Case15 受け継ぐ少年

74 風見家の忌み子

昴大は一人、見知らぬ場所を彷徨っていた。


和のテイストを感じさせる建物の雰囲気。イグサの香りが鼻腔を掠める。外には立派な松の木が幾つも植わっており、まるで日本庭園だった。


そんな屋敷の尋常ではない程長い廊下に、昴大は一人、立っていたのだ。


「どこやろ、ここ……」


先ほどまでの記憶も朧げだ。千鶴と一緒にいたのは覚えているが、それだけだ。どういう経緯でここにいるのか、全く頭の中で記憶が繋がらない。


昴大は、とにかく誰かにこの状況を尋ねようと、少し歩いた。

するとまるで旅館の女中のような桃色の着物姿の女性が向こうから歩いてくるのが見えた。


「あの、すみません」

「…………」


すれ違った時に声を掛けたが、女性からの返事はない。無視というよりかは、まるで昴大の声が聞こえていないようだ。


「すみません!」


昴大の出る声の中でも最大に近い声を出したが、女性は振り向きもせずそのまま歩き去ってしまった。

少し傷つきはするが、まああの女性も忙しかったのだろう。きっと大事な用事があったのだ。自分にそう言い聞かせて昴大は先に進んだ。


「当主様がお呼びだ!」


次に聞こえたのは男性の大声。ドタドタ、と足音を響かせ駆けてくる。

昴大の真正面に現れたその男性を避けようとしたが、廊下は狭くて避ける場所がない。

しかし男性はそのまま迫ってくる。このままではぶつかってしまう。


「早くしろ!」


男性はそう叫んで、昴大の身体に向かってくる。

危ない、そう感じた瞬間。


昴大の身体をすり抜けて、男性は通り過ぎていったのだ。


「……へ?」


昴大は振り返って男性を追おうとしたが、既に姿は見えなくなっていた。自分の身に何が起きたのか、昴大には理解できなかった。



しばらく、昴大は行く宛もなく、屋敷の中を彷徨い続けた。

庭園に咲く花々。それは美しいが、鮮やかで妖しく引き込まれそうな雰囲気を放っている。秋でもないのに彼岸花が咲いていて、不気味極まりなかった。

木造建築の屋敷特有の木の香りが漂う。だが、それとは別に空気の悪さを昴大は感じていた。


「あの忌み子は今すぐ処分すべきや!」


嗄れた声で叫び声がした。声から老翁であることが分かるが、知っている声ではない。

昴大は思わず気になって、襖に耳を当てた。


「源弥と同じ姿をした者はこの家の歴史でも、碌なことはしでかさんかった!」

「ですがあの子はまだ3歳……判断するには早すぎるんと違います?」

「何かあってからでは遅いんや。今度こそ、この家は滅びるで」


子供を処分=殺すなんて、気分のいい話じゃない。しかし、その子供がどんな存在かも分からないので、昴大には善悪の判断がし難かった。


「ぼく、しょぶん……?」


聞き耳を立てていた昴大の足元で声がした。

見ると、緑髪の幼い少年が立っていた。


「ご、ごめん」


言っても聞こえないんだった、と昴大はすぐに思った。

しかし少年は、昴大の顔を、じっと見つめているようだった。


「おにいちゃん、だれ……?」

「僕?僕は……えーと……」


説明に困り言い淀んでいると、少年が再び口を開いた。


「おにいちゃん、ぼくのこと、きらい……?」

「そんなことあらへんよ!!」


昴大は思わず否定した。すると少年は笑った。


「よかった」


そして昴大のズボンの裾を掴むと、続けた。


「いみご……いわれたから……」


そこで昴大は、先ほどから襖の先で老翁が話している存在が、今自分の目の前にいることを理解した。


「大丈夫やで」


昴大はしゃがみ、俯く少年の頭を撫でた。

全く、この子どもの何処に忌むべきところがあるというのか。昴大は静かに憤慨しつつ、そのまま少年を抱きしめた。


「君は忌み子なんかとちゃうよ」

「……ほんま?」

「うん。僕が保証する」


そこで昴大の目と、少年の目が真っ直ぐ合った。

少年は昴大と同じ翠玉の瞳を持っていた。


「昴大!」


声がして振り返る。

次に昴大が見た景色は、見慣れた自宅の天井だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る