越えた禁断の恋は誰にも止められない……!」
「え?あの、マリア様?何を言ってるんですか?」
その内に、マリアは距離を詰めてエリムに密着する。
彼の頬に手を当て、彼の目を真っ直ぐに見つめるマリアの瞳にはハートマークが浮かんでいるように見えた。
「大丈夫ですエリムくん……私、頑張りますから」
何をだ。何を頑張るのだ? 思わず口から出かかった言葉を飲み込みながら、エリムは頭の中で警鐘を鳴らす。
目の前にいる女性は危険だ。と本能が告げている。このままここに居てはいけないと本能が警報を鳴らし続けていた。
しかし、何故か抗えない。それはこの女性からいい匂いがしているからなのか、それとも別の何かがあるのか、それは分からない。
先程の落ち着いた、そして可憐な雰囲気のマリアは何処にいったのか、今の彼女は明らかに暴走している。
エリムはロゼッタに助けを求めようと後ろを振りむこうとする。
その時だった。
「──よく来ましたね、エリム」
玄関の奥……一際豪華で煌びやかな階段の上から、透き通るような女性の声がした。
トクン、とエリムの胸が高鳴る。この声は……一度聴いたら忘れられないこの声は……!
エリムはゆっくりと声のした方へと顔を上げる。
「あっ……」
そこには、彼の脳内に焼き付いて離れなかった見目麗しい女性の姿が在った。
煌びやかなドレスを身に纏い、階段をゆっくりと降りてくる彼女。
さらさらと揺れる白銀の長髪、透き通るような白い肌、まるで美の女神が顕現したかのような美しさを持ち、見る者全てを魅了する彼女の名は──
「アイリス様……」
知らずその名を呟いていた。間違いない。彼女は……アイリスは、この館の主人であり、そして自分を買った人物でもある。
彼女は優雅に階段を下りると、その美しく整った顔を笑みに変える。
「ようこそ我が家へ。歓迎しますよ、エリム」
アイリスはそう言い、エリムに微笑んだ。
あぁ、確かにオークションの会場で見た彼女本人だ。あの時と同じ笑み、同じ雰囲気、全てがあの時のままだった。
彼女は優雅に、そして自然な動作で階段から降りてエリムの方へと歩み寄ってくる。
その一つ一つの動作が、美しく可憐で、そして艶めかしく見えた。まるで天女が外界に降り立つかのような神々しい美麗さである。
「エリム様。
いつの間に冷静になったのか、マリアは首を垂れアイリスに傅きエリムに説明する。
その姿を見て、エリムは慌ててマリアに続き膝を付き、首を垂れた。
相手は公爵。エリムはエルフの国の王族ではあるが、今は一介の奴隷である。礼儀はおろそかにしてはいけない……。
「お初にお目にかかりますノーヴァ公。私はエリム・アルディハウルと申すエルフで御座います。卑賎なる奴隷の身ではありますが、この私めを側に置く事をお許しください……」
エリムの格式張った言葉に、アイリスはフッと笑みを零すと彼に近付き視線を合わせる。
「そう畏まることはありませんよエリム。貴方は確かに奴隷だけど……でも、決して酷い扱いはしないと約束しましょう」
そう口にするアイリスはとても美しかった。
その白銀の髪も。
宝石のような碧眼も。
鼻から垂れる鼻血も全てが美しく見えて……。
……?
「え?鼻血?」
エリムがアイリスの顔を見て、そう呟いた瞬間マリアが二人の間に割り込みサッとハンカチでアイリスの顔を拭った。
「おっと、こんなところにお汚れが」
マリアが退くとそこには女神のような美麗なご尊顔を晒すアイリスの姿。
どうやら鼻血は見間違えだったらしい、エリムはそうだよね、と一人で納得する。
そして彼女は微笑み、言った。
「よろしくお願いしますね、エリム」
彼女は慈愛に満ちた声で、そう応えてくれる。あぁ、なんという優しい声であろう。
その声を聞くだけで、エリムは心の底から幸せで満たされるのを感じていた。
だから彼は思わず立ち上がって、彼女の手を両手で包み込むようにして握った。
アイリスに最大級の敬意を示す為だ。
「どうぞなんなりとお申し付けくださいませ、ご主人様」
エリムの言葉を聞いた彼女は一瞬きょとんとした後、握られた手をカッと目を見開き凝視した。
その眼は血走っていて、何かに取り憑かれたかのように輝いていた。
「…あぁ…あぁ……あぁ……!!なんという……なんという事でしょう……!!」
そして、震えた声で言う。
「あ、貴方のような子がマジに存在しただなんて…わ、私はもう…わたしゃもう…!♡辛抱たまらな……い、いいわよエリム!!私は今からでも貴方と…ラブラブ子、子作りを………ぶっ…ぶはぁーっ!!!♡♡♡」
アイリスは突如奇声をあげると、鼻から鼻血を噴出した。その勢いたるや凄まじく、屋敷の天井にまで彼女の鼻血が噴き上がる程だった。
そしてそのままアイリスはぐらりと倒れ、床に倒れた。
「……え?」
余りに突然の出来事だったのでエリムは呆然とその場に立ち尽くす事しか出来なかった。
──何が、起こった?何故、彼女は突然倒れて……。
「あぁ……なんてこと……」
倒れたアイリスを抱き抱えながら、マリアが呟く。その声色から察するに、これは彼女の主である公爵に起こった重大な事件なのだろう。
一体何がどうなっているのか全く分からずにいるエリムを他所に、マリアは口を開いた。
「お労しやお館様……。男性と殆ど喋った事のない、処女を拗らせたメスブタには刺激が強すぎる行為ですわ……」
マリアが憐れむように呟いた。床に寝転がり、鼻血を垂れ流しアヘ顔で痙攣している主をゴミを見るような目で見つめながら、彼女はよよよと泣き崩れた。(演技)
「刺激が強すぎる行為……?」
一体なんだろうかそれは。自分はただ両手で握手をしただけなのだが……。
エリムが訳も分からず立ち尽くしていると、不意にロゼッタが笑うのを必死に堪えたような震えた声で耳打ちをしてくる。
「ぷっ……クスクス……。エリム様。男が女の手を両手で包み込むというのはね、全てを受け入れたという証……つまり、子作りOKのサインなんですよ」
「はぁ!?」
その言葉にエリムは思わず大声を出して驚く。
子作りOK……だと?それはつまり、セックスしましょうって事だろうか……?
なんという大胆な事をしてしまったんだ、とエリムは頭を抱える。
最大限の敬意を表す行為ではなかったのか?もしかしてロゼッタは嘘を吐いた?一体何故……。
エリムはロゼッタをキッと睨み付ける。彼女は笑いを必死に堪えたような表情のまま、視線だけを逸らして口笛を吹いていた。
「あらら、怒った顔も素敵でございますね、エリム様は。でもいいじゃないですか。公爵様も、マリア様も喜んでいるようですよ?」
「そういう問題じゃ……!」
そこまで言って、エリムは気付く。
そういえばマリアにも同じ事をしてしまったんだった。
エリムはマリアをチラリと見る。一瞬視線が交差した後、彼女はポッと頬を染めて言った。
「エリム様…初めてはバックから突いて欲しいです…♡」
鼻血塗れで倒れている主人の横で言う事なのか?それが……。
エリムはこれからの生活に一抹の不安を覚えるのであった。
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