Case14 見据える少女
69 合流(2)
しばらく走ると、雄太郎が立ち止まった。
「はあ、はあ……このあたりだと思う」
「……いないじゃん」
「昴大の家はすぐそこだ。そこの角を曲がったくらいだな」
バテた雄太郎と二人であたりを見回し、探すがそれらしいのは見当たらない。
ただ、嫌な気配が近づいてくるだけだ。
「何をなさってるんですか?」
男の声がし、凪は振り返った。
それと同時に気がついた。自分たちが今、探しているのは。
「……いた」
こいつだ、と。
「誘拐犯だよ、ユウくん」
「なんだ……?いや、確かにこれは誘拐犯だな」
黒髪で長身の男に横抱きにされた昴大は、完全に意識を失っている。
「主様を誘拐?とんでもない。お疲れのようでしたのでご自宅までお運びしているだけですよ」
「説得力ないねー」
「いや、確かにそこが昴大の家だ。だが、悪霊がなぜそんなことをするかは疑問だな。しかもコイツ、昴大のことを主様とか言ってるし」
雄太郎はため息をついた。おそらく、考えていることは同じはずだ。
嫌な推測だ。信じたくはない。しかし。
「ちょーっとオイタが過ぎるんとちゃうかな?昴大」
凪は背後から感じる気配に振り返った。今まで、全く気取れなかったものだ。
その彼の、正体は。
「……ケイ、さん」
「そうやな。ボクの名前は」
鷲と犬の霊を従えた男。どちらの霊からも悪意はまるで感じない。飄々として背が高く、柳色の髪を揺らし、目を細めて笑うその男。誰かと良く似た、面影がある彼。
凪にはずっと、彼の身体の輪郭がぼやけて見えていた。つまり、故人。もうこの世にはいないはずの存在。
「風見啓」
死んだ昴大の父親と、同じ名だ。
「やっぱりそうだったんだ。道理で、霊力で核が掴める訳だよね」
「……凪ちゃんは、知ってたのか?」
「雄太郎くんは知らんかった?ボクが、あの時、君に救ってもらった霊や」
「あのときって……?」
「ちょっと、私抜きで何をごちゃごちゃと。主様に何かあるんでしょう?」
悪霊が気配を増していくのが分かった。その気配は恐ろしく強大で、邪悪。鈍い凪でも悪寒が半端じゃない。
「……まあ、排除しますけどね」
蛇に似た瞳、腕には鱗。元は蛇の霊だろうか。凪にもくっきり視えている時点で只者じゃない。
「二人は逃げぇや!ボクが相手する!」
「嫌です!」
凪は即答した。啓が凪を見て、ため息をついた。
「確かに君はちぃと特殊らしいな。せやけど、これはアカン。よう相手できん。君らにはまだ、未来がある」
「友達を置いて逃げるなんてできるか!」
雄太郎が叫んだ。足も声も震えているが、決意は確かだった。
「俺はアイツの、昴大の友達なんだ。啓さんにだけ任せるなんて、できない」
「私も同感ですよ、啓さん。昴大を見捨てて得られる未来なんて、ロクでもないでしょ」
凪も語った。啓が顔を背ける。しかし、凪の目には、啓が涙を浮かべているのが分かった。霊力が酷く、乱れて弱々しく周囲に散っていく。
「……そうか、じゃあ凪さん」
「はい」
「ボクの霊と一緒に足止め頼めるか。ボクに手がある」
「信じますよ!」
啓の返答を聞く前に、凪は飛び出した。
「どう死ぬかは決めましたか?」
「まあね。っていっても、死ぬのはお前だけどね」
「……は?」
霊の怒りを肌で感じた瞬間、二匹の蛇が飛び出してきた。凪は右足を高く上げてそれらを捌き、霊の姿を見据えた。
目を凝らし、じっくりと魂の奥を見つめる。
次にまた、蛇が飛んでくる。今度は5匹以上いる。凪は手も使って払い除け、尋ねた。
「同類をそんな雑に扱っちゃっていいわけ?」
「いいんですよ。彼らも私も、主様の下僕なんですから」
「ふーん。そいつらをどうにかしたら、私は昴大のもとにたどり着けるってことね」
霊の腕から何かが伸び、凪の手を捉えた。
「……はっ、分かりやすくていいじゃん。私は好きだよ。そーいうの」
凪は右手に咬み付いた蛇を乱暴に解き、また走り出した。
しかし、昴大を抱いた蛇を思い切り殴るわけにもいかない。まずはなんとかして、昴大自身を奪還しなければならない。
どうしようか考えていると、霊の後ろに影が見えた。
「ワンッ!」
犬が霊の足を噛んだ。凪はすかさず、霊に向かって走り込む。
「なんですか!?」
鷲も霊の視界を阻む。凪はその隙に、霊の腕から昴大をかっさらった。
「ナイス!」
「よくも……!」
霊が邪悪さを増してこちらを睨むが関係ない。凪は昴大をなんとか抱え、霊から急いで距離を取る。
今頃、啓と雄太郎の打ち合わせが終わるだろう。
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