75 真実(1)

「ん……」


昴大はベッドから身体を起こすと、とりあえず辺りを見回した。


「なんやったんや、今の……夢?」


昴大は目を擦り、立ち上がってリビングへと向かった。


「じいちゃん」

「昴大、よう寝れた?」

「うん。僕は……?」

「雄太郎くんが、途中で寝てもうたって運んできてくれたんや」

「雄太郎が?」


清は立ち上がると、冷蔵庫から昴大が好きなアイスコーヒーを取り出し、机の上に置いた。


「そうや」

「そっか……」


昴大は眠る前の記憶を思い出そうとするも、頭の中に靄がかかって上手くいかない。

鮮明に残っているのは、さっきまで見ていた夢の内容だけだ。


「昴大、明日は学校休みや」

「……うん」


きっと疲れていたのだ。昴大はそう思うことにした。




昴大は久しぶりに学校へ登校していた。

千鶴は体調不良で昴大と同じ日からずっと休んでいるらしい。


「昴大、これあげる」


昴大に手渡されたのは、一つの小さな猫のぬいぐるみ。

よく見てみると、雄太郎と凪の鞄にも同じものがついている。


「ケイさんがくれたんだよ。かわいいでしょ?」

「……ケイさんが?」


昴大はぬいぐるみを見た。なんの変哲も無いぬいぐるみだが、どこか不思議な雰囲気を放っている。


「ケイさんに、会ったの?」

「うん。ユウくんと二人で帰ってた時に、ね。千鶴と昴大にもあげてってさ」

「そうなんだ」

「4人お揃いだよ!嬉しいね!?」


凪が元気いっぱいに言う。昴大はぬいぐるみを握りしめるが、違和感があった。


「……凪、ケイさんとはそれ以来会った?」

「ううん、会ってない」

「そっか」


昴大は言いたいことが沢山あったが、とりあえず笑った。


「このぬいぐるみ、かわいいね。僕は好きだよ」

「……俺はあんまり趣味じゃないんだがな。折角貰ったものだし、つけてるが」

「ユウくん結構似合ってると思うよ?」

「そう思うのはナギちゃんだけだ」


昴大はもう既に確信していた。このぬいぐるみを貰った経緯を。

しかし、ここで問い詰めても仕方がない。昴大は、その場では笑っていることにした。




「いやー、今日もユウくんをからかったね」


凪は教室について荷物を下ろすと、一言目にそう言って伸びをした。


「凪、一つ聞きたいんだけど」

「なに?昴大もユウくんのことからかいたいの?」

「違う」


昴大も荷物を机の横にかけると、凪の方を向いて言った。

教室には凪と昴大以外、誰も居ない。聞くなら今しかないと思った。


「このぬいぐるみ、本当にケイさんに貰ったの?」

「そうだけど。わざわざ嘘つく意味分かんないでしょ」

「凪も?」

「う、うん」


昴大はぬいぐるみを凪の前に差し出し尋ねた。


「凪なら分かるよね?僕のぬいぐるみだけ、他と違うって」

「……なんのことだか」

「すごく、温かいんだ。実際に温度が高いんじゃなくて、心が宿ってるんじゃないかって思うような、そんな温かみ」

「……昴大」

「もう一度聞くよ、これ、ケイさんが僕にくれたんだよね?」

「うん。あの人が、昴大に渡してくれって」

「そうなんだ」


昴大は凪の席を奪ってそこに座った。翠玉の昴大の瞳が、凪の蒼玉に向けられる。


「ねえ教えてよ、凪。ケイさんのこと……いや、風見啓。僕の、父さんのことを。何か知ってるんでしょう?」

「なんでそれを?」

「夢で見たんだ。あの人は僕を見て、昴大と言った」


そう、あの日昴大が夢で見たものは……




「昴大!」


幼い自分を抱きしめる啓の姿だった。

それと同時に思い出した。自分がかつて、風見家から忌み子と呼ばれる存在だったことを。

断片的だったが、思い出すことができたのだ。自分の”過去”を。




「夢で、ねえ……」


凪は頭を悩ませ、ため息をついた。


「もう誤魔化せないみたいだね」

「誤魔化してたんだ、僕の父さんのことなのに」


昴大は静かに憤っていた。友人に裏切られたことと、父親の正体を見抜けなかった自分に。


「ごめん、でもあんま怒らないで。これは、私が啓さんに頼まれたことなんだから」

「父さんが……?」

「うん。まあ、バレたら素直に教えるようにも言われてるし、教えるよ」

「肝心の父さんはどこなの?僕、父さんに謝らないと……」


凪は昴大を指さした。否、昴大がずっと持っているぬいぐるみを指した。


「啓さんが霊体で私たちの前に現れたのは分かってるでしょ。その人形が依り代なの」


昴大は今一度ぬいぐるみを見つめた。言われてみれば、啓と似た気配がする。


「じゃあ、出てこれるの?」

「今は無理みたい。存在を維持するだけの霊力がないらしいよ」

「なんで霊力がなくなったの……?」


凪は再び答えに詰まった。


「その説明、千鶴も入れたほうがいいんだけど。退院してからでいい?」

「……千鶴、入院してるの!?」

「うん。明日退院」

「分かった、待つよ」




次の日、朝から、昴大含むいつもの4人はいつものテラス席で向かい合っていた。


「千鶴、退院おめでとう」

「ありがとう」

「ちゃんと持ってきた?」

「うん。もちろん」


なんのことだか昴大には分からないが、口は挟まずにいた。

何を言われてもいいよう、昨日覚悟を決めてきたつもりだ。昴大は深呼吸して、雄太郎を見た。


「この空気、前もあったな」

「雄太郎が僕をいじめてるって千鶴に連れてこられたとき?」

「そう。あいつらすぐ自分たちの世界に入るからな。気まずかった」

「はは……」


昴大が苦笑いをしていると、チヅがこちらを見た。


「そうだ、早く話さないと、みんな朝のホームルームに遅れちゃう」

「それもそうか。じゃあ、まず千鶴、よろしくね」


千鶴から話し始めることに昴大は驚きつつ、冷静を保とうとまた深呼吸をした。

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