71 救済(1)

「お願いですか。出来ることならなんでもします!」

「それは助かるわ。千鶴さんっていうか、そのお父さんやお母さんにも協力してもらわなアカンねんけど」

「……一体、どんな頼みなんですか?」

「その前に、ボクの正体を明かそか」


啓はベンチの隣に千鶴を招き、静かに告げた。


「ボクの名前は風見啓。昴大の父です。……まあ、もう死んどるけどな」


啓の言葉を、千鶴は呆然と聞いていた。


「……っていうことは、もしかして昴大は」

「普通にボクの血を引いた、霊能力者や。これも理由あって、力を自分で無意識に封じてるらしいけど」

「……らしい?」

「ボクが死んでからそうなったみたいやねん。実際、ボクが生きとったときはボクよりも遥かに強い霊能力者やったで」


千鶴は黙り込んだ。この反応は啓の想定内だったが、千鶴にショックを与えてしまったのではないかと、啓は千鶴の顔を覗き込んだ。


「啓さん、お願いの方聞いてもいいですか?」

「ええよ。ボクの頼みはな」


啓は覚悟を持って頼みを告げた。もうないはずの肝が冷えるような、そんな感覚だった。


「ボクを生かしてくれ」

「……それは」

「蘇りたい言うてるわけちゃうよ。それは流石に無理やし」


未だに啓の言いたいことの半分も理解していない千鶴に、右腕を見せた。


「ボクは今、霊力のみで魂の形を保っとる。だから、依り代が欲しいねん」

「言っている意味は分かります。なら、すぐに頼んで……」

「いや、それは待ってくれ。今のボクやと多分霊力が多すぎて依り代が見つからん。昴大が霊能力者やって話はさっきしたやんか?」

「はい……それが、何か」

「きっともうすぐ暴走してまう」


千鶴は目を丸くして固まっている。情報量の多い話をしているのは啓にも分かっているので、順序を丁寧に追って説明することにした。


「だからそのときにボクの力を出し切って、止める。そして、ボクが消えてしまう前に、魂を依り代に移してほしい」

「……確かに、一人じゃ無理ですね」

「そうやねん。そもそも、昴大の暴走をボクだけで止められるかも分からへん。そん時は千鶴さんや、凪さんにも協力してもらうかも」


啓には分かっている。この願いは冗談半分、叶う確率なんて低い。

それでも、息子の成長をそばで見守りたいという想いがあるのだ。


「……改めて考えたら、不公平やな」

「そんなことないですよ!」


千鶴が断言する姿を見て、啓は思わず笑ってしまった。


「啓さん、すっごい、素敵なお父さんだなって思います!死んでも息子のことが大好きで、守ろうとしてるなんて親子愛すぎます!」

「そうかな?」

「そうですよ!ウチ、相談してみます。啓さんに、昴大の成長を絶対見てほしいから」

「……そか」


啓の目には涙が浮かぶ。喜びの感情が溢れて、止まらない。


「ありがとなぁ」




啓の右腕は今にも消えそうで、凪にもつかめない。それほど啓の霊力が枯渇している、つまり、魂の消滅に近づいているということだ。


「私が今からでも、千景さんや貴博さんに連絡を取ることはできますけど」

「……それは」

「何のために千鶴に頼んだの?見届けるんでしょ、息子の成長。まさか今更投げ出すなんて言わないでしょうね?」


啓が目を細めて天を仰いでいるのを見て、凪は少し苛立ちを覚えた。


まるで諦めたような表情。自分の死が迫っているというのに、達成感からか、啓は笑っている。それとも一度死んでいるから、もう何も怖くはないのか。どちらにせよ、その感性は凪には理解できなかった。


「まさか、そんなことせんよ」

「じゃあ取り次ぐってことでいい?」

「……お願いするわ」


啓は目を閉じた。霊力が僅かに戻っていくのが分かる。今の啓は、存在を保つだけで消費する霊力を抑えている状態。

言わばスリープモードだろうか。


「別れは告げないのか?」


雄太郎が凪の後ろで呟いた。

啓は答えないが、霊力が僅かに乱れたので聞こえてはいるのだろう。


凪はスマホをポケットから取り出し、千鶴の番号にかけた。


『もしもし、千鶴の父ですが』


すぐに出たのは凪の予想通り、貴博だった。


『凪さん、今は……』

「千鶴が倒れたんでしょう?」

『……そうなんだ。何か、知ってる?』

「千鶴をそんな目に合わせた霊なら祓いましたけど」

『…………』


電話口の貴博が黙り込んだ。まあ無理もないだろう。千鶴がなんとかできなかった霊をこちらで祓いました、なんて。千鶴の実力を知る貴博なら尚更だ。


『……ありがとう。凪さんが一人で?』

「いや、祓ったのは……」


さて、貴博に啓のことを何と説明したものか。

凪は迷った。そもそも、貴博と啓は面識があるのだろうか。


「知り合いの霊能力者なんですけど」

『凪さんの?』

「いや、千鶴も知ってる人です。昴大くんと雄太郎も面識あります」

『……もしかして、ケイさんが?』

「ああ、貴博さん、あの人のこと知ってたんですね」

『よく神社に来てる人だ。……もう亡くなっているようだが』


貴博は千鶴より霊力は弱いが目は良い。一目見て、啓が生者でないことを見抜いたのだろう。


「千鶴は大丈夫ですか?」

『病院からは疲労だと言われた。結局は霊力の枯渇だら間違ってはいない。もうすぐ目覚め……』


電話口からガタン、と大きな音が鳴った。

貴博の声が僅かにこちらに聞こえてくる。


『凪!』

「……千鶴!?」


思ったよりも早い目覚めで、凪は驚いた。

恐らく先程の大きな音は千鶴が貴博から携帯を強奪したときのものだろう。


そして、その次の一声が。


『昴大は!?』


だったので、凪は思わず笑ってしまった。


『無事なの!?』

「昴大ならユウくんの腕の中で眠ってるよ」

「誤解のある言い方やめろ」


乱入してきた雄太郎は無視して、凪は改めて昴大を見た。


「ぱっと見怪我はしてないけど、多分霊力は無くなってる」


『そっか……啓さんは?』


「あの人も今はスリープモード。約束、してたらしいね」


『やっぱり、力使い切ったの?』


「みたいだよ。今にも消えそうだから早く約束果たしてあげた方が良さそう」


『分かった。ウチからパパが頼んでみる!』


「事情も説明してあげるんだよ」


『はーい。凪は大丈夫なの?』


「凪ちゃんは余裕ですよー。千鶴はゆっくり休みな」


『うん、ありがとう!』


電話が切れて、凪は啓、昴大、雄太郎を見た。


「……どうしたもんかね?」

「俺に聞くな」

「この状況でユウくん以外に誰に聞くの?」


雄太郎が支えているところに眠る昴大。起きる気配は微塵もない。


「昴大は家に送るだろ。……啓さんは?」

「どっか安全なところがあればいいんだけど。今のこの人、ちょっとした悪霊にもやられそうだし」


啓が目を開き、立ち上がった。


「神社はどうやろう?あそこて結界あったよな?」

「……入れます?」

「やってみな分からんな」

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