76 真実(2)
「……そんな」
昴大は絶句した。
「そんな、わけ」
昴大が想定できるだけの覚悟なんかじゃ足りなかったのだ。真実というのはいつだって残酷なのは、知っていたはずなのに。
まさか、自分が千鶴が祓うのに苦労した霊を従えたなんて。
「……ウチが見たのはそれだけ」
「概ね啓さんの予想と合ってたね。やっぱりあれ、昴大の力で強くなってたんだ」
「おいナギちゃん。話を続けづらくするのはやめろ」
「ごめんね。はい、次はユウくん」
雄太郎から聞いた話は大体昴大の予想通りだった。昴大が暴走させた霊の気配を感じ駆けつけ、そこで啓と合流。雄太郎は後ろに下がるよう言われ、啓が祓う準備を始めたのだ。
「では最後は私から」
凪いわく、その霊は昴大を御主人様と呼び、雄太郎への引き渡しを全力で拒絶したという。そして多彩な攻撃で、凪を苦しめた。
これだけでも胸が潰れそうなほど苦しいのに、凪は残酷な真実を昴大に告げた。
元々自分のせいだとは薄々察していたが、これは昴大の心を、強く抉った。
「啓さんは霊を祓うのに、殆どの霊力を使い果たした」
昴大は俯いて、黙り込むしかなかった。
忌み子。そう言われていた理由がようやく理解できた。自分は疫病神なのだ。
改めて考えてみても、雄太郎が悪霊に襲われたのも、千鶴の霊力が枯渇したのも、全ては自分がいたからなのかもしれない。
悪霊を引き寄せるのだから、厄介事を引き起こしてもおかしくない。
「啓さんが私たちに昴大の正体も教えてくれたんだけど……」
「嫌だ」
「昴大」
「聞きたくない」
昴大は凪の言葉を2度遮って、その後に続く言葉を拒絶した。
「僕は疫病神なんだ。分かってるよ。わざわざ言わなくていい」
「昴大……」
「ごめんね、今までありがとう。僕、もう駄目みたい」
昴大は立ち上がり、走ってテラスを去った。
後ろで3人の声が聞こえるが、振り切るように首を横に振って進んだ。
校舎裏で、昴大は一人俯く。
「父さん」
昴大は握りしめたぬいぐるみを見て、呟いた。
「ごめん……」
両親が死んだのは、事故だと清からは聞いている。
今はそれすらも、自分のせいじゃないかと思える。清が昴大に気を使っていると、昴大は考えていたのだ。
「昴大」
「うわあ!?」
目に茶色の髪がかかり、昴大は飛び跳ね驚いた。
後ろを見ると、千鶴が心配気な表情を浮かべて立っていた。
「もう、驚きすぎ」
「驚くよ……」
千鶴は昴大の隣に座り、懐から手紙を取り出した。
「啓さんから預かった手紙」
「……それ、読まなきゃ駄目?」
「駄目。内容は見てないけど、啓さんが依り代に入る直前に書いたものだもん。きっと、昴大への想いが沢山綴られている」
千鶴は昴大に手紙を乱暴に押し付け、言った。
「絶対に読んで。今じゃなくていいから!」
「……うん、分かったよ」
千鶴が去ってから、昴大は手紙を見た。
昴大は封を解き、3枚の手紙を取り出した。
「拝啓、親愛なる昴大へ」
一番はじめにそう書かれているのを読んで、昴大はそれだけで涙が浮かんできた。
「まず、昴大に謝りたいことが沢山あります。先立ってしまってごめんなさい。何も親らしいことをしてやれなくてごめんなさい。2度も、突然いなくなってしまってごめんなさい。
本当に、ボクは親失格です。息子にこんな辛い思いをさせてしまったのですから」
ボールペンで書かれた啓の丁寧な文字に、昴大の目からは涙がポロポロ溢れ出した。
「……っ、そんなこと、あらへんよ」
昴大の涙が手紙に落ち、文字が滲む。
昴大は目から涙を拭い、更に読み進めた。
「久しぶりに会った昴大は、背も伸びて、立派な顔つきになっていました。それがボクには親として誇らしくて仕方なくて、同時に、その成長を傍で見守れなかったことに対する悔しさがありました。どうして、あのとき死んでしまったのだろう。ボクは暫く、そのことばかり考えていました。
でも文化祭でまた昴大に会って、昴大自身の言葉を聞いた。あのとき昴大はボクに、いなくなってからじゃ遅い。そう言ってくれましたね。それがどうしようもなく嬉しくて、息子の成長を感じた言葉でした。それでもボクがいなくなるまで名乗らなかったことを、昴大は恨んでいるでしょうか」
昴大はふと手紙から視線を外した。あのぬいぐるみと、目が合った昴大は黙って首を振った。
啓が、今の自分を見ているような気がしたから。
「名乗らなかった理由はいくつもあります。まず、昴大に死に対して軽率になってほしくなかったからです。ボクが死んでも戻ってきたと知れば、昴大はきっと死んでも大丈夫だと思ってしまう。それは違います。ボクが戻ってこれたのは本当に様々な奇跡が重なった結果で、めったにこんなことは起こらない。
そして次に、ボクが昴大の父親だと知れてしまうと、不都合があったのです。昴大や、その友人である雄太郎くんや千鶴さんを狙っている人間がいるのは知っているでしょう?」
昴大は静かに頷いた。やはり啓も、知っていたのだ。目に見えない、得体の知れない者達を。
「ボクは彼らの手で一度悪霊にされてしまいました。それでも、何とか戻ってきた。なので、彼らにボクの存在が知れてしまうのはまずかったのです。……そして、最後の理由は、ボクが単純に、父だと名乗るのが照れくさかったからです。どうか、この父の愚行をお許しください」
再び昴大の目からは涙が溢れ出した。今度は、拭っても拭っても溢れて、止まらない。
そこで手紙の1枚目は終わった。昴大は、2枚目を開いた。
「昴大、君は霊能力を持っています。ボクと同じ、霊と絆を作る能力です。でも、その力はボクよりも強く制御も難しい。どうか、力に飲み込まれないように己を律してください。一族が有する能力なので、ボクの父さん、つまり君の祖父に聞けば制御する術を知っているはずです」
昴大は自分の手のひらを見つめた。
「風見家は霊能力者の家系で、元々は名の知れた一族だったようです。ボクも詳しくは知りません。ボクの母なら知っていたでしょうが、今は亡くなってしまったようですので、そこを伝手にいつか辿ってみてもいいかもしれませんね。
そして、昴大には風見家の始祖、風見源弥と同じかそれに匹敵する才能があります。制御できればきっと、それは昴大を、そして周囲を守る力になるでしょう」
「僕に霊能力が……?」
不思議で堪らなかった。言われてみれば、そんな気がしてならなかったからだ。
昴大の身体は今、力に満ちている。それは千鶴のそれと似たものだった。
「ボクから伝えられることはそれだけです。昴大、どうか幸せに生きてください。そして願わくば、父よりも長生きしてください」
昴大の感情はそこでピークに達し、思わず声を上げた。
夢中で、周りの目なんて気にせずに、涙をボロボロと流し、啜り上げるように声を出した。
その日、朝のホームルームには当然遅刻した。
泣き疲れて真っ赤になった昴大の目を見て、友人、担任は心配したが理由は話さなかった。
一人で家に帰り、もう一度昴大は手紙を開いた。
「3枚目は必ず自室で読んでください。そこに書かれている真実は、昴大には残酷かもしれないから」
昴大は意を決して、3枚目の手紙を開いた。
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