第6話

「望月くん」

「おはよう」

「おはよう、朝早かったでしょ、眠くない?」

約束の月曜日、駅の改札を出たところで待っていてくれたゆきやくんは

シンプルなグレーのパーカーにさらりとした綿の黒いロングスカート。

長い髪をひとつに結んでいて、ふわふわした素材の秋物のサンダルを履いていた。

全体的に仕事の時よりもラフで、ナチュラルでいいなあと思う。


「僕は大丈夫、それよりそっちは夜までお店だったのに、しんどくない?」

「ふふ、大丈夫、さすがに昼には起きるよー」

待ち合わせたのは11時。おそらくゆきやくんは深夜1時くらいまでは仕事だったとおもう。

「甘いの好き?クッキー買ってきた」

「わ、だいすき。うれしい。一緒にたべよ」

「よかった」

「あ、紅茶があるんだったー。おいしいやつ。おやつは決まりだね」

甘いもの好きじゃなかったら困るかなと思ってケーキとかシュークリームはやめて、困ったら誰かにあげてしまえばいい、個包装で日持ちのするクッキーにした。


「サンダル僕が買ったやつ?」

靴が壊れたときに慌てて近くの量販店で買った2000円くらいの。

「うん、そう。なんかね、履きやすいの。かわいいし。スーパーとかジムとか行くときにちょうどよくて」

「ジム行ってるの?」

「うん。週に3日くらいだけど」

「すごい」

「すごくないすごくない」

「あ、そういえば、ゲーム持ってきた」

「え、ほんと?見つかったの??」

「うん、押し入れに入ってた。充電ケーブルも。」

引っ張り出してみつけた、

菓子パンのおまけのシールが貼ってあるゲーム機は、

記憶よりひとまわり、小さかった。


「わーい、たのしみー」

お昼ご飯用にハンバーガーをテイクアウトして

ゆきやくんのマンションに案内される。

「狭いけど」

と言われたその部屋は、想像と少しちがって

ナチュラルな内装の、シンプルな雰囲気だった。

10階建ての8階。窓の外から見える空がどこまでも広く感じた。


「おしゃれ」

「そう?ありがとう、ピンクのひらひらなかんじを予想してた?」

「あー。うん、まあ」

「ふふ。んーとね、ハワイアンっていうか、そういうイメージなんだよね」

明るい木目の床材に白い壁。天井はゆったりとプロペラ型のファンが回る。

壁には海の写真が貼ってあって、対面キッチンの飾れるスペースには

ヤシの実の小物入れやガラスの花瓶に生けられた、大きな葉っぱ。

キッチンの向かい合わせにレストランのようにおしゃれなカウンター席があって、ごはんが食べられるようになっている。

白いソファにはエメラルドグリーンのクッションが置かれていて

その手前に、ソファに合わせた高さのガラスのテーブル。

アロマテラピーというんだろうか、センスの良いキャンドルが置いてある。


「荷物そこに置いてね」

「あ、うん」

買ってきたハンバーガーを食べながら、作りたいミュージアムアカウントのイメージを話す。

「んーとね、それならホームページとブログは見て楽しめるコンテンツにして、工作動画とかあるといいかも、ダウンロードできるぬりえとか工作とかのPDFがあると楽しいよ」

「なるほど」

「で、SNSはもっと賞味期限の短いものだから、今日の情報とか今月のイベントとか、そういうフットワーク軽い情報があるといいかも。うちなら、ベリーが入荷したので今日はタルトを作ります、みたいな」

「情報の賞味期限。気にしたことなかった」

「ふふふ。そうなんですよ。」

どやっとした笑顔でこっちを見る。

「あはは。頼りになる」

「どこかで勉強したの?」

「ううん、独学」

「へー。」

「……加工した写真とかのっけて、いいね、もらえるのが楽しくて」

「……なるほど。」

「承認欲求、まあ、けっこう昔。」

言いながらもぐもぐポテトを口に運んでいる。

「うん」

「やんなっちゃってやめたけど、顔出すのは」

「嫌なこと言われたとか?」

「んー、いいひとばっかだったよ。でも、うーんと、嘘ついてるみたいな気持ちになって」

「嘘?」

「ん。性別は公開してたんだけど、肌荒れを加工でごまかしたり、あとは、あ、これネタになるなって思って流行りのスイーツ買いに行ったり。ネットに写真載せるために生きてるような気がしてきちゃって」

「なるほど」

カフェで写真を撮っている女の子を見たことはもちろんあるけれど、最近は男の一人客もいろいろと熱心に写真を撮っているのを見かける。日常の一部になっているのだろう。それを、まあそういうものだよなと、僕自身なんとも思ってないほどには。

「そのわりに、覚えてないんだよね、そのものの味」

「そういうもの?」

「うん。たぶん写真撮ることが目的になっちゃってて、食べること自体がオマケになっているような気がした。」

「…こわいな、なんか」

「あはは。ごめん、これから始めようって人に」

「いやいや」

「でもね、私も今でもやってる活動があるの。料理を撮ってレシピを公開してる。」

「へえ」

「初心者向けの料理の動画。そこでは性別とかそういうのもオープンにして、顔の加工もしないの」

「へえ。見たいな」

「うん。一応コンセプトは、一人分ごはん」

「一人分?」

「うん。世の中のレシピって二人前で公開されてるものが多くて、四人前なんていうのもあって。それもいいけどそうじゃなくて始めから一人分。なべひとつ、フライパンひとつで作れたり、時には自分のためだけに丁寧に料理をしたり、そういうの」

「そうなんだ。」

料理、好きなんだなあって、そんなふうに感じた。

「……わたしたちは、ひとりで生きてく可能性、高いし」

そう、すこしだけ目を伏せて。

この場合の「わたしたち」は、今会話をしている僕とゆきやくん、という意味ではなくて「彼ら」「彼女ら」の選ぶ生き方の話だろう。

僕は単純に、ゆきやくんなら可愛いしモテるだろうと思うのだけれど、そういうのは口に出さないほうがいいのかもしれなくて、曖昧に頷くでも首を横に振るでもない、方向を定めずに、頭をわずかに動かすことしかできなかったけれど。

「僕だって同じだよ」

僕の場合は見た目が良くないのと、性格の未熟さだけれど。

「望月くんはモテるでしょう。あ、でも、モテるのに一人を選ぶ人もいるしね。それもそのひとの価値観だよね」

「モテないです。彼女いたことないです」

「え?」

「えって、見りゃわかるでしょ」

「見てもわかんない、望月くん、かっこいいよ?」

「…………」

「…照れた?」

「からかうから」

「本心だよ。目、しゅっとしてて。塩顔で知的で。その素朴さがいいよ。あ、でも大変身とかもアリかも?美容院とかで」

「…………美容院は無理」

なんというか、あれはおしゃれなひとの行くところだというイメージがある。

「ふふ。床屋さん派のひとみんなそう言う。もちろんそのままでもいいと思うよ」

「……」

「ほんとだよ」

ふんわりと微笑まれて、さらに顔が赤くなってしまうのが自分でもわかる。

いくら元同級生でも、今は女の子にしか見えないゆきやくんにそんなふうに言われたらどんなふうに返事をしていいかわからなくなって、自分の挙動の気持ち悪さが増してしまう気がした。それでも、決してからかわれてるわけじゃないことは、僕にもわかった。



















































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