第3話
「怪しげな店だと思ったでしょう」
ゆきやくんがいたずらっこのように微笑みながら烏龍茶を渡してくれた。
オシャレなバーの一角のように、カウンター席もある。
そこのカウンター席でバーテンダーをしたり調理をしたりするのがゆきやくんの仕事だそうだ。僕はゆきやくんの友人なので、カウンター席を案内された。
オードブルを作ってカクテルを運んで、目の前で忙しく働いている友人を見る。
スナックだとかキャバクラのシステムがわからないけれど
ここはお店の女性や男性と一緒に楽しくお酒を飲むこともできるし、
ひとりでカウンターで飲むのもアリだそうだ。
価格帯はお酒が一杯500円くらい、フライドポテト500円、
パスタが1200円と、全然驚くような金額ではなくて拍子抜けする。
他のお店と違うのはその働いているひとたちの性別で、男性なのか女性なのか、あとは生まれ持った性別だとか、そういうものを完全にフリーにしたいというのがオーナーであるゆりこさんのポリシーだそうで、店内は多種多様、綺麗に着飾った華やかなひとたちでカラフルだ。
お客さんの中にもそういうひとがいて、仲間とたのしく話すひともいれば
ただ自分のしたい服装をして、パスタとビールを一人で食べて帰っていくひともいるらしい。
「更衣室もあるの。ばりばりのサラリーマンが仕事帰りに来て、あー疲れたっていってスカートに履き替えてチョコパフェとか食べたりね」
「ふうん」
「……気持ち悪い?」
「え!?なんで?ぜんぜん。いいなあって、思ってた」
「本当?いいなあ?」
「うん。本当。いきいきしてて。みんな楽しそうだなって」
オーナーさんも、その近くでお客さんと大声で笑う。
きっともともとは女性であろう
スーツ姿のひとが楽しそうに冗談を言って、ふたりで手を叩いて笑い合う。
「………ありがとう、望月くんにそう言ってもらえてうれしい」
おまたせ、と運んできてくれたパスタは
なんだか懐かしい雰囲気のナポリタン。ピーマン、ハム、たまねぎ。
ケチャップ味で、シルバーのお皿からは湯気がふわりとたつ。
一口食べると濃厚なトマトが香って、質の良さを感じる。
「美味しい」
「……よかったあ。デザートにフルーツもあるから…あ、いただいた梨も剥こうか」
「うん。ありがとう」
お酒をすすめられたけれど帰りの電車で眠ってしまいそうだからと断って、
通勤に二時間半以上かかると言うと悲鳴をあげられた。
「まだ実家から通ってるの!?」
「あはは。うん。実家っていうか、あの古いアパート。母は亡くなっちゃったからひとりぐらしだけどね」
「え、お母様」
「あ、そっか。授業参観とかで見たことあるよね。うん。何年前だったかな、急な病気で」
「そうだったの。お世話になりました。優しい笑顔が素敵なおかあさん」
「ありがとう。で、なんだかんだで、まだ、あそこに住んでる」
「こっちに引っ越さないの」
「うーん。そうだよね、そうできればいいんだけど、僕実は正社員じゃなくて」
「そうなんだ」
「うん。奨学金で大学行ったからそれ返さないとで、しかも正社員じゃないから多分アパートとか借りられないんじゃないかなあ、保証人とか審査の関係で」
「どうかなあ。一定の収入があれば大丈夫だと思うけど」
「まあでも、家賃がこっちだと高いし」
「あー、それはね。あっちのほうが安いよね。私もこっちでマンション借りるとき、地元ならおんなじ広さが二万くらい安く借りられるのになあって」
「ああ。そうだよね」
「しかもね、さすがに男のかっこうして不動産屋さん行ったし」
「どうして?」
「どうしてって、借りにくいの。キャラ濃いと。」
「あはは。なにそれ」
「えー、あるある。なんというか、世間と浮いてると借りにくい、大家さんの考えもあるし」
「そういうもの?」
「そういうもの。変な人って、怖いもの。」
「ゆきやくんは似合ってるよ。変じゃない」
「…………ありがとう。」
「……うん。」
ふわりと嬉しそうに微笑む顔がライトに照らされてほんのり光る。人形みたいだ、そう思う。
「高校生までは、男子だったんだよね、私」
聞いてるよというつもりで、うん、と頷いた。
「料理の専門学校入って、あー、やっぱ違うって思って」
うん。
「でも、周りの反応がこわくて、休みの日だけ、こういう服着てた」
うん。
「大人になってこっちの自分を見つけたんだけど、見た目だけを言い訳にしてるわけじゃないけど調理師免許持っててもなかなか受からなくて、
そしたらオーナーのゆりこさんと出会ったの。うちの店で働かない?って。レンジでチンしたメニューもいいんだけど、つくりたての美味しい食事を出したいと思ってたの、できるだけ家庭料理みたいなもので。うちで働いてくれたら嬉しいわって、キッチンから冷蔵庫から、包丁まで好きなもの、選ばせてくれて」
うん。
「……ごめんね、自分語り」
「そんなことない。これ、本当に美味しい。サラダもすごくおいしい。」
ゆきやくんはぱっと笑顔になって、
「うれしい、ドレッシング自家製なんだ」
そういって微笑んでくれて。その笑顔がなんだかひまわりみたいだとおもって、
「笑った顔は昔のままだね」
そう言ったあとに、もしかしてそう言われるの嫌かな?と心配になって。
そんな自分が小心者すぎて嫌になる。
「ふふふ。なんか昔を知ってるひとの前だと恥ずかしいなあ」
楽しそうにそう言ってくれて、安心する。
綺麗だよって言ってあげたら喜んでくれるだろうけれど、
そういうことをぽんぽん言える性格ではないから
「うん、おいしい」
そう言いながら味わって食べる。
料理のおいしさは間違いなくて、それはほんとうに、努力の結晶だと思った。
「望月くんは博物館で働いてるんだよね、何してるの?」
「学芸員。小学生に土器の作り方説明したり、他の博物館と展示品の貸し借りしたり、シニアに出張講座したり、でも雑用が多いかな」
「学芸員さんでも正社員じゃないの?大変なんだね」
「契約が特殊で。直接市に雇われてるわけじゃなくて、正確にいうと下請けの下請けみたいな感じかな」
市が委託した民間会社に所属していて、つまり市と委託会社の契約が切れたら自分の仕事もなくなってしまう。そんな恐怖を更新年度のたびに感じなければならない。
市の職員ならば他の部署への異動もあるだろうけれど、どうしても学芸員という仕事でいたい自分は、こういった働き方を選んだ。
けれど30歳を目前に控えて、考え直さなければいけないかなあと思う時期には来ている。
「素敵だね。なんか、しっくりくる」
「そうかな?好きではあるけど」
「うん。想像できる。見てみたい」
「時と暦のミュージアムっていう、丘の上にある小さい博物館だよ」
「あ、駅でポスター見た。船のやつ?」
「あ、うん。それ」
「どうして船なの?時間に関係する?」
「広く言うと暦のほうかな、昔の人は星の動きで季節や方角を把握していて。この星の見える頃に一年がはじまるって決めてたり、海で迷わないように、いろんな道具が発明されていたり。本当に大昔から人間は信じられないくらいに緻密に天体の動きを把握していて。大航海時代の天球儀って呼ばれる地球儀の星空版みたいなものがすごく綺麗で、美術品としての価値もあるんだけど、そういうのを北極星とか季節の星、天文学とも合わせて、特集したんだ」
「楽しそう。」
グラスを磨きながら、ふんわりと微笑んで聞いてくれる。
「ごめん、オタクが出た」
「あはは。うん、ちょっと見えた。ふふ。かっこいいよ」
「………」
「素敵なお仕事」
「……ありがとう」
うれしくて、照れくさくて。
デザートのフルーツには、葡萄と、グレープフルーツと、
僕が渡した梨も入っていた。
帰り際、ゆきやくんは律儀にサンダルのお金を渡してきた。
「オーナーが両替してくれたー」
「え、食事いただいたんだからいらないのに。じゃあ食事代出させてよ」
「だめだめ、それは別。いーの。会えて嬉しかった」
「…じゃあ、お言葉に甘えて。それに、僕も会えて嬉しかった」
「……ほんとうは、昔の知り合いに会うの、ちょっと苦手で」
「………え、」
「でも、望月くん、嫌なこといわないから、昔から」
「……」
「きょうも、変わってない、親切で優しくて」
「………う、ん、そうなら、いいけど」
「うん。」
「……」
「…また会える?」
「………え、」
「………また会いたいな、ごはん、いつでも食べに来て」
「うん。また来る」
「………うん」
「美味しかった、ごちそうさま」
「……望月くん、」
「ん?」
「……あのさ、連絡先交換しない?」
「あ、うん。そうだね」
「……うん、待ってて、スマホ取ってくる」
にこにことお店に戻る後姿を見送る。
足元は僕が買ってきたサンダルから、仕事用のきちんとした靴に替えている。
「望月くん、これも」
ゆきやくんが渡してくれたのは、細長い瓶。かわいくラッピングされている。
「ん?」
「ドレッシング、褒めてくれたでしょ?こうやってお客さんにプレゼントすることがあるんだ。お客さんの誕生日とかに、おみやげに。ストックあったからどうぞ。保存料とか使ってないから、おうちに帰ったら冷蔵庫に入れてね」
「ありがとう、いただきます」
梨の入った紙袋に入れてくれる。
「あはは。なんか、親戚のおばさんみたいじゃない?私」
「あはは。梨と一緒に入ってるとさらに親戚感がある。」
「そうそう、うちで採れた梨と漬物、持っていきなさい的な」
「あはは。これさっき食べて美味しかったからうれしい、ありがと」
「うん。」
「ごちそうさまでした」
「こちらこそ、たすけてくれてありがとう」
「じゃあ、またね」
「うん。また」
駅までの道をすこし歩いて
ふと振り返ると、まだ立ってくれているゆきやくんが
ひらひら、手を振ってくれる。
会釈で返すのもどうかなあと思って
すこし迷ったけれど
ひらひらと手を振り返してみた。
それが見えたのだろう、今度はゆきやくんが
大きく手を伸ばして、ぴょんぴょんと飛び跳ねるのが
すっかり夜になった商店街の街灯に照らされて、
シルエットになって浮かび上がった。
つい、ふわりと微笑んだ。
すれ違うひとと目が合う。
にやける顔を隠すように、咳ばらいをした。
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