雨宿りさせてもらいます!(4)

「お待たせしました」


 私、神楽坂かぐらざか 零子れいこの採用面接を担当する『レストラン 雨宿り』の店長の太田おおた店長の声が部屋に響く。白黒の給仕服にクロスタイ、銀髪をオールバックにしたイケメンだ。太田店長の金髪碧眼の女子高生(推定) 店員 布田丸ふたまるさんがいる。


 私は今日、違う企業の面接を受け、そこでやれ空白期間がとか、やれ通院履歴がとか、言いがかりをつけられて落ち込んでいた。その上、帰宅途中で雨が降ってきたので、この『レストラン 雨宿り』で雨宿りさせてもらっていた。


 このお店はちょっと変わっていて、太田店長がお客さんの状態を見て、その人にあった料理を出してくれる。太田店長は私の状態を見たとき「ここで働きませんか? 」と突然いってきたのだ。そして、今私は面接を受けている。


「まずは彼の能力を見てもらいましょうか」


 太田店長は布田丸さんに何か耳打ちしている。ちなみに能力というのは普通の人にない超能力を指すらしい。


 太田店長いわくこのお店で働いている人にはみんな超能力があるとのことだ。例えば太田店長には『人より多くの情報を処理できる能力』という能力を持っていると言っていた。見た目は普通の人なので勘が鋭い人にしか見えないけど、私がこうして考えていることも太田店長には筒抜けなんだろうな。


 それと太田店長は私にも超能力があるといってきた。私の能力は『触った相手の能力をゼロにする能力』とのことだ。でも、全然実感がわかない。


 その能力があるから私を正社員として雇いたいと太田店長は言ってくれている。が、私としてはそんな意味のわからないものを理由に雇ってもらいたくなかったので、能力を確認する方法を太田店長に聞いた。太田店長は「これから起きることを秘密にする」という条件で私の能力検証の場を用意してくれた。でも、それに布田丸さんがどう関係するんだろう?


ドロッ


  私がなにが起きるかわからずボーッとしていると布田丸さんの様子が変わった。正確に言うと布田丸さんがドロドロに溶けた。給仕服の内側の肌色の部分がドロドロになりかろうじて人の形を保っているが、見た目は完全に怪物だ。


「ちょっと! 布田丸さん!? 店長さん、どういうことですか?! 」


「びっくりするのはわかりますが、ちょっと待ってくださいね。そろそろなので」


 太田店長は布田丸さんが溶けていることを全く気にしていない。それにそろそろって一体? 私がパニックになっていると、段々布田丸さんが人の形を取り戻す。でも、それはさっきまでいた金髪碧眼の女の子ではなく、長い黒髪で、落ちくぼんだ生気のない目をしたきゃしゃな女性、すなわち私の姿があった。メガネは掛けていないし、服もさっきまで布田丸さんが来ていた給仕服のままだが、顔や体格は間違いなく私のものだった。


「うん。いいね。 手足のバランスが最高。モデル体型ってやつだね。ちょっと痩せすぎの感はあるけど」


 目の前でサイズの合わない給仕服を着た私がくるくると周っている。何が起きたか全く理解できない。


「これが彼の能力『体の形を変えることができる能力』です。今回は神楽坂さんになるよう言っておきました」


「お客さん、スタイルいいですね。でも、寝不足なのかな? まぶたがずっと重いですよ」


 私の体で私の声を使ってしゃべる私ではない人。鏡かとも思ったがメガネをかけていないし、髪型と服装が違うので鏡ではない。


「お客さん? 大丈夫? 」


 私が覗き込んできた。不思議な感覚だ。双子ってこういうものなのだろうか。


「あ、はい。大丈夫です。ちょっと、びっくりして」


「まぁ普通驚きますよね。いきなり自分になられたら、それはもう……びっくりですよね! 」


 絶対に自分が使わないだろう言い回しが目の前の自分から発せられる。あんな明るい私、ちょっと恥ずかしい。


「さて、これで彼の超能力についてはわかりましたね。また、超能力というものが存在していることもわかっていただけたかと」


 太田店長は私に確認する。私は力なくコクリと頷いた。


「では次はあなたの能力を証明しましょうか。ちょっと彼に触れてみてください。あなたに『触った相手の能力をゼロにする能力』があるなら彼は元の姿にもどるというわけです」


 そういって太田店長は布田丸さんの方を見る。布田丸さんは私にむけて手を差し出していた。この手を握れということなのだろう。そうすれば太田店長の言った通り、私の能力『触った相手の能力をゼロにする能力』が発動して、布田丸さんが金髪碧眼の女の子に戻り、私の超能力が証明される。私は未知への恐怖で震えながら布田丸さんの手を握った。


ドロッ


 布田丸さんの体が再び溶ける。手を握っていた私は見る影もなくドロドロになり、またかろうじて人の形を保った怪物に戻る。その怪物が段々と形を成していく。でも、それは私の想像した金髪碧眼の布田丸さんではなかった。


「おわっ、ホントに戻った。いやー、お客さんすごいですね」


 私が握った手の先には暗い緑色の髪をした中性的な顔立ちの男の子がいた。年は多分、大学生くらいだろう。さっきより身長が伸びたのもあり、給仕服がちょっときつそうだ。私が握っていた手を離すと男の子はまたドロドロに溶け、金髪碧眼の女の子に戻った。


「これであなたに『触った相手の能力をゼロにする能力』があることがわかっていただけましたか? 」


「あの、さっきの男の子は? 」


「あれが本物の私だよ! 正真正銘一分の一スケール布田丸 七緒ななおなのです! 」


 布田丸さんはエヘンと胸を張る。ついていけない私に太田店長のフォローが入る。


「彼は『体の形を変えることができる能力』で金髪碧眼の女の子になっているだけで、本物はあの緑髪です。今はあなたの『触った相手の能力をゼロにする能力』で能力が解除されたので、金髪碧眼が緑髪に戻ったわけです」


「その緑髪って言い方キライだな〜」


 二人はじゃれ始める。私は相変わらず置いてけぼりだ。どうしていいかわからなくなっている私にまた太田店長からフォローが入る。


「さて、これであなたの質問には答えられたと思います。この世には超能力があり、うちの社員は全員、超能力を持っている。そしてあなたにも超能力がある。なので、私は超能力をもつあなたにぜひ一緒に働いてほしいというわけです。それで、採用を承諾していただけますか? 」


 私は太田店長の質問に答えることが出来なかった。太田店長の言った通り、超能力というものが世の中にあり、私もその能力を持っている。だから私を雇いたいというのもわかる。


 でも私には彼の期待に答える自信がない。また、すぐに心を病んで仕事を辞めてしまうかもしれない。太田店長は「辞めても気にしない」と言ってくれたが、それが逆にキツイ。こんなにいい人の期待を裏切るという事実に心が張り裂けそうになる。私の表情はどんよりと曇る。それに気づいた布田丸さんが声を上げる。


「ちょっと太田店長! なんでちゃんとこのお客さんに来てほしいって言わないの? その言い方じゃ能力があれば誰でもいいって受け取られちゃうじゃん! 」


「おや、それは失敬」


「もー、なんでも分かるのになんで気が回らないの? このお客さんがうちに来て欲しいって思ったから声かけたんでしょ? 」


「えぇ、その通りです」


「だったらちゃんと伝えなきゃダメだよ! みんながみんな太田店長みたいになんでも分かるわけじゃないの! 」


「以後、気をつけますね」


「じゃあハッキリ言う! 」


「はい」


 目の前で銀髪イケメンが金髪碧眼の女の子に説教されている。しかも女の子の中身は男の子だ。ここに来てから私は何度言葉を失っただろう。私の短い人生経験では処理できないことが起こりすぎている。


「では改めて。神楽坂さん、無理にとはいいませんが、うちで働いてください。私たちにはあなたが必要です」


 太田店長は深々と頭を下げた。


「そそ、私もお客さんが同僚になってくれたら嬉しいよ。ね、一緒に働こ! 」


 布田丸さんは再びこちらに手を差し伸べる。二人の言っていることにウソはない気がした。本当に私を必要としてくれているのかもしれない。いや、この善意がウソでもいいからこの人たちの力になりたい。もしかしたら期待を裏切ってしまうかもしれないけど、でも挑戦したい。心からそう思った。


「あの、こちらこそお願いします。私を雇ってください!」


 私は席を立ち、頭を下げた。見えなかったけど多分二人は笑っていたと思う。

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『超能力者レストラン 雨宿り』 〜挫折OLと超能力をもったスタッフの接客ストーリー〜 梓納 めめ @nanaki79

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