78 伴う青年(1)

風見啓は霊術の名門、風見家に神童として生を受けた。


生まれつき霊に好かれやすい体質。風見家の人間ならば誰でも持っているそれは、啓は一際強かった。

十歳になる前に、風見家の守護獣3体に認められ、風見家の当主としての資格を得た。


啓の祖父で、当主である昭は、そんな啓を非常に可愛がっていた。

昭も才能がある方だと言われていたが、啓の母令子や、昭の兄は霊能の才能に恵まれず、しかも子供が何故か授かりにくい血筋もあって、昭は啓の存在をありがたく思っていたのだ。




啓が幼い頃、風見家本邸で啓は昭の膝の上で話を聞くのが好きだった。

ある日、啓は以前に聞いた、風見家の忌み子の話が気になって昭に尋ねた。啓が十一歳の時だった。


「おじいちゃん」

「どうしたん、啓?」

「緑色の髪のひとは、なんで危険なん?」

「それはな、あの源弥と同じ、悪しき術を使うからや。霊の自由意志を奪って、風見家を破滅に追い込む。啓も最初はそうちゃうかって言われてた」

「そうなの?ボクは……おったらアカン子?」


昭は首を振って言った。


「そうやったら、啓はもうとっくにこの世にはおらん。それに啓の髪は柳色や。ほら、そんなことあらへんやろ?」

「……たしかにボクは、緑色じゃない」


自分の存在が肯定されひとまず安心した啓だったが、唐突に不安になって、啓はもう一つ尋ねた。


「もし、緑色の髪の子が生まれたら、どうするん?」

「そんな縁起でもないこと言うな」


昭のドスの効いた声で耳元で言われ、啓はビクリと身体を跳ねさせた。

それに気がついたのか、昭は優しい声にすぐに戻し、言った。


「処分するよ。風見家の敵、やからな」


昭の話の中で、この話だけはどうしても啓は納得できなかった。




昭以外の家の者にも可愛がられ育った啓は、高校時代、とある少女と出会った。

啓は彼女を一目みて、美しいと思った。


「貴方、愛されてるのね」


図書室での出会いだった。

琥珀色の瞳を持ち、茶色の髪を揺らす彼女。

聞き慣れない標準語と冷たい声に戸惑いながら、啓は言葉を返した。


「……それは、どういう意味?」

「そのままの意味、見れば分かる」

「ボクが……いいとこのボンボンやと思ってるん?」

「それは違う」


少女は優しく、しかし何処か虚しげに笑った。


「視えるの、私。……これで、言っている意味が分かるでしょ?」

「ごめん……分からん……」

「まさか、自覚がないの?」

「ボクのこれは体質らしいけど……」


ハア、と嘆息する少女。怒っているようにも見えるが、本心は啓にも読めない。


「貴方はきっと安泰よ。私と関わりさえしなければ」


目線をサッと逸らして言う彼女に、啓は疑問を抱かざるを得なかった。


「なんでそう思うん?」

「なんでって。そういう運命が視えるのよ」

「君は……未来が視えるん?」

「そうね。ちなみに、私の未来視は的中率100%よ」


再び視線を戻し、彼女はそう言った。その表情は自信に満ち溢れている。


「じゃあ、いっこ聞いてもええ?」

「……なに?」

「君と関わったら……ボクはどうなる?」


先ほどの口ぶりが引っ掛かっていた啓は、思わず彼女に尋ねた。


「不幸になるわ」

「……?」

「今までその霊たちが避けてくれていた、17年分の不幸が貴方の身に降り注ぐことになるでしょうね。なんせ、私は疫病神だから」

「言うてる意味が分からんのやけど」

「なら、知らなくて良いわ」


そんな彼女の様子に何だか苛立ちを覚えた啓は、思わず言った。


「嫌や。ボク、だって君のこと、好きになったもん」

「……はああ?」


怪訝そうに少女が言った。啓も、自分でもしまったと思っている。


「なあ、的中率100%なんやねんな?」

「……そうね」

「じゃあ100じゃなくさしたるわ」

「なんで……」

「やから言うたやん。惚れてもうたから」

「……惚れっ!?」


ようやく赤面した彼女に啓もだんだん恥ずかしくなってきて、まともに彼女の顔が見れなくなった。


「お願い。なあ?」


それから、押せ押せで啓は少女と付き合うことに成功した。

少女の名は花咲華蓮。啓の一つ年下だった。




「……予定日まであと一週間か。楽しみやなあ」

「何が起こるか、分からないわ」


二人で買ったマイホームのリビングで、ソファに座り不安そうに言う華蓮。


「まだ言うてんの?華蓮、もう大丈夫やって」

「でも……出産自体、リスクを伴うものなのに」

「まあ……そうやな」


華蓮の言うことも最もだった。啓も急に不安になり、床を見つめた。

しかし、そんな未来は想像したくなかった。華蓮の出産は、昭や清、風見家の人間だけじゃなく、啓の周りに常にいる霊たちも祝福してくれたのだから。


「……やっぱ、信じやなアカンって」

「……啓?」

「ボクが信じやんでどないすんねん。……なあ、華蓮」


啓は華蓮の身体を優しく両腕で包んだ。


「元気な子が生まれてくるよ、絶対。だって君に、愛されてると言わしめたボクと、強かな君の子供やで?きっと優しくて強くて、みんなに好かれるような人間や」

「……それはちょっと、盛り過ぎじゃない?」

「んなこたあらへん」


啓は華蓮と、二人の子を抱きしめながら笑った。

晴れた日のことだった。




予定日、病院で、啓は華蓮が子供を産むのを、祈りながら待っていた。


「頼む、神さん、お願いや。二人を無事に……」


啓の祈りは届き、看護師が現れて、告げた。


「産まれました、母子ともに無事ですよ!」

「ほんまか!!」


啓は立ち上がり、華蓮の元に向かった。

男の子だとは、聞いている。啓は息子との対面を心待ちに、病室へと歩いて行った。


「啓!」


華蓮の声だった。啓は病室へ入るとすぐに華蓮と息子に駆け寄った。


「……華蓮、ありがとう!」


啓が我が子を見る。

その子は、緑色の髪だった。


「……まさか」

「啓?」

「いや、なんでもない」


昭の話が脳裏をよぎる。十年以上も前のことなのに、今でも鮮明に記憶に残っている。

啓は部屋を出て、一人、ため息をついた。


「なんてことだ……」


廊下に置かれた長椅子に座り、啓は隣に置かれた観葉植物を見つめた。

あれはカラテアというらしい、確か華蓮がそう教えてくれた。


これで息子への愛が消えるわけじゃない。だが、昭は啓の息子が緑髪だと知れば何をするか分からない。

それが何より怖かった。




そして、この後、啓が恐れる通りになったのだ。


「帰れ!」


昭は緑髪の曾孫を見るなり、啓たちに冷水を吹っかけてそう言った。


「2度とうちの敷地に入れさすな!」


啓は息子のためならば、昭と縁を切るのも仕方がないことだと考えていた。


しかし、霊たちは違った。

昴大の誕生を祝福したのだ。


「お前ら……何、しとんねん」


風見家の守護獣3体も、啓と昴大を守るように昭の前に立ちふさがった。

悔しそうな表情を浮かべた昭は、踵を返して本邸の中へ入っていった。

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