79 伴う青年(2)

息子、昴大が3歳の時、風見家の人間全てが集まって会議が開かれた。

風見家の霊たちの要望で、昴大も連れてきている。


昴大は離れの小屋に華蓮とともに待機させ、啓は昭の話を粛々と聞いていた。


「なんで啓はアレを庇うんや?何度も聞かせたあの話を忘れたんか?」

「もちろん覚えとるよ。……でもな」


啓は深く息を吸って、それから、昭の目を真っ直ぐ見つめ、言った。


「自分の息子殺す言われて、はいそうですか、ってなるわけないやろ!!」


それから、昭に何を言ったのか、啓自身も覚えていない。

しかし、とにかく、二十年以上も自分を可愛がってくれた祖父に対して、罵詈雑言を浴びせたのは確かだった。


啓が我に返ったときには、昭は顔を真っ赤にして、握りしめた拳を震わせていた。


「もう、魔性に当てられたんやな、啓は」

「……は?」

「あの忌み子は処分すべきや!」


昭が立ち上がって言った。その声は怒りに満ちていた。


それから、風見家内でも賛否両論の声が上がった。

啓の立場としては、賛成の声が上がること自体許しがたいことであるのだが、今はとりあえず、昴大を連れて帰ることが先決だと思った。


部屋を出て離れへ向かったが、廊下に昴大がいるのを見つけてしまった。


「昴大!」


啓が駆け寄る。……だが。


途端、啓の肉体に強烈な痛みが走った。


「……はっ、?」


何者かに日本刀で斬られたのだと気がついたのは、啓が横たわってからだった。


「……チッ」


その者は啓も見覚えがあった。昭に弟子入りしている若い男の霊能力者だ。

若いと言っても、啓よりは少し年上のはずだが。

日本刀は先ほど昭の後ろに飾られていたもので、まさか本物だとは啓も知らなかった。


刀身に滴る血が自分のものであると理解するのに、時間は要しない。


「今度こそ……!」


男が刀を振り上げる。もう、終わりだ。啓はそう思った。


「やめて!」


華蓮の声だった。そして間もなく、何かが啓にかかった。

それは華蓮の血だった。華蓮も自分の目の前に横たわるのが、見えたからだ。


「おとうさん、おかあさん……?」


沈みゆく意識の中で、膨大な霊力を感じた。


ふと啓は、自分と華蓮を斬りつけた者を見た。彼はすっかり腰を抜かし、後ずさっていたのだ。考えずとも啓には、その霊力の主が誰か理解できた。




そして風見啓は、死亡した。




それから啓は、現世を当てもなく彷徨い続けた。息子のことも、妻のことも、自らのことすら忘れ、ただ、ひたすら現世を浮遊していた。それがどのくらいの時間だったのか、啓には知る術はない。



アイデンティティを失った啓は、ある組織に捕縛された。組織の名も知らないが、その組織は”風見源弥の復活”を目的とした組織だった。自我がない啓は、組織の術師の手によって、悪霊に変えられてしまったのだ。



術師は高校生で、四条高校という場所に通っていた。

日々啓は術師に霊力を注がれ、気づけば生前とは比にならないほどの霊力を手にしていた。




そして、ある日のことだった。

啓は術師の命令のもと、四条高校の体育館のトイレで待機させられていた。

術師の霊力が微弱につけられた、二人の少年を襲うように。


そこで啓は見つけたのだ。

死んだと思っていた、我が息子の姿を。


「……昴大だ」


喜びで笑いが止まらなかった。正気にこそ戻れなかったが、感情を抑えられず、啓は暴走した。

その隣にいた赤髪の少年なんて、目に入らないくらい。


気がついたのは、赤髪の少年が昴大に近づいた時。


「昴大に近づくな」


反射的にそう言ってしまった啓。赤髪の少年は、啓をひたすら睨んでいた。


途端、赤髪の少年は地面に膝をついて倒れこんだ。昴大は少年に駆け寄る。


「昴大、十秒、目を瞑れ。耳も塞いだほうがいい」


少年の目は、紅く光っていた。啓を大幅に上回る霊力が少年の身体から解き放たれる。


「契りから放つ」


それだけ言うと、啓は、正気に戻った。

自分が何をしようとしたのか、そして、今までのことも。すべて、思い出したのだ。




気づけば生前の姿に戻っていた啓は、後悔の念に日々襲われ続けた。泣いて、泣いて、泣き叫んで、死にたいとさえ思った。

しかし、啓はもうすでに死んでいる。それは叶わない。


次に啓が抱いたのは、組織に対する憎しみだった。

自分の息子とその友人を狙って、自分を利用しようとしたこと。到底、許せるものではない。再び悪霊に戻りかけたこともあるくらいに。


そして啓は決意したのだ。




かの組織を潰し、息子、昴大とその友人たちを守り切ると。

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