第5話

「望月くん!来てくれたの?」

「あ、うん、ごめん急に」

「うれしい。どうぞ、座って」

「うん」

「ごはん?お酒?コーヒーだけでも」

「夕飯食べようと思って」

「あ、じゃあメニューこっち。今日はね、パスタは塩系で、ハンバーグはデミグラスか和風か選べて…」


「あら、ゆきちゃんのお友達よね?いらっしゃい。ええとお名前…」

ふわっといい香りがして、オーナーのゆりこさんが挨拶に来てくれた。

「望月です。こんばんはゆりこさん。」

「わ、名前覚えてくださったの?ありがとう。望月さんね、私の方がおぼえなきゃいけないところを、ごめんなさい」

「いえいえ。ゆきやくんの恩人と聞いてたので」

「あらやだ、ゆきちゃんったら~正直なんだから」

ゆりこさんの話し方はテレビで見るそういうタイプの女性とおんなじテンションでとても元気だ。


「ふふ。ほんとうのことですから。ね、望月くん」

「うん。僕あんまりお酒、飲めないんですけど。食事に来ました」

「あら、そんなのどっちでもいいの。好きな物飲んで食べてゆっくりしてもらえたら。ゆきちゃんの料理はどれも絶品よ。どうぞごゆっくり」

「はい。ありがとうございます」


「なににしようかな」

「ゆっくり選んで」

ゆきちゃんはにこにこしながらグラスを磨いている。パエリア、トマトリゾット、ピザにグラタン。

フライや唐揚げ、ポテト系の揚げ物もいろいろ。

焼鳥と冷ややっこ、ほんとうに居酒屋のようなメニューでほっとする。

「さんまの塩焼き定食?」

「うん、和食がすきなひと多いんだよね。ほら、美容と健康に的な。ごはんは雑穀米なんだよ、ごはん頼まないで日本酒と合わせるひともいるけど」

「なるほど。美味しそう」

日頃の自分の雑な食生活を振り返る。

「あとはあまり普段栄養バランスを考えた食事をする時間のないひとにおすすめです」

にっこりと微笑みながらレモンをカットしている。心が読まれたようで笑ってしまう。

「あはは。じゃあそれをお願いします」

「かしこまりました。ごはんの量は?」

「普通で」

「はあい」

ゆきやくんはにこりと微笑んで、キッチンの中に消えていく。


暇なのでまわりを見渡すと

なんとも自由な空間だった。

目の前にいるひとが男性なのか女性なのか、それをどんどん気にしなくなっていく。

結局少し変わったように見えるひとに対して僕たちが傷つけたり差別しないようにする方法は、乱暴に言ってしまえば「慣れ」なのだとおもう。

眼鏡店には眼鏡の必要なお客さんしか来ない。

病院には体調の悪い人やその家族しか来ない。

眼鏡店に行ったことのない視力のいいひとにはその不便はわからないし

病院に行ったことがないひとには、世の中にはこんなに具合の悪い人がいるんだということがわからない。


きっと、なんとなくそういうものなんだろうと思う。


ワインボトルのショーケースに映る自分の顔を見てみる。

冴えないこだわりのない髪型に、見えてるんだか見えてないんだかわからない細い目。青白い肌。ぺらぺらに薄い肩。鍛えて自信のありそうな体の男性や、ゆきやくんのように綺麗にしているひと、そういうひとたちが眩しいのはきっと、自らを発光させることができるからだろう。それはすべて、きっと、本人たちの努力そのものだろうとおもう。


「おまたせ。」

お盆に載せられて、ゆきやくんのつくったごはんが運ばれてくる。

「ありがと…わあ、おいしそう」

「お口に合うかどうか。」

木のお盆に丁寧に盛り付けられたのは

さんまの塩焼き、赤かぶの漬物、厚焼き玉子、トマトと人参のサラダ、

雑穀米と、小松菜とねぎの味噌汁。

都会的な建物の内装とはあまりマッチしていないその純和風は、なんというか、

それはそれでおしゃれなのかもしれない。


「ゆきやくん」

「ん?」

「やっぱりさあ、今の名前で呼ぼうかなって」

「え?」

「ゆきさんって呼ばれてるんだよね?今は」

「………」

「そっちのほうがしっくりくるかなって。嫌じゃなければ」

ゆきやくんは、ふわりとまっすぐに僕を見た。

「うん、うれしい」

やわらかく口角の上がった

つやつや光る唇から

静かに、言葉を置くように、そっと答えてくれる。


「うん。」

なぜだかどきどきして、

緊張している自分が情けなく思えて。

「ゆきでいいよ」

「…いきなり呼び捨てはちょっと」

「そう?」

「ゆきさん、かな」

「ゆきりん、ゆきぴょん、ゆきぽん。ゆきちゃん。なんでもいいよー」

「……………ゆきちゃん、かな。」

「うん。」

「いただきます。」

「ふふ。はあい。」

顔から火が出そうというのを、こういうときに使うのだろう。

言わなきゃ良かったと思うほど恥ずかしいのはどうしてだろう。

中学の時の同級生の男の子だ。

それなのに、こんな。頬が焼けそうで、体温が上がって。

すっかり忘れていたけれど、僕は女子と話したことがほとんどなくて。

下の名前で女性を呼ぶなんて、まだ幼稚園児の、親戚の子供くらいだ。


「やさしいね」

ぽつり、と言われたその言葉が、救われるように嬉しかった。


ごはんはほんとうに美味しかった。

ゆきやくんは業務用のグリルで焼いてるんだよー、と得意げに笑う。

ふっくらした焼き魚や野菜のたっぷり入った味噌汁だとか

温かい、つくりたてのものを食べる贅沢をしみじみと噛み締める。


「ちょっと休憩、隣座っていい?」

アイスコーヒーを二つ持って隣に座ったゆきやくんは、サービスでーすと言いながら

ひとつを僕にくれる。

「うん、ありがとう」

「今日はどうしたの?思い出してくれたの?」

「あ、実は、職場でSNSをやろうってことになって、そしたらここのお店を思い出して。参考にするつもりでここのアカウント見てたら料理の写真がどれも美味しそうでお腹がすいた。」

「あはは。なるほど。うれしいなあ。え、動画?」

「…それも、いつかはとは思ってるんだけど、まずは写真とかだけのやつ…」

「うんうん」

「職場には、僕を含めて時代に取り残された人間しかいなくて。」

「あはは」

「客数が減ってて、予算を使わずにできるなにかを…っていう、よくある動機」

「うんうん。そっかー。使い方教えてあげよっか?」

「え、ほんとう?」

「うん。ブログとかSNSとか、あと動画配信とかもできるよ」

「すごい」

「すごくはないけど。…今度休みの日どっか待ち合わせする?」

「貴重な休みにいいの?」

「もちろん。」

「ありがとう」

「うん。どうしよう?望月くんが仕事終わってからだと私が仕事中だもんね」

「じゃあ、僕が休みの日にこっちまで来るよ。仕事のお休みって曜日決まってる?」

「月曜日かな、あとはシフトで」

「あ、僕も月曜日」

「じゃあ決まりだ。今度の月曜、うち来る?」

「え、あ、えっと」

「あ⋯ファミレスとかのがいい?」

「や、そう、じゃなくって、女性の家に男が行くのは……あ、女性って言うのは…嫌だったらごめん………」

「望月くんてさ」

「……」

「ほんと優しいねえ」

「………」


「私、性別ってどっちでも良くて。どっちだと思ってくれてもいいよ。で、そういうのに関係なく望月くんは私に絶対嫌なことしたりしないし。あ、これは、どうせオネエになんて興味ないでしょみたいな卑屈なやつじゃなくてね。中学のころとおんなじ。お友達として遊びに来てよ。配信とかに便利な機材もたくさん持ってるんだ。」

「………ありがとう」

「うん」


「あ、でもさあ。休みの日にこっちに来て、また往復五時間して翌日出勤って大変じゃない?そのままうちに泊まって仕事行く?着替え持ってきてさ」

「うーん、さすがに図々しいよそれは」


それに、正直なところ、一人の人と長時間二人というのは、話題がなかったり沈黙に気を使いそうで尻込みする。


「ゲームやろうよ、中学のころのソフトまだ持ってるんだ。」

「え、あれ持ってるの?」

冒険しながらキャラクターを集めていくゲーム。

「うん、捨てられなくて」

「懐かしいな。僕も捨ててない」

「え、対戦しようよ」

「まだ使えるかな」

「ね」

中学生の頃、母子家庭であんまり裕福ではなかった。当時ものすごく流行っていたゲームがあって、クラスで持ってない男子は僕くらいで。それを聞いた名古屋にいるじいちゃんが誕生日に贈ってくれたゲーム。嬉しくて宝物だった。

そういえばそのゲームがあまりに人気ですぐに続編の「2」が出て。

でも僕はそれをお小遣いやお年玉で買うのはお金がもったいないと思ってしまって。


他にも親が厳しいとか塾で成績上げるまでは買ってもらえないとか、あとは他でお金を使ってしまったので買えないだとかの理由で

クラスの子が続々と「2」を始めているなか、初代派も数名いて。その数名で公園に集まって、変わらずに初代をプレイし続けた。その中にゆきやくんも含まれていた。


「お泊まり会。ゲームしてお酒飲もう」

「じゃあ、遠慮なくお邪魔します」

「うん。楽しみー。」


帰り道、申し訳ないことをしたなと反省した。

ゆきやくんはゆきやくんで、あのころと変わらない、友達なのに。

見た目の性別で、変わってしまったと思い込んで勝手に壁を作った。

家に帰ったら、あのときのゲームを探してみよう。

充電器は使えるだろうか。

人付き合いがあまり得意ではなくて一対一が苦手な自分が

なんだか当日が来るのが楽しみで意外なほどわくわくしているのが、

ちょっと、嬉しくて。

























































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