第12話

考えすぎなんだと思う。

けれど理屈っぽい自分は

ひとがひとをすきになる理由のようなことをつらつらと考えてしまって

そうするたびに面倒で思考を放り出して、それっきり。


孤独に暮らしてきた自分は

ゆきちゃんに優しくしてもらって調子に乗って、好意のような感情を持った。

けれどそれは、孤独を埋めたいという自分のエゴでしかない気がする。

そもそも友達だったのに、女性の姿で現れた途端こんなふうに思うだなんて

ゆきちゃんが知ったらきっと、悲しむだろう。

孤独を埋めるために、自分を満たすために、ひとを好きになることなんてできなかった。


教わったSNSの運用はすぐに順風満帆というわけにはいかなかったけれど

毎日こつこつ続けることで見てくれるひとの数は緩やかに増えて行った。

市の広報アカウントの担当者がフォローしてくれてイベント情報の反応も格段に増えた。ご当地ゆるキャラというのだろうか、マスコットキャラクターが撮影に来てくれたり、ネットで見て遊びに来たと言ってくれる人がいたりと一歩一歩前に進んでいるような手ごたえは感じている。


ゆきちゃんのお店には、もう半月くらい行っていなくて。

泊めてもらえた日の帰りにもらった手作りのチーズケーキも、とっておきだった三個のうちの最後のひとつを解凍して缶コーヒーと一緒に昨日食べた。

そういえば夏からずっとアイスコーヒーだったけれど

気が付かないうちに自販機にはホットの飲み物が入っていた。


肌寒さを感じるくらいの季節になると昼ごはんのカップラーメン率が高くなる。

適当にまとめて買って棚に積んでおいて、その中から選ぶ。

さすがにそれだけだと足りないので朝、駅のコンビニで菓子パンかおにぎりでも買っておけばわざわざ昼時に買い物に行かないで済む。


「望月くんさ、そういうの毎日食ってて大丈夫?」

カップ麺のスープの粉をぱたぱたと振っていると館長が背後から覗いてくる。

ご自分は奥様手作りの彩りのいいお弁当をレンジで温めていて羨ましい限りだ。

「毎日同じじゃないです、うどんとラーメンと。」

「味じゃないよ。塩分とか。高血圧とかな、今はいいけど40過ぎるといろいろ反動が来るぞ、どかんと」

「そうですよねー。それはちょっと思ってて。野菜ジュースとか飲んでます」

「そんなんでチャラになるか」

相変わらず言葉遣いが粗い。

けれど心配してくれてのことだろう。

「夜は健康的なものにします」

「うん」


「館長」

「ん?」

「お弁当があるっていうことは奥様もう大丈夫なんですか」

「ああ。もう散歩とかもしてるよ」

「それは良かったです」

奥様は少し前、階段で転倒して腰を打った。

慣れない洗濯や買い物、ごみ捨てを館長がやることになって、

相当大変なのが話を聞いただけでわかった。


典型的な昭和の男だ。

なんとそれまではペットボトルはシンクに置いておくだけで終わり、

キャップとラベルを分別するなんてやったことがなかったそうだ。

ゴミ捨て場にネットをかけることを知らなくてご近所さんにカラスが来るからと注意されたり、食器を洗うのが面倒だからと紙皿で食事をしていたら

見かねて手助けに来た娘さんに

ピクニックか!皿くらい洗えと説教されただとか。

僕はそのピクニックという単語のチョイスにハマって笑ってしまったのだけれど、本人にとっては一大事だっただろう。


「いや、ほんとうに参った。反省してるよ」

そう、しきりに言っていた。

風呂を沸かすのを忘れて、すっぱだかで風呂の蓋開けたら空っぽで絶望しただとか

使いかけのめんつゆがあるのに新しいめんつゆを開けてしまって叱られた、と言いながら。

散歩は自分の健康のためにもなるから俺もやるんだと、

昼食を食べた後にウオーキングシューズを検索していたけれど、

さりげなくレディースのものを調べていることには触れないであげた。


きっと今までと見え方が違うのだろう。

皺のないワイシャツも、彩りの美しいお弁当も。

奥様が怪我をしたと連絡があったときの館長は、見たこともないほどに慌て、

泣くんじゃないかと思うほどうろたえ、心細そうで、こちらも苦しくなるほどで。

いつまでも元気でいて欲しいと、素直にそう思う。


ひとりになるのがずっと怖い人生だった。

子供の頃、大雨で電車が止まって母親が深夜まで帰宅しなくて泣いていたことを忘れることは出来ない。母方のじいちゃんも新幹線の距離で、どうしようもなかった。

もし母になにかあったら僕はひとりなんだと、それに小学生で気が付いてから、ずっと。そして祖父母も母も亡くなって本当にひとりになったとき、悲しみと共にやってきたのは、これで誰も失わずにすむという、

失うことへの恐怖から解放された安堵感だった。


誰かを好きになるということは、また失う恐怖と戦わなくてはならないことを意味していて、それならいっそ僕はひとりでいたい、そう思う。




********

館長に健康的な食事をしろと言われたけれど

二時間も通勤ラッシュに揉まれ

自宅の最寄り駅に着いた頃にはもうくたくたになっていて

思わずいつものラーメン屋に吸い込まれそうになる。


そこをなんとか、と重い体を引きずって

夜10時まで営業しているスーパーマーケットに入る。

夜八時を過ぎたスーパーは閑散としていて自分と同じような仕事帰りの会社員が

ビールや値引きの弁当を選んでいるのが目立つ。

アルバイトの女の子が値引きのシールをかしゃかしゃと貼っていて

唐揚げやカツ丼が売場から自分を呼んでいるような気がするけれど。


おにぎりと煮物を手に取る。

さんまの塩焼きが総菜コーナーで売っているのを見つけてそれも買う。

正直なところ揚げ物のほうが安くてお腹にたまる。

健康的な食事は高くつくなあと思って、ゆきちゃんのお店の定食を思い出す。


ぐらのーら、は、食事にはできないけれど。

お米を炊くだけだって立派な自炊だと胸を張ってくれたゆきちゃんの笑顔を思い出して、調理がいらないからと朝食用にいつも選んでいる甘くて割高な値引きの菓子パンを買うのをやめてヨーグルトを買い物かごにそっと入れた。


「袋はどういたしますか」

「お願いします」

「一枚5円になります」

「はい」

ああ、ゆきちゃんはエコバッグを使っていたっけ。

ふと思い出しては自分に呆れてため息をつく。


一人暮らしを寂しいとかはあまり思わない。

自由だし、気楽だし。

ただお正月にひとりで過ごすときに、すこしだけ孤独が襲ってくる。

そういう意味では土日が仕事で良かったとは思う。

平日のほうがひとりでの行動はしやすい気がして。

ゴールデンウイークもお盆も仕事だ。仲が良さそうな家族連れを見ても自分とは遠い世界の出来事すぎて特に何も感じない。


ポストには特に何も。

鍵を開けて電気をつけるとやっとほっとする。


いつもより少しだけ健康に気を付けた食事をしたあとに、

お風呂に入って布団に転がった。

本棚に乱暴に放り込んである卒業アルバムを手に取る。

小、中、高。

中学生の頃の物を広げる。それぞれの作文、寄せ書き、写真。

ゆきやくん、だったころのゆきちゃんを探していく。

そのひとつひとつを眺めても、性別に関して悩んでいるような感じがしなくて、あんなに隣にいてげらげら笑っていても、本心までは見えないんだなあ、そんなことを思った。

今の中学校では、女子もズボンを選べるようになったと聞く。

男子がスカートを選ぶことはできないんだろうか。

そんなことを考えながら眠気に引きずられるようにして目を閉じた。

























































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る