雨宿りさせてもらいます!(3)

「おいしかった。ごちそうさまでした」


 私、神楽坂かぐらざか 零子れいこは胸の前で合掌して感謝を述べた。今まで『ごちそうさま』はなんとなく言わされている気がしていたけど、今日は心から言うことが出来た。


「それでは空いたお皿お下げしますね」


 そういって私の前に座っていた店員 布田丸ふたまるさんは空いたラーメンどんぶりの乗ったお盆をもって厨房のある方へ向かった。

離れる直前、布田丸さんは「後で店長が来ると思うので、ここで少々お待ち下さい」と言い残していった。


 このお店はちょっと変わっていて、店長の太田おおたさんがお客さんの状態を見て、その人にあった料理を出してくれる。私の状態を見たとき、太田店長は突然「うちで働きませんか? 」と言ってきた。

 前職を辞めて絶賛就職活動中の私としては願ってもない話なのだが、正直意味がわからない。なぜ、太田店長は初対面の私をいきなり雇いたいと言ったのだろう? ちなみに布田丸ふたまるさんに聞いたところ「普通はない」ことらしい。


「お客様、お待たせして申し訳ございません」


 私が選ばれた理由を考えていると、その太田店長が来て、私の向かいの席に座った。白黒の給仕服にクロスタイ、銀髪をオールバックにした色白のイケメン。もう向かいに座ってもらえただけで幸せで気絶しそうだ。


「失礼とは思いますが、この場で面接をさせていただきますね。可能ならば履歴書と職務経歴書をいただけますか? 」


「あ、はい……」


 私はカバンから履歴書と職務経歴書を取り出し、太田店長に渡す。本当は今日面接を受けた企業に提出したものだったが、「この経歴じゃ雇えないからもう返すよ」といって突き返されたものだ。あぁ、フラッシュバックで泣きそうだ。


 太田店長は2枚の紙切れをじっと見る。私の経歴は正直褒められたものではない。社会人になった後もそうだが、高校卒業から大学入学までの間に結構な穴がある。空白期間なんて1ヶ月あるだけで白い目で見られるのに年単位で空いている上に、大学も中の下とくればこの時点で履歴書を破り捨てられてもおかしくない。私はビクビクしながら太田店長の返事を待った。


「えっと、名前は神楽坂 零子さんですね。ご住所はこの辺ということなので、交通費は不要ですね。ちなみに他に選考を受けている企業はありますか? そちらがよければうちの採用は断っていただいて結構ですので」


 ……あれ? なんか採用決まった感じで話し進んでない? 私は不安になり、太田店長に問いかける。


「あの! ちゃんと履歴書を見ていただけてますか? 、私精神科に通院してますし、空白期間もいっぱいありますし、大学もそんなにいいところでてないですし、資格も特にないですし……」


「あぁ、医師から就労不可と認定されている場合はおっしゃってください。医師が就労可能と判定するまで雇用は保留しておくので」


「え、え、え? それだけですか? もっとこう、空白期間何してたとか、なんでこんなに期間が空いているのかとか」


 どの面接官もそこを聞いてきた。そんなこと私にだってわからないのに。説明しても納得してくれないのに。みんな私の穴を知りたがった。太田店長は不思議そうな顔をして私を見た後、納得したような表情になった。


「あぁ、他の企業は辞めてほしくないので、あれこれ聞くでしょうが、私は別にそういうことは気にしません。いつ辞めていただいても結構です。一瞬でも私たちと働いてくれるならそれで十分です」


 そういって太田店長は書類に目を戻す。なんで、なんで私なんかにそこまでしてくれるの?


「はい、こちらからの質問は終わりです。では、こちらをどうぞ。就労規則等が書いてありますので、給与等に問題がなければ、ぜひともうちで働いてもらいたいです」


 そういって太田店長はA4の紙を私に手渡す。給与やお店の営業日、残業時間の扱いなどが事細かに書いてある。ウソ、基本給、前の職場より二万円も高い。しかも正社員雇用! ? 一体何が起きているの?


「神楽坂さん。どうですか? なにか質問はありますか?」


 質問か。労働環境とか契約の内容とかに質問はない。前職よりも全部上だし、というかこの書類に書いてあることって大体守られないからどんだけ読んでも意味ないんだよね。そんなことより、もっと聞きたいことが私にはあった。


「あの、なんで私を雇ってくれるんですか? しかもこんな好条件で」


 やっぱりこれを聞いておかないとダメだろう。あまりにも事がうまく運びすぎている。きっと何か裏があるはずだ。例えば、レストランは表向きの職業で裏では殺し屋やっているとか。

 太田店長は一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに「まぁいいか」と独り言を言って話し始めた。


「単刀直入に言いますね。あなたには普通の人にはない超能力を持っています。あなただけでなくここで働くスタッフはみんな超能力を持っています。私たちはそういう特殊な能力を持った人間の集まりなのです。だからあなたにもぜひ私たちの仲間になってほしい、ということです」


 より意味がわからなくなった。


「あの、すみません。私英語はちょっと……」


「今のセリフはすべて日本語ですよ。意味がわからないのは言語が違うからではないです」


 太田店長はピシャリと言い放った。そっか、英語で言われたから意味がわからないわけじゃないんだ。じゃあ、なおさら意味がわからないんだけど。


「混乱してらっしゃいますね。自分にある超能力というのがわからないし、そもそも超能力とは何か、といった疑問で頭がいっぱいといったところですか」


「はい、そうです」


 太田店長は私の疑問をピタリと言い当てる。もしかしてこれが太田店長の超能力というやつなのだろうか。でも、やってることテレビで見たメンタリズムとかと変わらない気がするけど。


「お察しの通り、今あなたの疑問を言い当てたのが私の超能力です。『人より多くの情報を処理できる能力』と私は呼んでいます。まぁ、見た目に現れないですし、やっていることはメンタリズム等と変わらないので一般人に見えると思いますが」


「え、なんで私の思ってることが」


「そうですね。あなたには感じられないものが私には感じられるということです。ちなみに紫外線も見えたりしますよ」


 太田店長はフフッと魅力的な笑みを浮かべる。超能力かは別にして太田店長に隠し事はできないようだ。じゃあ私にもそういう能力があるってこと? このダメダメな私に?


「はい、あなたには超能力がありますよ。『触った相手の能力をゼロにする能力』と言ったところでしょうか。普通に生きていたらまず気づかない類の能力ですね」


 「おっと、すみません。心を読んで勝手に話を進めてしまいました」と太田店長は謝罪した。私は目を丸くしたまま、太田店長の言葉を頭の中で反復する。『触った相手の能力をゼロにする能力』? それが私に? でもそんなの確かめようがない。


「えっと、その、私に超能力? があるとおっしゃってますが、それってすぐに確認できるものなんですか? というかなんでわかったんですか? 」


「そうですね。なぜ能力がわかったかといえば、私の『人より多くの情報を処理できる能力』で見えた。とだけ言っておきます。超能力を確認するにはちょっと工夫が必要ですが、まあ簡単にできますね。その前に一つ約束していただいていいですか? 」


「約束? 」


「はい。ここで働くか働かないかにかかわらず、これからあなたが見ることを秘密にしていただきたい。バレるとうちの店、大変なことになるので」


 ちょっとだけ身構える。これから何が起こるのだろう。怖い。まだ引き返せる。ここで「ごめんなさい。約束できません」といえば私は日常に戻れるだろう。誰も私のことをわかってくれない、あの日常に。……イヤだ、あんな日常に戻りたくない。私は覚悟を決め、太田店長の質問に答えた。


「はい、約束します。絶対に秘密にします」


「ありがとうございます。では、彼を呼びますので少々お待ち下さい」


 そう言って太田店長は席を立つ。私はドキドキしてこれから起こることを待った。


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