第2話 僧侶は戦えない

 俺は宿屋で1人、ミッションの達成方法を考えていた。

 まず、魔王を倒す。これは楽勝だ。達成条件に俺が直接倒さなければならないとは書かれていない。なら、エアハルトに倒してもらえばいい。エアハルトは「勇者の旅路」でも魔王を倒していたし、シナリオ通りにいけば大丈夫なはず。

 問題は2つ目だ。どうやってこの世界を滅ぼすのか?「勇者の旅路」にはどうして世界が滅んだのか書かれることはなかった。

 本当に俺が世界を滅ぼせるのか?カイは戦闘力皆無のはずだぞ。

 頭を抱えていると、ドアをノックする音が聞こえた。なんの断りもなく入ってきたエアハルトと比べるとなんとも控えめだ。


「カイ、エアハルトが一緒に晩ごはんを食べようって言ってるわ。」


 消え入りそうな小さな声。作中でカイにこんなふうに声をかけるのは、もう1人の勇者パーティーの魔法使いでヒロインのオリヴィアに違いない。

 ドアを開けると、17、8くらいの少女が立っている。目線を下に落とすと、大きめの黒いローブの下にミニスカート姿で太過ぎず、細過ぎずな白い足が覗いていた。


うつむいてどうかしたの?なにか変。エアハルトもカイの様子が可怪しいって言ってたけど。」


俺は慌てて視線を上げた。


「いやいや、何でもない。これまでの旅を振り返って物思いにふけっていたんだ。俺たちも旅に出て…どれぐらい経つっけ?」

「もう4ヶ月かな。」


 4ヶ月か…。じゃあ既に勇者パーティーの戦士は死んでることになる。

 作中序盤、エアハルトとオリヴィアの幼馴染キャラが死亡する。物語のはじめは弱かった勇者を魔物から助けて退場することになるのだが、この出来事をきっかけに勇者は強くなっていく。

 そうそう、勇者パーティーの内、俺以外の3人は幼馴染で、俺だけが後からパーティーに加わったよそ者なのだ。いや、こんなのグレるわ!なんだこの疎外感!?いや、実際にグレてたのかもしれないが!

 クズキャラだったカイにも確かに可哀想なところはある。にしても酒場の代金を勝手に勇者のつけにしたり、極地に立たされると勇者を裏切ったり、ヒロインに手を出そうとしたのは外道すぎる。俺はそんなことはしないと誓っておこう。

 宿屋の一階はレストランも兼用だったらしく、階段を降りてテーブルに着くと直ぐに料理が運ばれてきた。


「それ好物だろ?」

「ありがとう、エアハルト。」


 エアハルトが注文しておいてくれたらしい。今の俺にとっての好物ではないが、メニューを見ても見覚えのある料理がないかもしれないので助かった。

 オリヴィアは俺の斜め向かい側、エアハルトの隣に座った。

 オリヴィアをよく見るとサイドに緩く結われた美しい銀髪。白い肌に真っ赤な薄い唇でヒロインに相応しい美少女であった。

 オリヴィアと目が合うと彼女は赤面した。設定としてこのヒロインは非常に恥ずかしがり屋で、顔をジロジロ見られることが苦手と書かれていたことを思い出して目を逸らした。


「…さっきから黙って見つめてどうしたの?」

「いや、何でも…あっ!あのさ、俺に攻撃魔法を教えてもらえないかな?」


 あの本は、なぜヒーラー職の人間に世界を滅ぼせなんて無理難題を押し付けた?転生者特典で攻撃魔法も使えるような最強になっているのではないか?とずっと考えていた。


「…ムリ。」

「無理?」

「あのな、治癒魔法と攻撃魔法は相反する力だ。水と火みたいなもので、どちらか一方の力が強ければ、一方は消えるんだ。」

 

 オリヴィアはエアハルトが説明する横で首がとれるほど頷いていた。


「じゃあ、剣術は?教えてくれないか。」

「単に剣術ならできるようになるだろう。でもな、魔物と戦う剣士は攻撃魔法と合わせて使っている。剣に魔力を込めるんだ。そうでなければ魔物に攻撃はほぼ効果がない。」

「……」


この世界の僧侶は戦闘要員になり得ないらしい。


「戦士がいないことを気にしてるのか?カイはまず、回復魔法を修練した方がいい。」


それもそうだ。カイは僧侶としても特段優れているという訳でもない。少なくとも作中でカイが褒められている描写なんてなかった。

 黙って料理を食べていると、後ろに座った集団がこっちをチラチラ見ながら何やら話しているようだった。正確に言えばオリヴィアを見ているようだ。

 オリヴィアはローブのフードを慌てて被り、顔を隠した。彼女はなぜか自分の容姿が醜いと信じて疑わないのだ。こんなに美しいのに、理由がわからん。


「オリヴィア、食事中はローブを脱いだほうがいい。行儀が悪いだろ。」


俺の言葉にオリヴィアは助けを求めるようにエアハルトを見たが、エアハルトは彼女に視線を向けることはなかった。


「でも、視線が…」

「オリヴィアは可愛いから目立つのは仕方ないだろ。堂々としてればいいんだよ。」


 オリヴィアが赤面して更に俯くのを見て、だんだん焦りが込み上げてきた。これだと主人公サマのヒロインを口説いてるみたいじゃん!?


「…なぁ、エアハルトもそう思うよな?」

「そうだな。」


 エアハルトの冷めた口調に怒りがフツフツと湧いてくる。お前、そんなヒロインに冷たかったっけ?爽やかな優男設定はどこにいったんだ?

 全員が食事を終えると、明日の早朝には出立することを話し合い、解散した。

 エアハルトは真っ先に部屋に入っていった。

 俺が自室のドアノブに手をかけた時、オリヴィアが服の裾を掴んだ。


「…さっき攻撃魔法と治癒魔法は同時に使えるようになることは有り得ないって話たけど、実は例外があるの。」

「例外って?」

「歴代の魔王と先代の魔王を倒したとされる勇者。」


 オリヴィアが掴んでいた袖を離す。おやすみ、と言って隣の部屋に入り、ドアが閉められた。

 

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