70 討伐

「なあ、雄太郎くん。いや、君と彼は別の存在なんかな?」


凪が足止めをしているのを見て、啓は”其れ”に尋ねた。


「……気づいていたのか」

「雄太郎くんがボクを知らん時点でそこは察した。……なあ、無礼なんかもしれんけど、頼みがある」

「分かっている。これをなんとかするのは私の仕事だからな」

「助かるわ。でも、どうするん?凪さんには見られとうないやろ?」

「……まあ、そうだな」


啓は少し考え、其れに提案した。


「ボクに霊力、貸してくれん?制御には自信あるねんなぁ」


啓に差し出された手を見て、”其れ”は俯いた。


「……それで本当になんとかなるなら私は構わない」

「なんとかするわ。ボクは」


あの子の父親やから。そんな啓の決意は”其れ”にも充分伝わった。

”其れ”は啓の手を取り、目を閉じた。




「昴大奪還成功ー!!」


凪は二人の元に戻り、雄太郎に昴大を預けた。

昴大を預けられた雄太郎は、案ずるように凪に尋ねた。


「凪ちゃん!大丈夫なのか?」

「まあね」

「ありがとな、凪さん」

「いえいえ」


凪は蛇のくせに鬼の形相で追ってくる霊を見た。あまりの必死さに一瞬煽ってやりたい気持ちになったが、それで面倒なことになっては目も当てられない。


「アルジサマ、ヲ、カエセェェェ!」


人型から大蛇になりかけている霊を見て、凪は思わず前に出た。

啓はまだ、瞑想をして準備中のようだ。


「行かせない、よっと!」


這い寄る大蛇を肘で上から殴る。予想通り、手応えはまるでない。掴むべき核は、もっと奥にあるようだ。だが、凪には分かる。

この蛇は完全体じゃない。凪たちとの交戦以前に、魂にダメージを負っている。

しかも相当、魂の形が抉れている。


こんなことできる人間は一人しか、凪には心当たりがない。


「ねえ、その傷どこで負ったの?」


蛇は驚いているが、凪はもう一度問う。


「誰にやられた?」


「……コムスメ」

「へえ」


凪はもう一度蛇を強く蹴り飛ばす。千鶴をやった相手だ。凪に不快感はあっても迷いはなかった。


「なるほど、こういう気分なんだ。復讐心って」


凪は大蛇に馬乗りになって、ボコボコに殴りつける。何度も、何度も。手応えのないものを凪は無心で一方的に痛めつけていた。


「ゥ゙ッ」

「いや、でもやっぱり、すっきりしないね」


凪はもう既にこの大蛇を許す気はなかった。友達を二人も傷つけられ、凪の怒りは人生最大までに達していた。


「ャ゙メ゙ロ……」

「うん、やめる」


だが凪の頭は冷静だった。自分ではこの霊を仕留められないことを充分に理解していたのだ。

蛇から立ち退き、凪は笑った。


「あっちも準備ができたみたいだし」

「ナンダ、コレハ」

「地獄を見てくるといいよ」


凪の後ろでは、何処に隠していたのか、膨大で神聖な霊力を纏った啓が構えていた。


『命』


その一言で啓の霊力が大蛇を包んだ。


『昴大に近づくな』


その途端、大蛇と凪たちの間に大きな霊力の壁が現れた。

凪にも破れそうにないその壁は、こちらに進もうとする大蛇の動線を阻む。


「すごい……」


雄太郎が腰を抜かして感心している。凪も、拍手で啓を称えたい気分だ。


「まあボクの力だけやないんやけどね」


啓は人差し指と中指を揃えて立て、唱えた。


『契』


『穢れを禊ぎ、祓え』


啓の霊力と大蛇の霊力が細い糸で繋がった。それは鷲や犬の霊を繋いでいるものと同じで、細くても頑丈で強い糸。


啓は静かに目を閉じた。雄太郎も凪も、それを黙って見ていた。




それから、暫くの時間が経った。


『命』


『幽世に還れ』


啓が唱えると、大蛇は消滅した。あの邪悪な気配は何処にもない。


「終わったで、二人、と、も……」

「啓さん!」


その場に倒れ込んだ啓の霊力はもう露ほどしかない。今にも消えそうで、無くなってしまいそうだった。


「千鶴さんに……連絡取ってくれへん?ボクとあの子の間には、大事な約束があるんや」

「啓さん」


凪は深呼吸をして、啓に告げた。

まるで余命宣告みたいに、慎重に。


「落ち着いて聞いて下さい」

「そういえば千鶴は……」

「ユウくん一旦黙ってて」

「分かった」

「千鶴は多分、あの蛇野郎にダメージを与えて、倒れてる。救急車の音が聞こえるから、多分病院に運ばれた」

「……そうか」


啓は諦めたようにそう言って、半分消えかかった右手を投げ出した。


「約束って何だったんだ?」

「……実はな」


啓は腹を押さえて座り込み、数日前の出来事を語りだした。

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