67 邪悪な蛇

千鶴は放課後、昇降口で先回りし、靴を履いて昴大を待っていた。

運良く(?)雄太郎も凪も用ができたので、二人きりだ。


「昴大!」

「千鶴。どうかした?」

「志朗くんが言ってたよ。何か悩み事ない?」


キョトンとした表情で昴大は千鶴を見る。


「何もないけど……」

「でも、1日中ボーっとしてたって」

「そう早乙女くんにも言われたけど、本当に何もないよ。強いて言うなら……」

「強いて言うなら?」


昴大が少し笑う。それから、はにかんで言った。


「テスト、不安だなあって。国語、僕苦手だから」

「この前の模試はどのくらいだったの?」

「模試?ああ……」


昴大は靴を履いて、歩き出した。


「380位」


衝撃の数字に上手く言葉が出ない。千鶴は、学年の生徒数を考えてみた。


「ってことは下から……?」

「ちょうど五十番目くらいかな」


千鶴と昴大は、並んで校舎を出る。


「……ほんとに苦手なんだね。教えようか?」

「千鶴は何位だったの?」

「ウチ?ウチは……なんと!」

「なんと?」


校門を出たところで、千鶴が言った。これは自慢だからだ。


「31位!」

「おお……」


昴大がパチパチと拍手する。千鶴はそれに気分が良くなって、続けた。


「これ、雄太郎より上なんだよ!」

「雄太郎より!?」

「雄太郎が33位」

「すごい……」


千鶴のテンションが最高になったあたりで、ハッと気がついた。


「そうだ!」

「千鶴?」

「やっぱり、他に悩みはないの?」

「うーん、ないなぁ。僕は大丈夫だよ?」

「そっか……」


今回は完全に志朗の思い違いだったようだ。千鶴はこれ以上昴大に尋ねるのをやめた。




その瞬間、悪寒が全身を駆け巡った。


「……昴大」

「僕も分かる。この気配ってさ、」


ここは住宅街の、人気のない場所。

こんなところにいるはずのない大きな気配。


「「悪霊」」


目の前で、何匹もの蛇の霊が二人を睨みつけていた。


「千鶴」

「ウチが祓う。昴大は下がってて」


昴大の前に立ち、霊力を練り上げる。


その時だった。


「……痛っ!!」

「千鶴!」


激痛に見舞われ、千鶴はその場でしゃがみ込んだ。

痛い。痛い。ジンジンする首元を抑えるが、血は出ていないようだ。


「蛇が、千鶴を咬んだんだ……。咬まれたところが紫色になってる。千鶴、大丈夫?」

「痛いけど、立てないほどじゃない、かな……?」


嘘である。本当はその場でうずくまりたいくらい痛い。これは傷を負った時の痛みの比じゃない。

これは、霊力を制御できない痛みだ。九州に修行に行ったとき、経験したことがある。

患部から痺れが広がって、全身が徐々に麻痺していく。そんな感じだ。


「……大丈夫じゃ、なさそうだけど」

「大丈夫だって……」

「千鶴はそこでじっとしてたほうがいい。……僕がやる」


それは一体どういうことだろう。そう尋ねる前に、千鶴の意識は沈んでいく。

千鶴が最後に見たのは、背筋が凍るような表情を浮かべた昴大だった。




「……よくも、千鶴を」


昴大は意識を手放してしまった千鶴を抱えて電柱のそばに寝かせると、蛇共を睨みつけた。


「許されると思うなよ。お前も、お前をけしかけた奴も」


ハア、と大きなため息をつく。昴大の翠玉の瞳が爛々と光り、一匹の蛇の目を捉えた。


「大人しゅう千鶴に払われとったら良かったのに。僕は優しないで」


手に霊力を集中させる。これは、千鶴がさっきやっていたことだ。

そして、その霊力で蛇を一匹消滅させた。


「……なんや、僕にも出来るやん」


昴大はそのまま他の蛇にも近づく。それらも消滅させた後、一番大きな蛇が逃げ出した。


「待て」


蛇が振り返り、カタカタと震えて怯えている。

昴大は黙ってそれを見下ろし、再び高濃度の霊力を纏った手を蛇にかざす。


「二度と僕らに手ぇ出すな」


昴大の碧色の霊力が蛇を纏うが、蛇は消えず、姿を変えた。


「承知しております、主様」

「ええ子や」


昴大は蛇だった者を撫で、翠玉の瞳を輝かせながら、笑った。




千鶴が目を覚ますと、昴大と、邪悪な気配の何者かが立っていた。

一目で分かる、先程の蛇たちよりも何段も格上の悪霊だ。


「昴大……」


昴大は千鶴の声に反応して振り返る。


「もう、大丈夫やで」


そう言って昴大は、その場に倒れ込んだ。


「昴大!!」


千鶴が這って昴大に近づくと、その人型の悪霊が邪悪な霊力を増大させ、千鶴を睨みつけた。


「主様に近づくな!!」


その気配は千鶴の感覚全てを支配するほど膨大で、息が詰まる。


「このまま主様のお宅までお運びいたしますね」


その人型は昴大を横抱きにすると、歩き出した。


止めなければ、しかし、足はすくんで動かない。

せめて、霊力さえ使えれば。


「祓いたまえ、清めたまえ、穢れしその魂、今幽世に還す。我が名に於いて、その邪悪を裁く」


千鶴が目を閉じ唱えると、人型は振り返った。


「天神よ、我に力を与え給え。目の前の悪を祓う力を」


霊力が戻っていくのを感じる。気力が満たされ、視界が明瞭になっていく。

立ち上がり、千鶴は言った。


「逃がさない……!」


霊力を込めて息を吸い、吐く。


「……無駄ですよ。主様の力の前では、何もかも」

「無駄じゃない!だってウチは……!」


千鶴は霊力を力強く、人型の方へ打ち出した。


「…………」


人間の姿をした者に霊力を打ち出すのは初めてで、罪悪感も少しはあったが仕方ない。

どうあろうと、あれは危険な悪霊なのだから。


「……だから無駄だって言ったじゃないですか」

「う、そ」

「嘘じゃないですよ。確かにコレは良く効きましたが、主様のに比べれば全然ですね」

「そんな……」


千鶴は人型を止めることができず、霊力切れで再び意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る