84 相談
翌朝。雄太郎は目を擦って、ベッドから起き上がった。雄太郎が夢の中でさせられたのは、ゆうの人生の追体験だった。そのため疲労感は半端じゃなく、雄太郎の足取りもフラフラとしていた。
そんな状態で部屋を出たものだから、雄太郎を見た父、宗太は眉間にシワを寄せて言った。
「おはよう雄太郎。大丈夫か?」
「……大丈夫だと思う。多分」
「多分じゃあ駄目なんだ。はっきり大丈夫だと言ってくれないと、学校に行かせられない」
「……大丈夫だ」
雄太郎は仕方がないのでそう言うと、宗太は納得の行かないような表情で言った。
「熱だけ測っておくように」
熱は無く、雄太郎の顔色も戻ってきたので、宗太らは雄太郎を送り出してくれた。
電車に乗ると、朝練がないらしい湊が雄太郎に手を振っていた。
「雄太郎、おはよう。よく寝た?」
「まあな。もう心配はいらない」
「そっか。……それで寝たらからかうからな?」
「流石にないだろ……」
そんな会話をしながら、雄太郎は学校に向かった。
教室に着き、雄太郎は荷物を置くとすぐに千鶴を探しに向かった。
「A組、地味に遠いんだよな……」
階段を降りながら雄太郎がそうつぶやくと、後ろから聞き慣れた声がした。
「暁くん?」
振り返ると、早乙女が立っていた。
「どうしたの?風見くんなら教室にいるし海月さんならまだ来てないけど」
「そうか。だけど俺が探してるのは千鶴なんだ。……流石に、知らないよな?」
「ジブンは知らないな……」
「そうか、ありがとう」
そう言って雄太郎がその場を立ち去ろうとすると、早乙女が言った。
「暁くん、最近変わったこと起こってない?」
「変わったこと……?」
そう言われると山のようにあるのだが、それを言うわけにもいかない雄太郎は答えた。
「凪ちゃんといて変わったことがないことの方がおかしくないか?」
「……それもそうか。なんかごめん、変なこと聞いて」
早乙女が足早に去っていくのを、雄太郎はただ見ていることしかできなかった。
A組の教室に行くと、千鶴は数学の勉強をしていた。
「雄太郎!おはよう、どうかした?」
「いいや、今はやめておく」
ただでさえ成績不振の千鶴の邪魔をするわけにはいかない雄太郎は引き返そうとしたが、当の千鶴に止められてしまった。
「そう言われると気になるよ……なにか、困りごと?」
「千鶴が集中してせっかく勉強しているんだ、後でいい」
「ウチの成績なんてどうでもいいよ」
「どうでもはよくないだろ!」
雄太郎が大きな声で言うと、千鶴はしおらしく言った。
「雄太郎が困ってるかもしれないのに、どっちにしても集中なんてできないよ」
扉の前でシュンと俯く千鶴を見て、雄太郎は大きくため息をついた。そうだ、千鶴はそういう奴だった。
「……じゃあ、テラスで話すから、ついて来い」
雄太郎は千鶴と共にテラス席に行くと、千鶴に昨日見た夢の内容を話した。
「このままじゃ、昴大が死んじゃうかも……ってこと?」
「そうだ」
「……雄太郎は、なんでそんなに落ち着いてるの?」
「落ち着くも何も……」
雄太郎が言おうとすると、それを遮って千鶴は机を叩いた。
「友達が命の危険にさらされてるんだよ!?雄太郎は何とも思わないの!?」
「……冷静にならないと止められるものも止められないだろ」
「雄太郎、やっぱり今言って正解だよ。ウチ、このこと昴大に言ってくる」
立ち上がって千鶴が去ろうとするので、雄太郎は千鶴の肩を掴んで引き止めた。
「やめろ!余計にアイツを不安にさせるだけだ」
「でも伝えないと防ぐこともできないでしょ?」
「……それは、そうだが。そんなことしたら、昴大は家に引きこもって出てこなくなる」
「…………」
千鶴は黙り込んだ。雄太郎も一瞬、昴大に伝えようとしたがやめた。それを聞いた昴大がどうするか分からない以上、下手に言うのは危険だとゆうも判断したからだ。
「やっぱり、ウチは言うべきだと思う。……コウは、もう自分の身は自分で守れるんだから」
今度は雄太郎が黙り込む番だった。昴大の使役したあの悪霊がいまだ目に焼き付いているからだ。昴大は自分の身は守れても、暴走する危険性を孕んでいる。
それを目の当たりにしていない千鶴だから、そんなことが言えるのだ。
「……俺、少しトイレ行ってきていいか?」
「うん」
頭を冷やすために、雄太郎は席を立った。
角を曲がると、昴大が立っていた。
「昴大!?」
「ごめん。盗み聞きするつもりじゃなかった」
昴大は今、雄太郎とほぼ同じくらいの身長だ。その昴大が、雄太郎の目を真っ直ぐ見た。
「僕を狙っている人がいることは……知ってるよ。父さんからの手紙にもそう書かれていた。そして、父さんは僕に知られずに守ってくれていたんだ」
昴大の手には、あのぬいぐるみが握りしめられている。
「自分の身くらい、自分で守れるよ。これ以上3人に迷惑はかけられない」
「だけど昴大。相手は個人じゃない。組織なんだぞ」
「分かってる。でも僕は一人じゃないから」
昴大は小指を一本立て、唱える。
『召』
途端、昴大の周りに大量の霊が現れた。その全てが昴大に懐いており、雄太郎を好意的に見た。
「ほら、僕は大丈夫でしょ?……ごめん、雄太郎」
昴大の表情から笑顔が消えた。そして翠玉の目が光った。
「僕は雄太郎より強いよ。……多分、千鶴や凪よりも。だから、守ってもらう必要なんてない。千鶴にも……そう、言っておいて」
昴大はそれだけ言うと、スタスタと教室に戻っていった。
雄太郎は後を追おうとしたが、千鶴を置いてきてしまっているので立ち止まって、引き返すことにした。
「そっか」
千鶴は雄太郎から聞いた昴大とのやり取りを頭の中で整理したのか、声のトーンを低くしてそう言った。
「昴大がそんなことを……」
「アイツ、自分は俺達より強いと言っていた。そしてそれは多分、事実なんだろう。だけど、あんな態度はないだろ……」
「昴大がそう言うときは突き放してるんじゃなくて、本気で心配してるんだよ。巻き込みたくないって思ってるのかも」
「そうか……」
「でも、何かあったらウチらも割って入ろうね」
「ああ」
雄太郎と千鶴は顔を見合わせ、この日、決意したのだ。
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