82 打ち明け(2)

凪は状況を読み込めずにいた。

雄太郎らしくない言動に、幼馴染みとして混乱していたのだ。


「ユウくん、頭大丈夫?」

「頭は至って正常だ」


その瞬間、 背後から寒気がした。悪寒ではないが、凪の直感が異変を悟っていた。


寒気のしたそちらを振り返ると、目を紅く光らせた雄太郎が立っていた。


凪の知っている雄太郎のように、表情はない。相手を真っ直ぐ射抜くように見て、佇んでいる。これもいつもと大して変わらない。なのに、何かが変だ。


夏休みの別荘での夜が思い浮かぶ。あのときも同じ状況だったはずだ。そのときもまた、凪は何もできなかった。


「初めまして。……違うか。前世も含めれば、何百回も顔を合わせているな」


ずきり、と頭が痛む。一瞬、雄太郎と、赤髪の女性の姿が重なった。


「ゆう……?」

「思い出していたか、渚」

「違う……」


凪から出た言葉なのに、一番驚いたのは凪だ。彼女の名を知っているはずがない。凪の記憶にはない人間なのだから。


いや、彼女はそもそも、人ではない。

そう背後から囁かれたような気がして、凪はバッと後ろを振り返った。


そこには誰もいなかった。


「貴女は……何?私の頭をこんなに引っ掻き回してくれちゃってさ」

「私は何者でもない。ただ、最初から其処にいただけの存在だ」


彼は笑う。その仕草は雄太郎によく似ていて、でも、何かが違っていた。


「んー……もっと分かりやすく説明してほしいな。概念的すぎて流石に理解できない」

「……私は雄太郎とは別の存在だが、魂を共有している。雄太郎が生まれたときからずっと。海月凪、お前のこともよく知っている」

「ユウくんであってユウくんじゃないってこと?」

「そうだな」


こともなげに言うが、凪には未だに状況が理解できていない。


「さっき私のことを渚って呼んだけど。私は凪だよ」

「知っている。今ここにいるのは確かに凪だ。だが、本当は気がついているのではないか?」

「……」


凪は思わず黙り込んだ。

自身の中に芽吹く違和感はある。凪に存在するわけのない記憶が何故か存在している。

それは凪も充分に自覚していた。


「私をゆうと呼んだことが何よりの証拠だ。気づかないふりをしていても分かってしまう。巡り合ってしまった以上、その定めからは逃れられない」

「いや、そもそも貴方は味方なの?」

「……どういう意味だ?」

「そのまんまの意味ですけど。ユウくんの身体を乗っ取って私に妙な術をかけたって説もあり得るでしょ?」


怪訝な表情を浮かべ、彼は頭を抱え始めた。


「源弥を知っているか」

「……風見源弥?」


まただ。また凪の知らない人物だ。

なのに、彼が誰か知っている。あの柔らかい笑顔が浮かび上がる。昴大によく似た、何百年も前の霊能力者。


「そうだ。そして凪と雄太郎の友人である風見昴大の先祖。あの者を覚えているな」


そんなの知らない、と言いたいところだが、凪は実際に風見源弥の姿が頭に浮かんでしまった。凪が黙って頷くと、彼は少し笑った。


「風見源弥が復活するかもしれない」

「……どういうこと?」

「昴大の身体を依り代にしてな」

「待って、それってさ……」

「それを告げるために俺は渚の前に現れた。今までずっと存在を隠していたが、今回はやむを得ないからな」


その言葉に凪は呆然とした。凪も本当は分かっている。渚は、凪の前世だ。

その渚の意識がはっきりと出てきて、凪に叫んでいる。早く止めろ、と。

凪の頭は余りに多い情報量に混乱したままだったが、考えは不思議と整理できた。


「……源弥は、いつ頃復活するの?」

「分からない」

「分からなかったらどうするの?手がかりがないんじゃあ、止めようもないじゃん」

「組織ぐるみで源弥の復活を企んでいるようだ。その組織の動きを掴むのが先決だろう」

「そんな悠長な……だからあの時も源弥に!」


その瞬間、ゆうの表情が変わった。

絶望のような、悲愴のような何かに。


「……ごめん」

「別にいい。自分が何者か思い出してくれたようで良かった」

「私は……何もできなかった。源弥の計画を知っていたのに、止めることができなかった」

「あのときの渚なら仕方のないことだ。渚にとって、源弥は世界の全てだったのだから」


凪は渚としての意識が段々明瞭になってきた。遥か昔、源弥やゆうと生きた人生を思い出した。

それは今の凪とは関係のない事実のはずなのに、切り離せなかった。目の前にいる、雄太郎の姿をした”其れ”に感情移入せずにいられなかった。


「渚、いや、凪」

「何?」

「協力してくれるか?昴大のため、ひいては人類の未来のために。そして……源弥のために」

「当たり前でしょ、ゆう。私は昴大の、源弥の友達だから」


凪は右手を握り、こぶしをゆうの前に差し出した。ゆうもそれに答え、コツン、とそこに当てた。


二人は再び歩き出す。


「凪」

「どうしたの、ゆう」

「話の続きはこれでしないか」


ゆうが取り出したのは、雄太郎のスマートフォンだった。


「……それ、ユウくん知ってるの?」

「今日の昼に夢の中で告げた」


ゆうが、雄太郎に話したという概要を説明してくれた。

情報量が多く判断が難しいが、一つの謎は解けた。


「あれ、ゆうのせいだったんだ」

「まさか私もあんなことになるとは思わなかった。急を要するから早めに伝えたつもりだったのだが」

「ゆうは人間を分かってないね。いきなりそんなこと言われたら戸惑うに決まってるじゃん」


凪もいつの間にか思い出した前世の記憶に適応し、以前のようにゆうと会話した。


「……そうなのか?」

「そうだよ。特にユウくんみたいな頭固い人間には難しいだろうね。私だって戸惑ったもん」

「人間とは難しいな……」

「人生2周目が何言ってんだか」

「仕方ないだろう。俺は人間ではないのだから」


ムスッとしてゆうは顔を逸らす。駅前に到着した。


「……ゆう、電車乗れるの?」

「雄太郎を今までずっと見てきたんだ。乗れるさ」


ゆうはそう言うが、凪は不安になりゆうに提言した。


「……そろそろ代わってあげたら?ユウくんには記憶ないんでしょ?」

「それはそうだが……なにか問題でもあるのか?」

「ゆうがそのまま家に帰ったらユウくん困惑だよ」

「そうか……分かった。代わる」


ゆうは目を閉じ、雄太郎が目を開いた。


「……凪ちゃんも、あいつから聞いたのか」

「状況の飲み込みが早いね、ユウくん」

「意識を失う直前に代われと言われたからな。……多分、俺の言いたかったことと同じことを言っていると思う。あいつは俺で、俺はあいつだから」

「また夢でちゃんと話しなよ」

「分かってる。じゃあな」


凪は雄太郎を見送ると、自分も真っ直ぐ帰宅することにした。

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