73 救済(3)
「啓さん」
泣き止んだ啓に、凪は言った。
「昴大は、真っ直ぐ育ちましたよ」
凪には、こういう時に啓を慰めるセリフなんて思いつかない。
だから、言いたいことだけを単刀直入に伝えた。
「そして、父親のことも大切に思っている。……それは、啓さんが、”ケイ”として昴大と話してきて、分かったんじゃないですか」
「……そうやな」
「昴大は、いい子です。私にはもったいないくらい」
「んなことあらへんよ。……ありがとう、凪さん」
「えっと、何が」
「そういえばそうやったなあって。昴大は、ボクの自慢の息子や」
顔を上げた啓は、満面の笑みで凪に言った。
「これからも、昴大のことをよろしく。千鶴さんと雄太郎くんにも、そう伝えといて」
電話がかかってきた。相手は千鶴の父、貴博からだ。
「もしもし」
「凪さんか?千鶴から事情は聞いた。今すぐ、神社に向かうから啓さんと待っていてくれ」
「……分かりました」
妙に展開が早いので疑問に思ったが、そのあたりは上手く千鶴が説明してくれたのか。
「啓さん、あと少しですよ」
「そか、待っとくよ」
啓がベンチに腰を下ろす、その姿は、普通の人間なら生者と信じて疑わないだろう。それくらい、啓の存在力は強い。霊力が弱った今でも、人間に視えているのだ。
「啓さん、もう少しの辛抱ですからね」
そこで携帯が再び鳴った。雄太郎からのLINEだった。
「昴大を清さんに引き渡した。これで問題はないだろう」
「なんて説明したの?」
「寝落ちしたって」
「怪しすぎ」
「これで向こうは納得したからいいだろ」
雄太郎はそう言うが、清は恐らく納得はしていない。そもそも、風見家が霊能力者の家系ならば清も霊感を持っていて然るべきだ。しかし、そうなると彼はずっと悪霊に身を蝕まれる孫を放置していたことになる。凪も正直話が分からなくなってきた。
「啓さん、」
「ん?」
「……ちなみに、清さんって」
「ああ、霊感は一切持ってない。婿養子やって、ボクは聞いとるよ。ボクの能力は母親の遺伝」
「だからか……」
凪もそれである程度情報は補完できた。だが、まだまだ分からないことは多い。
近々清には話を聞きたいところだ。
「遅くなったね」
ある程度落ち着いてから貴博が神社にやってきた。
「……こんにちは」
啓がベンチから立ち上がり、貴博に向けてお辞儀をした。
その緊張のしようは、どこか昴大を思わせる。
「こんにちは。いつも参拝に来てくださってありがとうございます」
「いえ……」
「千鶴から……娘から、話は聞いております。どうぞ、中へ」
貴博に案内され、凪と啓は小屋に入った。
「依り代になるものなら、この中にたくさんあります。好きに選んでもらって構いませんよ」
「本当にありがとうございます、貴博さん」
啓は頷き、倉庫の中をじっくりと見ていく。
それを待つ間、凪は貴博に尋ねた。
「千鶴から、なんて説明受けたんですか?」
「このままじゃ啓さんが消えてしまう、と。あんな必死な顔で頼まれて、断れる親なんていない」
「……やっぱり。あの子、自分より他人ですね」
「そういうところは自慢の娘ではあるんだが……親としては、やはり心配だ」
眉をひそめ貴博はため息をつく。家族ほどではないが、凪も千鶴とは伊達な仲じゃない。気持ちは痛いほど分かる。
「千鶴は今も病院に?」
「一週間近くは入院することになりそうだ。今は、千景が様子を見てくれているよ」
「見舞いって行っても大丈夫ですか?」
「ぜひどうぞ、ありがとう」
凪は早速、見舞いに何を持っていこうか考えていたところ、啓が振り返った。
「決まりました」
貴博が啓に説明をする。啓はそれを、神妙な面持ちで聞いていた。
「啓さんが自分でここに”入る”んです。こちらはそれを手助けするだけになります」
「分かりました」
「感覚を掴むのには時間がかかります。幾ら掛けてくださっても構いませんからね」
「あのー、私ここに居ていいんですか?」
「駄目なことはないけれど……そろそろ家に帰った方がいいんじゃないか?終わる頃には多分、外は真っ暗だ」
「……帰りますね」
凪は啓の儀式を見届けられないのを残念に思いつつ、鞄を持って外に出ようとした。
「凪さん!」
啓が立ち上がり、凪に駆け寄った。
「ここまで付き合うてくれて、ありがとなぁ」
「いやいや、気にしないでください」
「そんで、最後に一つ付き合うてもろていいかな?」
「……?」
凪が疑問に思っていると、啓は今から依り代にする人形を取り出した。一見するとただのぬいぐるみで、凪が鞄につけていても何ら違和感のない、寧ろなぜここにあるのか分からないようなものだ。
貴博の話によると、御守と同じような魔除け効果を持つそうだ。
「 」
「……何て、説明しろと?」
「それは凪さんに任せてもええか?状況に合わせて、うまくやってくれ」
「確かに、承りました」
凪は啓に暫くの別れを告げ、神社を出た。
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